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燭罪  作者: 野乃草 一
偽る名
2/4

狐に化かされたような一夜が明け、家に帰るとほたるの姿は無かった。


昨日着ていた手術着はゴミ箱に小さく畳まれ捨ててあり、テーブルの上にはあの財布が

カードだけ抜き取って置いてあった。

仙寺の財布は駅前の交番に届けられていた。

届けた人によると大勢の男に女の子が強引に連れていかれ、その際に落としたという。

誘拐かと思い、慌てて届けてくれたため中身も無事だった。


学校帰りにあの塀に囲まれた施設に行ってみた。

やはり人の気配はなく、

塀の上の監視カメラは外側ではなく数多くある物全てが敷地内を向いていた。


まるで刑務所みたいだ


思わずそう考えながら帰路につく。

あの坂道も通った。

初めて乗ったという自転車に怯えながら、

顔を上げた彼女の声。

  一体 どんな顔をしていたのか


     「もっと早く」


 そう言った顔は笑っていたのか

もう知ることはないと思いつつ、仙寺はスピードをあげ坂道を下って行った。





兄のリクエストである 肉じゃが の材料を買って家に帰ると玄関先で祖父と兄が車に

乗り込んでいた。


「おお、仙 今帰ったか」


昨夜一度死んでしまった老人の割に

がっしりとした体格の祖父は言った。

「今夜の新幹線で帰ると」

「はぁ?」

「お前達の顔も見たからな、早く帰らんと

ばあさんが心配するだろ」

「ばぁちゃんとっくに死んでんじゃん。

ついにボケたか」

思わず口に出すと大きな拳で頭を小突かれた。

「馬鹿野郎、死んだからなんだ。

ばあさんと俺は何時でも一緒だ」

「そうですか、そいつは悪うございました」

「なんだその口の生き方は」

もう一発。今度は少し強めだった。

痛みより懐かしさに笑みがこぼれる。

「殴られて笑うやつがおるか」

「痛ぇって、もういいだろ。時間遅れるぞ」

そう言うと祖父は いかんいかん と大人しく車のドアを閉めた。

「気ぃつけてな」

「お前も達者でな」

死に損ないがよく言う なんて苦笑いをする。

「祠は?」

「もう会った。部屋にいる」

硯がそう返すと祖父は よいよい と笑っていた。車を出そうと硯がハンドルを握る。



「そうだ、仙 お前に伝言があった」


いかんいかん と慌てて祖父は仙寺を見た

「は?誰から」

「チャーハン旨かったと」


祖父の話だと 昨夜、病室で目を覚ました時

仙寺と同じ歳程の少女が立っていた。

名乗ることもなくただ静かに、仙寺に伝えてとそれだけ伝えたという。

最後に祖父は 女の子を泣かすとは

けしからんと少し怒って駅へと向かった。


あいつ病室に来てたのか でもなんで、

部屋の番号も名前もあいつには言ってないのに...

どんなに考えても分からない。

本人を問いただしたくても居やしない。

少し腹立たしかった。 泣いてたって何だよ




それから二週間、何事もなく平和な日々。


「この財布って飯代と服代って事なのかもね」


ほたるが置いていった財布を指差し、テーブル席で祠はお茶を飲んでいる。

背中越しにそれを聞いて

「お前、勝手に中身抜いたりすんなよ」

食後の食器を洗いながら仙寺は言った。

「しないよ。..でも取りに来るかな」

一瞬、手が止まる。

  来ないだろうな 

そう思うとなんでか無性に腹が立って


「さあな」

「どこ行っちゃったんだろうね」

「さあな」

もう一度そう言った。



突然サイレンのようなインターホンが鳴り響いて、何事かと玄関に向かった。

扉のはめこまれた曇りガラスには女らしき影。

頭に浮かんだ少女。

勢いよく扉を開けた。

矢継ぎ早にインターホンを鳴らしていた少女は少し驚きながら


「ここ、舞の家だよね」


「は?」

「ちょっと来て」

訳も分からぬまま少女に引っ張られ玄関から引きずり出される。

「いいから早く!」

「ちょっと待て、誰だ 舞って」

そしてお前も誰だ。

近所の女子高の制服、肩までの髪に150cm程の小柄な少女。 全く知らない女子。


「手袋した髪の長い子よ!

立ち話してる暇無いの、早く行かないと何されるか」

怒鳴りながらぐいぐい腕を引っ張る。

それを振り払うと自転車を引っ張り出した。

「どこに行けって?」

早速股がりペダルに足をかけると少女は慌てて荷台に飛び乗った。



少女の名は 長谷川(はせがわ)麻実(あさみ)  

学校帰りに絡まれたところを同い年程の女子に助けられたのだと言う。

「うち、パパが実業家でさ、結構有名だからよく絡まれることもあるわけ。

大抵逃げきるんだけどその時は人数多くて

さすがに無理でさ」

後ろから道案内しながら麻実が続ける。

「鞄は捕られるわ、同じ女子だからって3人で蹴ること無いよね。

連れの男子は止めるどころか見て見ぬふりしてさ、近所のも知らんぷり。

そしたらあの子が立ち止まってくれたわけ。

たった一人、やめろって言ってくれた」





    *   *   *




「やめろ」


その声に顔を上げると目の前には紙袋片手に立っている少女。髪を鷲掴みにしてコンクリートの塀に押し付けていた手が離れた。

「はぁ?!関係無いじゃん」

一人の女子が振り向いてそう言うと、今までスマホを弄っていた男子は怠そうに立ち上がった。

「...何?ウザいよ、お前」

そう言い睨んでいる。

少女はそれに臆することなく、目の前に歩み寄った男子を無視した。

「聞いてんのかよ」

怒鳴りながら男子は少女の胸ぐらを掴もうとして手を伸ばした。が、その掌は何も触れることなく、男子の体は宙を舞った。

背中に激しい痛み、天地が一瞬でひっくり返った。

何が起こったのかわからず仰向けで倒れている男子は呆然とし、それを見ていた女子達も麻実を押さえつけていた手から力が抜けた。

投げ飛ばされた男子は我に返ると、こちらに歩みを進める少女に背後から大きく振りかぶった。

それを素早く避け、よろめいた背中を押すと

「ウザい」と言った女子に倒れ込んだ。

壁に頭をぶつけたのか女子は悲鳴を上げた。

麻実の両手を掴んで抑えていた二人もたじろいで顔を見合わせ、頭を押さえる女子に駆け寄る。

「もういいでしょ、行こ」

そう声をかけ、いそいそとその場を離れようとする。

倒れ込んで恥をかいてしまった男子は決まり悪そうに舌打ちして、帰り際地べたに置いてあった紙袋を蹴り飛ばした。




   

   *    *    *

「かっこよかったよ、男なら惚れたね」

「そうかよ」


すっかり夜になりネオンが眩しい駅裏の歓楽街。不釣り合いに自転車で二人乗りで周りを見渡す。

「で、名前聞いたら 舞 ってだけ答えて

あんたんちに入って行ったから私てっきり

舞の家かと」

「それいつの話だよ」

「一週間ぐらい前。

あぁ、でも舞紙袋持ってまたすぐ出ていったから。何だったのか気になってたんだよね。お礼もしなきゃなぁなんて思ってたんだけど...今日パパとご飯食べる約束しててさ、この辺歩いててたまたま見つけたのよ」


 この辺 って飲み屋ばっかじゃねぇか

思わずツッコもうとした言葉を飲み込む。



「いた!」

麻実が叫んで指差す先には『club ALiCE』と書かれた看板。その奥、店の路地裏に男女の人影が立っていた。

キャバ嬢らしく髪をあげ白いドレス姿の少女にホストのような出立ちのスーツの男が怒鳴っている。


「もういい加減にしてよ、舞ちゃん。

そんな態度じゃお客さん怒るの当たり前だろ、ちょっと抱きつかれたくらいで何なんだよ」


舞 と呼ばれた少女は紛れもなく

 ほたると名乗った少女だった。


「聞いてんのかよ」

そっぼを向いて腕を抱く少女はきつく唇を噛んだ。

「だいたいその手袋なんだよ。

他の女の子達にも言われたろ、遊びでやってんじゃねぇんだよ。

客に気分よく飲ませるのがお前の仕事だろ」

少女の態度にイラついているのか、口調が荒くなる。

「さっさと謝れよ。

何ならクリーニング代体で払え。」

そう言って少女の腕を掴んだ。

少女は思わず男を投げ飛ばしてしまった。

「てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ」

尻もちをついてしまった男は怒りまかせに少女を殴り付けた。

ゴミ箱に倒れ込み、派手な音を立てる。

ドレスの胸ぐらを掴んで上体を起こすと男は続ける。

「親もいねぇ、家もねぇって奴に飯食わして稼げるようにしてやってるってのに何なんだお前。お前みたいな価値のねえ奴、体売るか野垂れ死ぬかしかねえんだよ」

罵声を浴びせ、もう一度殴り付けようと拳を上げた。


それを掴み、見覚えのある青年が男の動きを止める。


「行け!」


叫ぶと同時に麻実が少女の腕を引っ張り上げた。呆然と少女は麻実に引かれるまま駆け出す。

「ちょっと待て、なんだお前ら」

男は仙寺を殴り付け後を追おうとする。

仙寺はそれを羽交い締めで抑えると振り向いた少女を怒鳴りつけた。

「馬鹿、早く逃げろ」

じたばたと暴れて腕が抜けた男がもう一発仙寺を殴り付け、慌てて少女の後を追ったが通りに出ると見失ってしまった。


ネオンの隙間を縫うように腕を引かれ走る。

暫く走って目の前の女子校生の息があがっているのに気がつくと、我に返り立ち止まった。

「放せ」

振り払うといとも容易く手は外れた。

「何考えてんの、自分が何してるかわかってんの」

麻実は膝に手をついて体全身で息を整えている。

「余計なことするな!関係無いだろ」

言い捨てると頬に麻実の平手が飛んだ。

「関係無いわよ!」

見ると麻実の目には大粒の涙。

「関係無いけど..助けてくれたじゃない」

「....え?」

訳がわからず聞き返すと麻実はじっと見つめていた。

「あんたが助けたつもりなくても、私は助けてもらったの。恩着せがましいと思うかもしれないけど、私は助けたいって思ったの!」

麻実は 悪い? と白い歯を見せ笑った。

笑顔とは対照に麻実の手は震えていたのに。


「さぁて、彼は無事逃げられたかなっ」

きょろきょろとその手を額にかざし辺りを見回して麻実は言った。

 彼 の言葉に先程の青年を思い出す。

「どうして、仙寺が」

「あ、仙寺って言うんだ。名前聞くの忘れてた。」

「え?」

「ほら、紙袋持って家に入って行ったじゃない?私てっきりあの家の人かと思って助け求めちゃって」

そう言われこの女子高生が絡まれていた子だと気づく。

「あの時の..」

「やっと思い出した?

麻実っていうの、私の名前。

ずっとお礼言いたくて探してたんだよ」

麻実は少し寂しそうに笑った。


「あ~..そういえばあの紙袋何だったの?玄関先まで持っていって引き返して」

「....服を返しに」

戸惑いながら答えた。

「服?あっ、ごめん。汚れちゃってた?」

そうではない と少女は頭を振ると、静かに答えた。


「返すか...迷ってた。

会わない方が早く忘れられる。」


そう言うと、彼女は顔を背けた。

なんでか無性に悲しくなって、麻実は少女に抱きついた。

慌てる少女に 馬鹿野郎 と言った。


「本当馬鹿野郎だよな」


背後から声がして二人が振り向くと見事に左頬が赤く腫れ上がっている仙寺が自転車を引いて立っていた。

「いやぁ、見事に腫れたね」

「喜んでんじゃねぇよ。大変だったんだぞ」

「捨て駒ご苦労様でした。じゃあ私行くからあとよろしく」

「は?」

片手をぴしっと顔の前で上げ、笑顔でそう言うと、麻実は何事も無かったように背を向ける。

「パパとご飯だって言ったでしょ。

また今度遊びに行くから」

二人を残しさっさと麻実は行ってしまった。



夜も深くなって、今日が金曜日ということもあり人通りも増してきた。

じんじん痛む頬。

頭もぶつけていたのかズキズキと痛む。

言いたいことはいっぱいある。

怒鳴りつけたい気すらある。

それでも口から出たのは大きな溜め息。


「...痛くないか?」


罰の悪そうに顔を背けているキャバ嬢の頬を見る。同じく赤く腫れて、思わず唇を噛んでしまったのか口端に血が滲んでいる。


「...お前もな」

相変わらず可愛げのない返事に笑いが込み上げてきた。腹を抑え、思わず声が大きくなるのを訝しげに見つめる少女を見返した。

泥だらけのドレス、崩れた髪型、ふてくされた顔に、両腕を胸元で抱いている。

可愛げの欠片もない。

「それじゃあ接客は無理だよな」

「はぁ?!」

一通り笑うと自転車に股がり少女に言う。

「帰るか」

「...私は」

明らかに表情が曇り言葉を濁す少女に

あの日と同じことをもう一度言った。

「いいから乗れよ、裸足じゃなくても

その姿じゃ目立つだろ」

そう言うと、少女は自分の姿を見直して

しぶしぶ自転車に乗った。


「落ちんなよ」


仙寺は勢いよくペダルを漕ぎだした。










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