第13話 ふざけてはいません
一歩踏み入れると、すぐに空気の違いが分かった。
空気に重さが加わったかのように、ずしりと肌にまとわりついてくる。
まるで誰かの怒気にさらされているような。
そんな不快感を覚えた。
見た所魔物の姿は見られない。
けれど、辺りは不気味なほど静まり返っていた。
……のだけど。
(……帰りたい)
私は一人、死んだ魚の目をしていた。
というのも――
皆が真剣な面持ちで辺りを警戒する中、私だけ、場違いなほど光っているからだ。
金色の輝かしい光が、それはもうピッカピカと。
先ほどから王家の兵士や第二王子からの視線が痛い。
驚いたような、困惑しているような。
そんな視線が背中に突き刺さって、メンタルに大変よろしくない。
恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだ。
(違うんです……ふざけてないんです……)
私は死んだ瞳で遠くを眺めつつ、心の中で弁明した。
一つ言い訳をさせてもらうのなら。
自分の力の扱い方が分かっていない、というのを伝え忘れていたのだ。
ララフィーネ伯爵領で瘴魔病患者を浄化した時。
あの時もコントロールできなかった。
ただ患者に触れたら光り出して、浄化できただけだ。
つまり、偶然の産物。
そこに自分の意志などはない。
だから今、光っているのも、私の意志ではないのだ。
ふざけているわけではない。
シリアスな場面で、一人エレクトリックなパレードを開いているけれど。
決して、ふざけてはいないのだ。
(本当だもん! 嘘じゃないもん!)
真面目な話、あの後、どうやったら使えるのかいろいろ試した。
いろいろ祈ってみたり、呪文みたいなものを言ってみたり。
けれど、ことごとく空振り。
自分の意志で発動することはできなかった。
……のに。
(それが、これだよ……)
なんで今?
なんで今、光った?
正直なところ、私が一番困惑している。
「はあ……」
ため息しか出なかった。
でもよく見ると、光はゆっくりとてのひらへと集まってきているので、そのうち蕾になるだろう。
あれができればきっと浄化もできるはず。
それだけが救いだ。
(もしかしたら、瘴気に直接触れることで自動で発動するのかも……)
瘴魔病患者を治した時は、直前に体内の瘴気を抑える結界を張っていたから。
だから患者に触れるまで発動しなかった。
逆にこの場所は、来た時から瘴気があふれていたから、すぐに光り出した。
そう考えるとなんとなく納得する気がする。
納得……するのだが……。
(……なんだか、全自動空気清浄機みたいだな……)
あれば確かに便利だけれども。
ことごとく、コレジャナイ。
(何というか、救国の聖女とか大々的な役の割にの力がしょぼい!!)
もしかして神様、私のこと嫌いですか?
だからこんな仕打ちなの?
しかも、浄化が終わるまで光りっぱなし、ということだろう?
この空気の中で。
そんなの……
(恥ずかし過ぎる……!)
公開処刑過ぎるだろうが。
死ぬぞ(私が)。
ああ、本当に。
「…………早く終わってほしい」
再び、ため息と共に言葉がもれたのだった。
―――
――
―
「や、やっと終わった……」
数分後。
蕾が開花すると、モヤが晴れて爽やかな風が吹き抜けた。
感じていた重たい空気もきれいになくなっている。
無事に浄化できたようだ。
体の光も落ち着いた。
……メンタルと引き換えに、だけれども。
(つ、疲れた……)
体力よりも気力の減りが深刻だ。
とてつもなくげっそりとした顔をしていることだろう。
とにもかくにも早く帰りたい。
そして寝たい。
「お疲れ様です聖女様。よく頑張りましたね」
「教皇様。お、おかげ様で」
「おやげっそりとされてどうしました?」
ニコニコと笑う教皇様は、本当に楽しそうな顔をしていた。
まるで私の反応を楽しんでいるような。
「……」
しかも分かっていながら聞いてきているな。
(……いつか絶対仕返ししてやる)
私はそう決意した。
やり返されるのは怖いから、些細なやつをお見舞いしてやろう。
何か……。
靴の中にちっちゃい小石でも入れてやるとか、そう言うやつを。
「もう私がやれることはないですよね? 後はお任せしてもいいんですよね?」
ただ、今はもう何をする気力もない。
教皇様の趣味に付き合っている体力はないのだ。
私はふらふらと手近な岩に腰を掛けた。
とりあえず休みたい。
結界の修復とか、後処理とか。
いろいろとやるべきことはあるのだろうけど。
まあ、それは私にはどうしようもないことだし。
見学させてもらおう。
「ふふ、ええ。後は我々にお任せを」
もう動く気はないぞ、という私の意志が伝わったのだろう。
教皇様はおかしそうにクスクスと笑った。
そして、すぐに結界の修復の指揮を取り出したのだった。
◇
あらかた修復を終えた後、私たちはようやく帰路につくことができた。
来た道をシニフォスへ向かって進む。
今回は急ぎでもないし、ちゃんと自分の足で歩いている。
行きと同じ隊列で細い道を進んだ。
山登りで疲れた体を引きずりながらも、心は晴れ晴れとしていた。
無事に終わったことに安心していたのだ。
浄化の力があるということも、証明できたわけだし。
これで聖女探し、もとい金目政策も終わるだろう。
(神殿と王家の関係も、このまま回復できればいいけど)
まあ何はともあれ。
いい方向に進んでくれることを願おう。
私はすっきりとした気持ちで足を進めた。
その時――。
前を行く第二王子の体が
――ふいに傾いた。
「えっ?」
足元を見れば、地面が抉れていた。
恐らく、足を踏み外してしまったのだろう。
第二王子はそのまま宙に投げ出され――
スローモーションのようにゆっくりと目に映る。
第二王子の驚いたような、焦ったような。
そんな顔もはっきりと見えた。
「っ!!」
周りは誰も反応できていない。
認識すらしていないだろう。
今、彼に手が届くのは……私だけ。
私はとっさに――彼の腕を掴んだ。
けれど、男の人を引き留められるほどの筋力などあるわけもなく……。
「きゃあああああ!!!」
私と第二王子は抗う術もなく、真っ逆さまに落ちていった。
暗く、底の見えない、崖下へ……。
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