守ってあげる
むし暑い、月の明るい夜。
最終電車が行った後のまばらな人影。
駅の改札を出た中年の男。
駆け寄る若い女は、涼し気な顔。
「おかえりなさい。今日は遅かったのね」
女が男の腕に自分の腕をからめる。
男はたばこに火をつけた。
ほろ酔い気分で帰路を急ぐ。
付き合いで飲んだ酒、まだ飲み足りない。
早く帰って風呂に入り、もう一杯やるのが楽しみ。
明日は休みだ。
「ねえ、コンビニに寄りましょうよ」
女が甘えた声を出す。男は前を向いたまま。
「いい月夜ね」
男が空を見上げた。
今夜は満月。雲一つない。
携帯灰皿に吸い殻を入れる。
「そうそう、吸い殻は灰皿にね。えらいよ」
女が男の頭をなでる。
信号のない横断歩道を、男が渡りだした時、
ダンプカーが右折してきた。運転手は男に気づいていない。
「あぶない」
女がダンプの前に飛び出し、両手を広げた。
キキキーと鋭いブレーキ音。
男の目の前でダンプは止まった。
男はあたふたと横断歩道を渡る。
「あぶなかった」
男が一人でつぶやいた。
ここはあたしが車にひかれたところ。
あなたをあたしと同じ目に合わせはしない。
女が男を抱きしめる。
電信柱に立て掛けられた花。
男がしゃがんで目を閉じ、手を合わせる。
「いつも、ありがとう」
女が微笑んで言う。
男は立ち上がって歩き出す。
女が男に寄りそう。
あなたが帰る危ない道。
あたしがずっと守ってあげる。
男はほろ酔いで気分がいい。
さあ、早く帰って風呂に入り、一杯やろう。
読んでいただきありがとうございました。