第16話 爪痕
入口まで行くと、彼は剣を地面に立てて荒い息を整えていた。
自分の倍以上もある魔物と戦っていたのだから無理もない。
魔物を見れば、地に倒れ足元から灰のようになっている。
もう動くことがないだろう。
私はそろりと洞窟を出て、第二王子に近寄った。
「あ、あの」
声を掛ければ、疲れた顔があげられる。
その額には滝のような汗が浮かんでいた。
汗でシャツも張り付いている。
その胸元は大きく開かれていて、首筋から流れた汗が胸元へと伝っているのがよく見える。
目のやり場に困る。
何というか、色気がすごい。
私は迷った挙句、仕方がなく足元を見ながら口を開いた。
「あ、ありがとうございました。その……お強いんですね」
ありきたりな言葉しか出てこない。
でも精いっぱい感謝を伝えようとしているのだ。
だって、彼がいなかったら、今頃……。
ぞっとする。
けれど、次の瞬間には彼に突き飛ばされていた。
「……え?」
確かな衝撃に目を見開く。
その目に、今まで私がいた場所に、赤が舞い散るのが映った。
生暖かい液体が頬につく。
それが血だと気が付いたのは、転ぶ瞬間に見た彼の顔が、苦痛に歪んでいたから。
「うっ、ぐ……っ」
「! 殿下!」
なにが起こったかなんて、分からない。
けれど耳に届く悲鳴を押し込めた声が、これは現実なのだと教えてくる。
私に覆いかぶさるように倒れ込んだ彼を抱き起す。
支えた手に、ぬるりと、何かが伝った。
見れば、彼の右肩に、大きな爪痕が付いていた。
そこから赤い雫が流れおちていく。
早く治療しなければ危ない。
素人目でも、そう分かるほどの傷だった。
何が襲ってきたのか。
振り返れば……。
「……あ……う、そ」
消えかけの魔物が――それでも目をぎらつかせて立っていた。
ボロボロと体が崩れていっているのに、目だけが赤赤と光っている。
――逃げられない。
そう悟った。
「グルゴアアアアア」
魔物はまもなく、最後の力を振り絞るように牙を向けてきた。
大きな唸り声が鼓膜を震わせる。
すべてがスローモーションに見えた。
頭は真っ白で。
手足はしびれ。
血の気が引いていく感覚を、やけに鮮明に覚える。
けれど、どこか実感がわかない。
映画のワンシーンを見ているようだった。
あの牙で噛みつかれたら痛いだろうな。
そんなことをぼんやりと考える。
それはいい。
よくはないけれど。
でも、どうせ自分は一度死を体験しているわけで。
もうこの際、自分のことなど気にしていられない。
でも。
私は無意識のうちに第二王子を抱えていた。
魔物から、隠すように背を向ける。
「!? お前何してっ! 逃げろバカ!!」
そんな声が聞こえた気がするけど。
それでも強く強く抱きしめる。
(彼だけは助けないと)
私を庇ったから、こんな怪我を負わせてしまった。
きっと彼ひとりだったら……こんなことにはならなかっただろう。
だから何としても守らなくては。
どうしたらよいかなんてわからないけれど。
少なくとも私が前に出れば……壁くらいにはなるだろう。
そうすれば。
もしかしたら。
――魔物が消える時間くらいなら、稼げるかもしれない。
それに……
――私を庇って誰かが死ぬなんて、もう――
「いやああああああああ!!!!!」
思いを叫ぶように吐き出す。
瞬間。
眩い光が私たちを包み込み、辺りを白く染め上げる。
驚いて目を開ける。
目を、疑った。
バチバチと音を立てる光が、魔物の突進を受け止たのだ。
金色の膜が私と第二王子を包んでいる。
これは、まるで――。
「……結界?」
神の力といわれた結界が、なぜか目の前にある。
おかしい。
私は蕾の光の力しか使えなかったはずだ。
さらに驚くことに、結界からゴロゴロという音がする。
数秒の後。
一筋の雷が空から降ってきて――魔物を貫いた。
「っ!?」
空から無数の雷が、光の矢となって魔物のまき散らした瘴気を消していく。
美しいとも、恐ろしいともとれる光景はすぐに収まった。
後に残ったのは、清涼な空気だけだった。
まるで、魔物も瘴気も、初めからなかったかのように。
私はただ茫然と、それを眺めていた。
「……一体、どうなっているんだ?」
「!」
ふと体の下から困惑した声が聞こえてきた。
慌てて振り返る。
そうだった。
第二王子は怪我をして……。
「…………あれ?」
怪我の処置をしようと見てみると、どういう訳か傷が見当たらない。
服は破れて赤にぬれている。
けれど、その下にあるはずのものがない。
先ほど見た時には確かにあったはずの傷が……。
そこにあるのは、健康的な肌だけだ。
「え……?」
困惑しかない。
あれだけの傷がないわけが……。
ぺたぺたと肩を触って確かめてみるも、滑らかな肌のままだ。
先ほどの雷といい、怪我といい。
一体なにが起こったのか。
「っ……とりあえず、離してもらえると助かるのだが」
「え?」
第二王子の顔は、わずかに赤くなっている。
「ぐ、具合悪いですか!? もしかして熱が!?」
「い、いや。そうじゃない。ただ、ちょっと」
もごもごと言い辛そうに口ごもる第二王子に首をかしげる。
(あ、もしかして体勢がきつかったかな……。て、ん??)
そこではたと気が付く。
あれ、今ってどういう体勢だったっけ、と。
魔物から庇おうと彼の体を抱きしめて……覆いかぶさるような……
「~~~~~っ!!!」
瞬時に彼を離して飛びのいた。
とんでもない。
それはもうとんでもない体勢になっていた。
彼の頭を掻き抱いて。
彼の顔に、胸を押し付けてしまっていた……気がする。
それ以前に、ずっと力いっぱい抱きしめていたことになる。
これは、ダメだろう!!
「ごご、ごごっご、ごめんなさい!!!!」
すぐに直角に腰を折って謝る。
「い、いや、気にするな」
第二王子はそう言ってくれたけれど、とてもじゃないけど顔を上げられない。
(終わった終わった終わった~~~!!!)
恥ずかしさで赤くなったり、第二王子にセクハラをかました事実に怯えて青くなったり。
目まぐるしく変わる体温に意識が遠くなっていく。
「お、おい!」
「へぁ」
慌てた彼の声が聞こえた気がする。
けれど、急激に重くなる体には勝てなかった。
結局、私はそのまま意識を手放したのだった。
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