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第21話 行動してみること


 

「はあ……」


 ムルー山での事件から1週間が経った昼下がり。

 私は暗いため息を吐きながら廊下ろうかを歩いていた。


「おや? これはこれは聖女様! またお会いできるとは、嬉しい限りです!」

「うっぎょぁ!!」




 突然の声に振り返れば、すばらしく整ったお顔が見えた。


 濃紺のうこんのサラサラな髪に、涼し気なグレーの瞳。

 一度見たら忘れないこのクールな印象のご尊顔そんがんは……。


「え、あ……えっと、グレイシス、様? 卿? ……。ど、どうも?」


 ラケン街で出会ったグレイシス子爵。

 グレイス商会の会長を勤めている、凄腕すごうでの商人さんだったはずだ。



「覚えてくださっているとは、感激です。ああ、それから。様付けなど必要ありませんよ。ぜひ、名前でお呼びください」

「へ、あ、はあ」


「おや? もしかして、僕の名前はお忘れで?」

「あっ、いいえ! え、えと。ノ、ノクス……さん。です、よね?」


「はい、そうです。よかった。覚えてくださっていたんですね。貴方様のことは何とお呼びすればよろしいでしょう?」

「え? えっと、お好きに……」


「では親愛を込めて、エメシア様。ふふ、なんだかくすぐったい心持ちになりますね」


 くすくすと笑う彼をよそに、私は滝のような汗をかいていた。


 距離の詰め方がえぐい。


 日本でも苗字みょうじ呼びしかしたことがないのに、名前呼びになってしまった。

 もはやカップルではないか(※違う)。



(……というか、なんでいるの?)


 自然な流れ過ぎて気が付かなかったけれど、普通に考えたらおかしい。


 だって、神殿の中は一般公開されている一部を除いて、部外者は立ち入り禁止になっている。


 もしかして……。



(不法侵入?)


「やだなぁ、違いますよ! 僕は教皇聖下にお呼びいただいたんです。ほら、入場許可証もありますよ」


 ノクスさんは笑いながら、首に下げたカードを見せてくれた。


 疑っているのがもろバレしている。

 なんとなく気まずくなって思わず咳払いをした。


「あ、ええと。教皇様に招かれるなんて、珍しいですね」

「ええ、大変ありがたいです。神殿と取引ができるだなんて! 今まで頑張って来た甲斐がありました!」


 教皇様はああ見えて、警戒心けいかいしんが強い。

 それもあってか、取引をする相手は本当に少ないらしい。


(まあ、過去にいろいろあったみたいだし……)


 信頼する相手じゃないと取引しないというのも一つの手なのだろう。


 神殿の運営について、私はノータッチだから知らないけれど。



「あ、そう言えば、お聞きしましたよ。ムルー山一帯を浄化されたとか! そして王家と神殿の協力を結びつけたそうですね」

「あ、はい。一応……」


 耳が早い。さすがは商人だ。



 彼の言う通り、ムルー山での一件以降、私は正式に聖女だと認められた。


 そのため今までのいざこざを水に流して、王家も神殿も力を合わせていくことになったのだ。


 ……表向きは、だけど。


(そんな簡単に、仲が修復されるわけないんですよねぇ……)



 国王と教皇様は相変わらず笑顔で牽制けんせいし合っていて、協力関係と胸を張って言えるようなものではない。


 なんなら、余計に警戒し合っている様子も見られるのだ。

 まだまだ先は長いだろう。


(なんて、外部に言えることじゃないんだけど……)


 私は出そうになるため息を飲み込んだ。



「素晴らしい! 長年不仲が懸念けねんされていた両者をこんなに短時間でまとめ上げるとは! それだけじゃなくて、シニフォス内の瘴魔病しょうまびょう患者かんじゃたちを浄化して回っているとか! さすがは聖女様ですね!」

「ぎ、ぎくぅ! え、へへへへ」


 痛い話題を出されてしまった。

 あいまいな笑みでごまかす。



 たしかに彼のいう通りだ。

 私は今、瘴魔病患者を浄化して回っている。


 ムルー山で第二王子に力を使って以降、自分の意志で力を使えるようになったからだ。



 私に宿った力は――浄化・治癒ちゆ・結界の3つ。


 ただし、いつでも《《完璧》》な力を使える訳ではなかった。

 問題が見つかったのだ。


 ……どうやら私の能力は、私の気持ちに大きく左右されるものらしい。



 例えば”治癒の力”を使うには「この人の傷を癒したい」と思うことが必須条件となる。

 願いが大きければ大きいほど、酷いけがを治すことができるのだ。


 つまり、願いの強さがそのまま力の強さに直結する。


 要するに試されるのは、私の善性ぜんせいだったりする。



(わかりやすくМP消費で使える、とかならよかったのに……)


 それなら練習とか訓練を受ければ容量も増えるだろうし、何よりあと何発撃てるのかも分かるというのに。

 気持ちなんてあやふやなものが必要になってくるだなんて、困ったものだ。


 だって、見ず知らずの人をすぐに助けたい、と願えるかどうかわからないし。


(そもそもそんな場面に出くわしたら、テンパって終わりな気がするんですが)


 私のビビり加減かげんを舐めないでもらいたい。




 それに浄化の力に至っては、さらに問題があった。


 瘴気を浄化できる「雷花らいか」の力は使えるけれど、魔物を浄化するほど強力な「鳴神なるかみ」の力はまだ使えていないのだ。

 もしかしたら発動に呪文じゅもんが必要なのかもしれない。


 一番聖女として求められる浄化の力。

 それを完璧に扱えないなんて、民の不安をあおるだけ。


 なんとか早いところ、使えるようになればよいのだが。


 扱えるようになるまでは、このことは外部にもらすわけにはいかないのだ。


 ……なのだけど。



「ぎ、ぎくぅって……。何か問題でもあるのですか?」

「え!? いや別に!?」


 慌てて否定すればするほど怪しさが増している気がする。

 嘘をつくのは苦手なのだから、しかたがない。


「何かお力になれるかもしれませんし、お話してみてください。大丈夫、口は堅い方ですので」

「……いや、えっと」

「何やら深刻しんこくなお顔ですし、話すとすっきりするかもしれませんよ?」


 確かに、ここのところ一人で悶々《もんもん》と考えていて、少し落ち込み気味ではあった。

 誰かに話したらすっきりはするだろうけれど……。


(……気持ちの面のことなら話してみても、良いかな?)


 浄化のことには触れないで、不安があるということを伝えたらどうだろうか。

 そう思った私は、ぼかしながら口を開くことにした。


「実は――」


 ◇


「なるほど。気持ちが乗るかどうかが心配なのですね」

「はい。正直にいうと、私、ビビりでして……」

「あ、それは知っていますよ」

「あ、はい。すみません」


 にこり、と音が付く笑みだった。


 知られていたのか。


 まあ、そうか。

 ラケン街での私を見ているのだから、そうか。


 でも、即答そくとうされるとさすがにダメージを受けるけどね?


 人知れずダメージを負った。



「でも、心配ないと思いますけどね」

「え?」

「だって気持ちなんて後からついてくるものですし」

「後から……?」


 ノクスさんのいうことがよくわからなくて首をかしげる。

 彼はふっと微笑ほほえんだ。


「ええ。誰でもやる前は不安なものです。でもやってみると意外と何とかなるものですよ。だからまずは行動してみることこそが重要なんです」

「行動……」


 ノクスさんは、自分も昔は不安ばかりだったと語った。

 でも行動をしてみることで、今の自分になれたらしい。


(この人でもそんな時期があったんだ……)


 今では自信満々のエリート経営者って感じだけど。

 何というか、意外だ。



「エメシア様は大丈夫だと思います。だって、すでに瘴魔病患者を浄化して回っているから。行動に移せる人って、実はそんなにいないんですよ?」


 いたずらっ子のような笑みを向けられる。


「口先だけの人よりも、何倍もいい。だから自信を持ってください」


 ノクスさんは褒めるのが上手だった。

 彼と話していると、自信のようなものが付いてくる……気がする。


 さすが、商人。

 そのコミュ力の一部でも分けてほしいものだ。


「……お世辞せじでも嬉しいです。ありがとうございます」

「お世辞ではないですけどね。お役に立てたならよかったです」


 ノクスさんはなぜか困ったように笑った。

 なにか、困らせてしまっただろうか。


(でも、なんだかすっきりした)


 心に使えていたモヤモヤが、流されたように感じる。


(そうだ。どっちにしても、やってみるしかないんだもの!)


 うじうじと悩むよりも、実践じっせんあるのみだ。



「あの……私、頑張りますね」

「ふふ、はい。よろしくお願いします」


 それに、今使える力だけでも救える人がいる。

 だったらできることをやるだけだ。




 和やかな空気が流れた時、鐘の音が響いた。

 正午を知らせる鐘だ。


「おっと。もうこんな時間か。では僕はそろそろお暇しますね」

「あ、はい!」


 ノクスさんは鐘の音に、慌てた様子で廊下を進んでいった。

 予定が詰まっているのだろう。


 遠ざかっていく背中を見送り、私もきびすを返す。

 先ほどよりも、心が軽くなっているような気がした。




ここまでお読みいただきありがとうございました!


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