神についての考察
今回は彼女の疑問です。
_____かみさまっているの?
幼いわたしの問いに母は何と答えただろうか。
「神様って何だろうね?」
「創造主、絶対神、いろいろあるけれど俺個人の意見としては傍観者かな」
「ぼうかんしゃ?」
「見てるだけってこと」
「そうなの?」
「あくまで俺が思ってるだけだけどね。どんなに善人でも悲惨な人生送るやつもいるし、逆にどんなに悪人でも家族に見守られながら大往生するやつもいる。どんなに祈っても願っても望んでも動かないで見ているだけならば、傍観者だろう」
「そっかー」
「それに俺は奇跡は人がおこすもの、って考えは悪くないと思う」
「賛成~」
「お前は?」
「うん?」
「神様って何だと思ってる?」
「うーん」
_____対象、かなぁ?
「は?」
「うん、対象」
「?」
「えっと、さぁ。例えば・・・ってかわたしのことなんだけどね。わたしはすごくすごく器が小さいんだよ。いろんな意味で。
だからすぐにいっぱいになって内側から弾けそうになる。弾けて壊れてしまったら、元には戻れないでしょう?
だから神様に押しつけるの」
「…?」
「うーんと、ね。悲しいこととか苦しいこととか、あるでしょ?どうしようもないくらい、大きくて重いでしょう?両手いっぱいで、耐えきれなくて、それでもまだ降ってきて、湧いてくる。ね?堪えきれないでしょう?そんな時、人はただ
神様!!
って叫ぶでしょう?訴えかけることができる、どんなに理不尽で不可能な呼び掛けも許される、自分にとっての絶対の対象、それが神様なんだよ」
「…」
「感謝でも、怨嗟でも、聞いてくれる存在はありがたいよね?」
_____たとえ血を吐くような慟哭でも。
_____たとえまばゆいばかりの歓喜でも。
「思いの対象、か」
「そう」
全ての生きとし生けるものの声。
志半ばにして果てるものの断末魔。
誕生し、最初にあげる産声。
小鳥の囀り。
狼の遠吠え。
乙女の囁き。
老人の呟き。
子供たちの笑い声。
野性の馬のいななき。
木々の葉擦れの音。
戦場の鬨の声。
母親の子守歌。
喪うものの慟哭。
全ての声なき祈り。
本当に、抱えきれないほどの。たくさんの、とても、もう、耐えきれないほどの。
「対象、か」
「呼び方は違ってもいつの時代、どこの場所、どんな状況でも、たとえ"神"という概念がなかったとしても、わたしたちは呼び掛けることを許されている」
俺には、親がいない。
生きているのかもしれないが、いない。
こいつも、親がいない。
目の前で、殺された。
(かみさま)
(かみさま、どうしてですか)
(どうか)
(かみさま)
(かみさま)
(たすけてください)
(かみさま)
(どうして、ぼくにはあたえられないのですか)
(かみさま)
(どうしてわたしからうばうのですか)
(かみさま)
(かみさま、わるいことをしたのならあやまります)
(よいこでいます)
(ですから、かみさま)
人一人ですら抱えきれないほどの思いを、悲しみを、怒りを、世界中から投げ付けられる。
一人で立つこともできないほどの思いを抱え込んだ人々から縋られる。
「神様ってさ、別に願いを叶える義理、義務?とかないんじゃないかな」
(かみさま)
「神様っていうのはそういうもんじゃないのか?」
「それを決めたのはたぶん人間だよ、人間の、弱さ」
(かみさま、ほかにはなにもいりません)
「願いを叶えて欲しいから祈るんじゃないのか?」
「君は神様を傍観者って言ったよね?ただ見ているって」
「ああ」
「わたしは見ていてくれるっていうだけでも、十分だと思う」
「…」
(ならば、かみさま)
(みていてください)
(きいてください)
(いつか)
「それだけで、わたしにとっては価値がある」
(いつか、あなたにあうそのひまで)
(かみさま)
「生きる、価値がある。わたしは、どんなに見苦しくても、生きたんだって叫べる」
(そばにいてください)
「…」
「きっと、最後の瞬間までわたしは叫ぶだろうね。押しつけるよ」
「わたしは、生きている」
それは、たぶん最も単純で、最も強烈な。
生命そのものの、叫び。
「生きている――か」
「そう、わたしも君も」
あの日、一緒に、ずっと一緒に考えてくれると言った彼女。
俺にとっては、彼女こそ絶対で、不変の、対象。そんなこと、口にはださないけれど。
「見ていてやる。聞いてやるよ」
「ずっと傍にいる。押しつけてくれても構わない」
ずっと一緒に。
「ずっと?」
「ああ」
いつかの繰り返しのように。
俺も、俺の永遠を君に贈ろう。
神様は確かに俺たちを拒絶しない。受け入れてくれるだろう。
けれど
声をかけることもない
抱き締めることもない
それは、生きている人間の役目だ。
だから俺は昔も今もこれからもずっと、手をつないで名前を呼んで一緒に生きていく。
_____それは、なんて_______