閑話2
四人となったことで騒がしさは二倍どころではなくなった。質問攻めにあっている。内容は最近の高校生事情といったものだ。つまるところこのトンネルとは一切関係ない。
「彼女こうと決めたらあんな感じでね、ごめんね」
横で男性が困った顔をで笑う。返事はしない。
ただでさえ絢火でうるさいのにさらに二人増えるとは思っていなかった。誰でもいいからこいつらと引き離してくれないか。適当な霊がこう横から現れて三人を脅かして出口に向かって逃げて行ったあと悠々自適に出れば──だめだ、出た後質問攻めに合う。それに絢火に効かない。あ~神様仏様お願いします。
視紀が心の中で投げやりに、まったく心のこもってないお願いをする。とりあえずこいつらから引き離してほしいと。そしてそれはあっさりと聞き届けられる。
『──あい、わかった』
少し歩くと霧が立ち込めてくる。
「霧って真昼間にめずらしい」
女性が腕をさすりながらきょろりと辺りを見渡しながらもしかして霧が発生しやすい場所かと撮影当日の心配をしている。
男性は特に変わった様子はなく霧が出てきましたね、と呑気である。肝が据わっていると言うべきか。
「み──…………ああ、そういうことか」
「ん? 何かみたの⁉」
少し後ろを確認した絢火がぽつりとつぶやく。それに目ざとく反応する彼女が食いついてくるが虫だったと適当言ってはぐらかす。既に自分には手だしできない状態になったと感づいたからだ。
「神様に逆らうほどばかじゃないしな」
周囲から人の気配が消えて清々しい気分となる。一方的にしゃべられるのは楽しくない。見ず知らずの人間の声はやかましく仕方がない。わがままな自覚はあるがもうどしようもない性分なのだ。
さっきよりも濃くなった霧の中を適当に進んでいく。正しい方向はこの濃霧ではまったくわからないが視紀は畏れることなく歩を進めていく。その内で口に出て合流できるだろうと楽観的に考えている。どうしてこうも焦っていないのか。
「つまらんな。お前はいつも、どうして。そう人間性が皆無か」
霧がうごめき一つの空間を作る。霧の中にぽっかりと出来上がる空洞。そこにいるのは気だるげなあでやかな髪を持つ女性。しかし先は地面へと沈み込み根のように地球と密接に絡みあい、豊かな肢体のいたるところから草木という植物に昏い花を咲かせている。服はいらぬとばかりに裸体である。背丈は3メートルほど。人間ではない。
「せっかく──せっかくこの儂が願いを聞き入れ、こうして一人にしてやった、というのに。声の一つもあげぬとは」
ぐでんと体を寝かせると上目遣いに視紀を捉える。
「よもや、声の出し方も忘れたか?」
ぎろりとにらまれる。すー、と背中に汗が伝う。人外なんて霊でこれでもかと見ている。だがこれはもうスケールが違うのだ。そう言ってしまえば神の類。これと会うのは初めてではない。一発でただの霊ではないと見抜いたのが面白いのかったのかこうしてたびたび絡まれている。
「──いい。まったく自分の心に素直になれぬとは。……いや、一点においては愚直でいじらしく欲まみれか」
くすりと笑う。妖艶とはまさにこのことだが少し口が動くだけでなぜか食われそうと思うのはどうしてだろうか。
「お前の在り方はしかとわかっている。しかし、しかしだ──返事はしろ」
「…………はい」
絞り出すような声。それにご満悦と神は嗤う。
ろくな奴がいない。どうして自分の周りには厄介な奴が来るのか。神ではあるが神から落ちた──堕神とでも言えばいいか。こうして引き離してくれたのは嬉しいが対面は望んでいない。ただの人間の霊と違い簡単に人をどうにかできてしまう。殺すのはもちろんだが精神を塗り替えることだってできるだろう。
この女性との対面どうしようかと思考を巡らす。こちらから動きわけにもいかない。下手に動いて顰蹙を買えば何があったかわかったもんじゃない。
「なあ、お前。何かおもしろいことがあっただろ?」
知っているだろ。大抵のことはお見通しだ。それでもわざわざ確認してくるとは意地が悪い。
「よいなよいな。儂もあのように男の腕に抱き寄せられたいものだ」
「ちっ」
思わず舌打ちをしてしまう。誰が好き好んで他人を抱くかよ。わかってて言ってやがるこの女。
「儂を一度──戯言よ、聞き流せる度量ぐらい身に着けぬか。怖い目をするな」
静かに蔑む目を向ける。神がなんだ。こっちの思考を読めるんだったら好きでもないやつ触ると思ってるのかよ。淫乱痴女が。年増の体さらして美魔女気取りとか古いんだよ。取り入れる流行も遅れているとかまじで年とった人間って感じだな。
「過ぎたる言葉は身を亡ぼすぞ……と言っても聞かんか。よい、別段気にしていない。お前は本心を偽ることをしないから気に入っている。それにだ」
緩慢な動作で立ち上がると視紀の前までくると腰を曲げ、視紀の顔を両手で包み上げて持ち上げる。目を見開き目と目が触れてしまう距離まで顔を近づけ
「この目はほかにないものだ。ゆめゆめ気をつけることだ。異常、異様、異端、狂気、狂乱は人を惑わし魅了する。此度の件忘れるな。ただの霊があそこまで確実に存在しあまつさせ体を共有しあうなどありえぬ」
視紀もそれには違和感があった。映画でよくある悪魔憑きや悪霊にのっとられるもの。実際そんなものない。ただ霊が体に入り込み不調をきたしたりするがよほど精神が弱っていたり霊自体が何か特別な力持っていなければ無理だ。今回の姉妹のやつは本人が許可をしていたというのがあるにしてもあの妹の霊自体はただの霊に過ぎなかった。誰かが手引きした。こいつが忠告してくるということは推察は間違っていなかった。
「よいか、目のことは言うな。悪運が強いというべき。まっとうなものとしか出会ってあらぬ」
体を離して元のように寝転がってしまう。
まっとうなもの……誰だ。心当たりが誰一人としていない。もしかしたらこいつの言葉当てにできないかもしれないぞ。
「阿呆が。さて、そろそろもどれ。儂はねむ──ふわあ」
とあくびをするや否や濃い霧が立ち込めていく。消え方どうにかしろと思うが自由気ままさこそ人間にはない部分である。はあ、と嘆息しながら歩いて行く。少ししないところで人の話声が聞こえてくる。あれはあのテレビ関係者の男性のものだ。
「──やっと出口だね……って、ええ! どこに行った⁉」
驚いた声を上げる男性に早歩きをして何事もなかったように隣に立つ。男性は前にいる二人に慌てて話しかける。絢火がすぐさま振り返ると
「よ、視紀なんか見えたか?」
いつもの調子で話しかけてくる。だからいつもと同じように
「霧」
簡素に答える。隣で男性があれと首をかしげている。女性が大声を出してどうしたのと若干の苛立ちを含ませながら振り返る。彼は慌てて何もないと取り繕うも未だ釈然としないみたいだ。
トンネルから出ると同時に霧は消え去った。やっと終わったと脱力していると女性も伸びをしながら気落ちした声を出していた。霊的現象はこれと言ってなかったしな。霧はまあ、立派な現象ではあるが迷ったりとかしたわけではなかったし収穫として不十分なのだろう。ただここには
「ここには何もないみたいね。霧させでなければ撮影も問題なさそうだし、帰るわよ」
「え、もうですか? あ、夜も来るってことですか」
「はー……いい? 霊現象に昼も夜もないの。それぐらい調べておく」
昼夜を問わないという発言に関心する。予想以上にしっかりしている人だった。行き会ったりばったり感がぬぐえなかったがやっぱりどうしても霊は夜に出ると言う印象がある。まあ、そんなことはない。あくまで霊は人なのだ。だからこそこうして自分が霊だと気づかないままはざらにある。目的だけを抱えているだけの人が。
「あー、その。これ見てもらっていいですか」
恐る恐ると声をかけるとびっくりされる。喋れたんだと言われるのは心外だった。さっき絢火に対して返事したはずなんだけど。
二人に見せたのはSNSで話題になっていたテレビ番組だった。つい最近心霊特番がありそこでADが張り込み撮影した映像に移った謎の人影が霊かどうかの検証が行われていた。SNSでは合成とどうやっても合成ではないという意見に二分しそれで大炎上していた。ただどちらの意見にしよ映像の見やすさとADの下調べ力をほめていた。それを見て女性と男性の顔がほころぶ。
「なんだ、もう撮れてたのね」
「僕の映像すっごくきれいですね」
それだけ言うと二人は一瞬で消えた。だんだん消えて行くとかそんな演出なんてない。消えるのは一瞬だ。スマホをしまうとたった今出てきたトンネルへと踵を返す。一方絢火は二人が消えた場所をぽかんと見つめていた。そしてぶんぶんと頭を振るとにらみつけながら視紀に肩を掴み振り向かせる。
「──おい、視紀。あの二人霊だったのか」
普段のおちゃらけた彼ではない。冷徹な顔に底冷えするような声。そこまで怒ることかよと呆れながらも意地悪したかと反省はする。
「あの二人このトンネル来る前から道中にいたんだよ。このトンネルの霊じゃない。つまり報告は義務はない」
屁理屈だ。ま、道中見たなんてまるっきり嘘だけど。しばらく見つめ合っていた二人だがそういうことにしといてやるよ、と絢火が肩から手を離すと視紀の隣に並ぶ。
「帰りはしっかり教えてくれよ?」
「さあ?」
べ、と舌を出すと同時に走り出す。後ろから反響してくる声を聞きながら駆け抜けていく。トンネルのあちこちから手が伸びてくる。このトンネルは入る方向が大事だ。一番最初に死んだやつが寂しさから歩いてくる奴を誘い込んでくる。絢火が起こした事故以外このトンネルで事故はないほとんどない。ただ一件だけこのトンネルに行ったきり消えてしまった人物がいるとのこと。それからこのトンネルは幽歩トンネルだとか言われてる。意味は知らん。俺を捕まえようとして手が伸びてくる。ただそれは途中で止まる。一体誰によって止められたかなんて俺の知ったこっちゃない。ただこれで帰りは一人でのんびりできることは確かだ。