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燭罪  作者: 野乃草 一
偽る名
3/4

「..で、二人仲良く顔腫らしてきたのか」


成り行きを聞いて、呆れているのか

怒っているのか 硯が言った。

「病人の次はキャバ嬢誘拐して、遂に頭おかしくなったのかと思ったよ」

ソファに座り参考書とにらめっこしながら祠が言った。


テーブルで硯と向かい合わせで座っている二人の頬には湿布。流石にドレス姿では話も出来ないと少女の方は入浴を済ませ、祠の服を着ていた。

深夜だというのに帰ってきた兄は飯も食わずにコーヒーを一口飲んでは大きな溜め息をついた。

「それで、これからどうするんだ」

「とりあえず今晩泊めてもいいだろ」

「お前には聞いてない」

ぴしゃり と言われ、仙寺は押し黙った。


何気にめちゃくちゃ怒ってるなぁ...


と仙寺と祠は頭の中で苦笑いする。

少女の方はというと、

テーブルで隠すように置いた膝の上で、黒い手袋をつけた両手を握りしめ俯いたままだ。


       はぁーっ 


と、再び硯の溜め息がリビングに響く。

沈黙に耐えかねて、祠はイヤホンをつけ音楽を聞きながら勉強を始めた。

仙寺はというと、それとなく兄のコーヒーのおかわりを入れに台所へと立ち上がる。

「ちゃんと話さないと分からないだろう」

「....。」

黙り続ける少女に硯は続ける。

「一人で生きていくには若すぎるんだよ。

どう見ても未成年だし、学校も通ってないんじゃない?

身元保証する人もいない、学歴もないじゃ

まともな仕事出来ないだろう。

その手じゃなおのこと」

「....。」

言い返すことも出来ず少女はきつく口を閉ざす。


「警察に連絡してもいいんだよ」


「おい、何もそんな言い方」

「お前は黙ってろ」

強い口調に仙寺が割って入ったが兄はとりあわなかった。ただ、じっと少女を見つめる。

何も言わす、ただ両手を握りしめ、強く唇を噛み締める     彼女


      「八城(やしろ)(ほのか)ちゃん」


ようやく上げた顔からは困惑と恐怖の色が窺えた。

「....知ってたの」

硯が初めて聞いた声は怯えていた。

「君の親御さんをね」

「..そう…」

小さくそう言うと、仄はまた俯いてしまった。

「病院で、何度か見かけてね。

ずっと不思議だったんだよ、医者だって患者を救うために最善の手を尽くしてる。

それでも完璧じゃない。

どうやったって救えないこともある」

この間の祖父のように と小さく付け加えた。

「だが、その人を見た日は必ず誰かが目を覚ました。

手の尽くしようがない患者ばかりだ。奇跡なんてもんで片付けられるものじゃない。

そして」

硯はテーブルに肘をつくと両手を重ねた。

「祖父が一度亡くなったあの日、君を見かけた。それで思い出した」

硯はじっと仄の反応を見ていたが、金縛りにあっているかのように身動きひとつしない。


「何言ってんだ?こいつが何かしたからじいさん目を覚ましたってのか?」

仙寺が堪らず口を出した。

仄は相変わらず黙ったままで兄に答えを求める。 やれやれ と硯は弟にコーヒーを持って来させると話を続けた。


「都市伝説だよ」


「....はぁ?」

「金さえあれば永遠に生きていけるってな。命を移植出来る人間がいるんだとさ」



「命の...移植だぁ?」

半信半疑どころか呆れたように仙寺は聞き返した。

テーブルの横に立ったまま、座る気すら起きないその様子を 当然だろうな と思いながら横目で見ると指を組んで仄を見た。


「黒い手袋で覆われたどちらかの掌で、

命を吸い込み 反対側の手で人に与える」


仄はきつく拳を握りしめた。

仙寺は眼下でひたすら動きを止める少女の両手をじっと見つめた。

「彼も、君も、両手に黒い手袋をつけているね」

「.....」

「...試してみるか」

硯がそう言い手を伸ばしたので仄は素早く左手を庇うように身に寄せて立ち上がった。


     「そうか、左手(ひだり)か」


仄は射抜くような視線を硯に向ける。

それに応えるように、硯は一度目を伏せてから真っ直ぐ見返して言った。


「それで君は誰から命を吸い捕ったんだ」





    *     *     *




静かに、音もなく倒れる男の影。

私の頭を抱いていた手はするりと落ちて、

まるで最後の一葉のように床へと波紋を広げる。


何か言おうとして口を開くが声がでない。

体か小刻みに震え、視点が定まらない。

「...おいっ!」

様子がおかしいことを悟った仙寺が肩を掴むと仄はその場に崩れるように座り込んだ。


       息が 出来ない


「はっ...はっ..」

いうことを利かない体。

もがくように胸元を掴んだ。

「仄ちゃん」

硯が駆け寄り仄の肩を掴む。

「落ち着いて。ゆっくり吐いて、ゆっくり」

「...っ..」

苦しそうに目に涙を溜めながら仄は呼吸しようともがく。

「大丈夫、もう怖くない」

仄を落ち着かせようと硯は仄の肩を抱き、ゆっくりと言ってきかせる。

「大丈夫だ、..大丈夫」

荒い呼吸の合間を縫うように仄は

質問に答えた。


   「..お父さ.ん..」


一瞬、自分の耳を疑って、胸元の少女を見た。苦しそうにもがく少女は暫くして眠りについた。



    *     *     *




窓の下に置かれたソファ、そこで眠っている仄に毛布を掛ける。涙の痕が痛々しく頬を伝っている。首元から革ひもで結んでいる鍵が見えた。


「....なんであんなこと聞いた」


激しい怒りが湧いてきて仙寺はテーブル席にいる硯に振り向いた。

「知っておかなきゃいけないことだろ」

「だからってあんなやり方」


「オレは間違ってないと思うよ」


イヤホンを外して祠は言った。

兄を挟み、自分と向かい合うように置かれたソファに静かに眠っている仄を見つめる。

「相手の事、何も分かってないのに

守ってあげるなんて無理でしょ。

仄さんも一人で背負うには重すぎるだろうし...。

仙兄は優しさだけで人が救えるって思ってるわけ?中途半端な思いやりっていらないっしょ、無責任。」

きっぱりと言いきる弟に返す言葉も無く口を閉ざす。


「可哀想なんて、同情じゃなくて見下してるだけだよ」


そこまで言われ、仙寺は何も言えずに自分の部屋へ踵を返していった。

階段を上がる足音はやり場の無い感情を踏みつけているようだった。

「...子供か」

そう呟く祠の背中を

 君の方がだいぶ年下のはずなんだけどな 

と苦笑して硯は見つめた。


「おれはいいよ」

指を組んで頭上に腕を伸ばす。

「じいちゃんの恩人だし、一緒住んでも」

そう言いソファに倒れ込むと背後の硯の顔を見上げる。

「....嫌な役回りだね」

その言葉に硯は静かに微笑んだ。

立ち上がり、携帯を取り出すと歩きながら壁掛けに掛かった車の鍵を取る。

「出かけるの?」

「ああ...すぐ戻る」

「じゃあ吉牛 汁少なめ 具多めで」

「太るぞ」

「脳みそがカロリー消費してるから大丈夫だよ」

「分かった、分かった」

末っ子のわがままに笑いながら電話をかける。数回コール後に人の声。

「高木か?こんな時間に悪い..ああ..」

誰かと話ながら出ていく長兄を祠はひらひら手を振り見送った。

欠伸を噛み殺しながらもう一度背伸びをする。

さあ、吉牛来るまでは起きてなきゃな


向かい側に眠る痛々しい女性に一度笑いかけると祠は目の前にある問題集を開いた。





    *    *    *





激しく窓を叩く雨音。

暗がりで顔がよく見えない。


「すまない仄」


父さんの口癖。


首に鍵のついた紐を掛けるとその人はもう一度言った。

私の頭を強く抱き寄せて、自分の胸に私の左手を押し付ける。

生きている魂を無理やり引き離すのだ、

数秒の事とは言え激痛と恐怖がその人を襲う。当然吸い捕られる者は泣き叫ぶ、愛する者の名を呼ぶ。

けれど、その人は痛みを堪えるように私の頭をより一層強く抱いて、ただ一言。


      「生きろ」


思わず飛び起きる。

乱れた呼吸、耳に残る主の姿を探して仄は辺りを見回す。


日はすっかり昇ったようで自然の光が窓から部屋を明るく照らしている。

白いレースカーテンから春を告げる

鳥のさえずり。

なびいた先にダイニングテーブル。

それと自分との間に向き合うように置かれた白いソファ。

そして、目の前のガラステーブルには紙袋が二つ。

見覚えのあったそれに手を伸ばす。


一つはクリーニング済みの衣服。

ここの住人に借りたが、ずっと返しそびれていた物。


二つ目はあの店の寮に置いてあった自分の荷物だった。

荷物と言っても衣類が二組と小銭入れだけ。

いつまた逃げることになるか分からないので必要最低限の物しか持ってなかった。

無くしても困らない程度。

なぜここにあるのか...

考えていると階段を下りてくる足音。

仙寺がタオルに頭を巻き付け、腕まくりした姿で掃除機と雑巾の入ったバケツを両手に持って歩いてくる。


「やっと起きたか、おせぇよ。

今終わったところだ。」

何の事かさっぱり分からず黙っていると、仙寺はタオルを外して冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し一口飲むと蓋を閉め指差した。

「お前の部屋 2階の突き当たり左な」


「.....。え?」

「突き当たり左」

「そうじゃなくて」

「鍵ちゃんと付いてるからな。

掃除機、階段のクローゼット」

さっさとそう告げると冷蔵庫に水を仕舞い、

手を洗ってる。


まだ寝ぼけているのか頭が回らない

昨夜の出来事を順に思い出そうとすると仙寺は余計混乱することを言う。

「あー、荷物それで全部か確認しとけってよ」


明け方硯が知り合いの弁護士を連れあの店に行き、話を付けてきてくれたのだと言う。

働いた分の給料は無いが荷物を返すことで

まとまったのだとか。

「....どうして」

思いがけないことばかりで頭が混乱してる。

これじゃあ他に行ける所が無い。


「祠も許可してるからな、しょうがねぇだろ」

そう言って仙寺は目の前にラップで包まれたお皿を置いた。


    「 《《ここにいていい》》 とよ」


おにぎりが2つ。

唇が微かに震えた。

声まで震えてしまいそうでそれを強く噛み締める。

「いらない」

「食えよ、昨日から何も食ってねぇだろ」

「いらないって..」

━━━━━言ってんでしょ。そう言おうとしたのに体は正直で大きな空腹のサインでそれは遮られた。


慌ててお腹を抑えつけると顔が火照る。

口を手で抑えてはいるが、吹き出すように笑う声が聞こえたからだ。

「あー、笑った。ちゃんと食えよ腹空かし」

一通り笑うと仙寺はもう一度勧めて、掃除機を手に台所へ向かった。

またお腹が鳴るのは恥ずかしいと言い訳をしておにぎりに手を伸ばした。

「....おいしい」

ぽつんと呟いた声は掃除機の音に掻き消された。



    *     *     *




掃除機をかけ終えると仙寺はリビングのソファを見て仄の姿が無いことに気がついた。

紙袋はそのまま、眠っていた時に掛けていた毛布は畳まれていた。


まさか出ていったなんて事ねぇよな


若干不安になり家の中を見回る。

2階に上がると掃除したばかりの部屋のドアが開いていた。

中を覗き込むと仄が窓際に立って外を眺めている。

「布団、後で運ぶから手伝えよ」

部屋の外から声をかけると仄は振り向いた。

戸惑いながら仙寺に返事をする。

それに安堵して背を向けると仄はうつむきながら言った。


   「お前は私が怖くないのか?」


仙寺は肩越しに仄を見た。

「なんで?」

「気持ち悪いだろ。

 命 吸い捕るんだぞ。

ただ、素手で触っただけで、

    死人生き返らせるなんて」

「素手で触んなきゃいいだけだろ」

「そんな単純なことじゃ」

「ごちゃごちゃうるせぇな、

いいからお前はここに居りゃーいいんだよ。

変な力持ってるってだけの《《たかが同じ人間だろ》》」

目を見開いて仄が顔を上げた。

何か言おうとして言葉が出ない。


「んなことより買い出し行くぞ」

そう言ってさっさと仙寺は階段を降りていった。

「...たかが」


        同じ人間


繰り返すと仄は天井を仰いだ。

ずっと見てきた天井はもっと高くて、暗かった。

化け物扱いする人達もいない。

やっと、抜け出せた気がした。 

あの暗がりから日の当たるところに...。

「 仄 行くぞ」

階段下から仙寺に呼ばれ、仄は口元が緩んだ。


もう誰にも呼ばれることはないと思っていた、自分の名前。


玄関へ行くとやっぱり仙寺は自転車に乗って「早く乗れよ」

そう言った。   




   *    *    *




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