三話
平日の真昼間。最近は共働きや定年が伸びたこともあってか住宅街であっても人通りは全くない。俺たちにとっては好都合としか言えないが。
先ほども言ったが今現在の時刻は平日の昼。もちろん長期休暇中なんてことはなく、現在学校では授業が滞りなく行われている違いない。そんな中私服姿で住宅街のど真ん中にいるのは交久瀬美紀、そして
「こーんな平日の昼に俺をかりだすなんてとんだ非行少年だねえ」
にたにたとあくどい笑みを浮かべてイケメンであることに変わらない語屋絢火。こいつもある一件、というか去年の夏。こいつには散々な目にあわされた。それのツケを払ってもらいために呼び出した。何もないとは思うが俺は霊は見えても対処はできない。そこでエキスパートを呼び寄せた。それが隣の腹立たしいやつだ。
目的の古びたアパートにたどり着く。プライバシーなんてなさそうな木造建築。会話も丸聞こえ間違いなしだろ。
「どの部屋かわかるか」
「もちろん。一階の左から二番目。右から三番目だな」
なぜ左右から丁寧に言ったのかは置いておいて。表札を確認する。そこには『高麗』と依頼主と同じ苗字である。間違いないだろう。そこまでありふれた名前ではない。
「開けろ」
「やだ、人使いあらくない? てか犯罪行為容赦なく強要するじゃん! ま、別に悪いなんて思ってないけど」
上機嫌に鼻歌を奏でながら絢火はまっすぐ扉に向かって歩いて行く。そしていとも簡単に扉をすり抜ける。そしてかちゃりと内側から扉を開けると、ひょっこりと顔を出す。「ひい、も、もう帰ってきたの……」
それと同時に奥から女性のか細い声が聞こえる。すっかり怯え切った声である。誰かと間違えているようだが。
おじゃまします、と最低限の挨拶をすれば知らない人物とわかったのかのそりと奥から姿を現してきた。出てきたのは高麗早夜をいくばくか老けさせハリを無くした感じと言えばいいか、20代ほどの女性だった。
「ど、どちらさまで……」
「交久瀬視紀といいます。なんだか声をかけたのですか反応がなかったので勝手に開けさせていただきました」
「は、はあ……それで?」
もう少し疑いを持ったらどうだと思わずにいられない不用心さ。今の状況より恐ろしいことがあるせいで感覚が麻痺しているのか。どっちにしろ好都合だ。
「高麗さん、娘さんのことで少しお話が」
「早夜のこと? うちの娘がどうかしましたか?」
きょとんく首をかしげる。その様子に少し驚いてしまう。予定では取り乱すかと思ったが。
──そっちじゃないだろ。
耳元で愉快そうな腹立つ声がする。まったく声までかっこいいとか欠点なしかよ。いやそれを帳消しにできるだけの性格の悪さがあるか。ふう、と息を吐く。仮説の域を出ないとしても追い詰めるにはいい材料だ。
「妹、いや姉。──妹か。高麗早夜の死んだ妹」
「あ、──あああああ、ふぐ、ぐう」
顔をひきつらせ喉を喉を引き絞る放たれるはずだった声はなぜだか止められる。何が起きたかさっぱりの高麗母は恐怖にひゅっ、ひゅと息を漏らしながら涙と鼻水を流している。もちろん抑えているのは絢火だ。口に手を入れながら、ばっちいと言っている。それならもっとやりようがあったろ。
「叫ぶな。近所から変な目で見られたくないだろ」
後ろ手で鍵を閉めて靴を脱いで上がる。
「俺はあんたの死んだはずの妹の霊をどうにかするために来た。起きたことを全て話せ。でないと」
ぐっと絢火が腹を押す。
「もう一体追加する」
いくらか落ち着いた、というか怯え切った女性は正座をこちらをうかがうようにびくびくとしながら話し始めた。
わ、私。実はやり捨てられて。というより一夜の関係で捨てられて孕まされて。その時できたのが早夜なんです。
早夜は私なんかにはもったいないぐらいにかわいくてできた子で。本当に女手一つで苦労もかけたのに、いい子で。でもでも──
でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも
言えない、言えな──ひ、話します、話します。だから許して許して
もうやだ、いやなんです。子供を産むのも殺すのも、それに呪われるのも!
早夜には話してないですけど、実は双子で。一卵双生児で、ああ、私二人も子供できるんだって舞い上がってたんです、だから天罰です。そこらへんの男をひっかけでできた責任もないノリと勢いだけで子どもを作った罰。
でも私その時体ボロボロで。あっちこちで無茶してお医者さんから二人産んだら最悪母子もろとも死ぬって。だから、片方捨てたんです。生まれる前にこの中で殺してしまう。命を奪ったんです。だってそうしないと早夜さえ産めるかわからなかった!
もし産んだとしても私が育てられないんていや! だって私のこどもなんだもの。愛してあげて成長を見ていたい! とうぜんでしょ?
だからもう一人を殺した。名前は朝日。夜朝で二人仲良くあってほしいって、そう思ってたのに。私が引き裂いた。
だからこれは朝日の呪い。
今はもうないけど小さい頃、早夜がかわいい声で、朝日と遊んでいたって言うの。あははは、生きていたの、もう生きてて私が殺した、ころしたの!
大きくなると早夜と同じ姿で枕元に現れて可愛く笑うの、早夜とちょっと違う笑顔で。すっごくかわいくてたまらないの。けどよくよく見ればそれ早夜で、早夜の体をのっとって、だから私必死にたのんだの、私が悪いから、どうかどうか早夜だけはって。そしたらお母さんちょうだいって。あげるって言うしかないじゃない。
それから時々記憶がないの。仕事の時はまだないけど夜、お休みの日、どんどん、どんどん、どんどんどんどんどんどん私の時間がなくなっていくの、どんどん早夜との時間がなくなって、早夜帰ってこないで、お願い。早夜も呪われてるの。早夜の中に朝日が。私を呪って早夜にとりついて。
ごめんさい。ころしました、わたしが。かわいい朝日。早夜、今度はあなたもころしたほうがいい?
涙をぼろぼろとこぼしながらこれまでのことを後悔とともに語る姿は哀れでありながら身一つで抱えるには重かったのだろう。だがそれは交久瀬視紀にとっては何ら関係のないことだ。
「そうか。お話ありがとうございます」
立ち上がりこの部屋を後にしようとすると視紀の足にすがるように掴んでくる。
「まって! ねえ、この呪い解いてくれるんでしょ……?」
期待を込めた目で見上げてくる。自分の子供と変わらいない年の人間にすがるほどどうしようもないのか。ひっついてきた女性を蹴る要領で振り払う。床に投げ出されると、絶望したように、なんで、と呟く。
「助けるなんて言ってない」
腰を落として女性と目線を合わせる。
「それはあなんたがいつまでも負い目を感じている自分でかけている呪いだ。あんたは確かに娘一人の命を救った。ここまで育てた。いつまでも生まれなかった命に固執するな。娘だけ見てろ」
それだけ言って視紀は部屋を後にした。
アパートから少し離れた場所で突然音もなく気づけば絢火が立って並んで歩いていた。それに対して視紀は特に何も言わない。
「最後のあれなんだ。珍しい視紀ちゃんのデレじゃ~ん」
にやにやと酷薄な笑みを浮かべて揶揄うように視紀の前を後ろ向きに歩き顔を見てくる。
「なに、同情でもしちゃった? もしかして同じように霊にのっとられたことがあったり? 確かに視紀ちゃんぐらいだったらありえなくないけど」
「おい」
やかましい男に鋭く声をかける。
「ばあちゃんだけだって言っただろ」
じっと目を見つめればさらに目の前のやつは深く深く笑う。
「そうだよなあ、そうだったよなあ。ばあちゃんだけしか読んでないもんな。じいちゃんは視紀って呼ぶし、両親はいないし」
「──なあ、俺だったら俺にその在り余った力の使い方教えてやれるぜ。だから、こっち側に来いよ」
手を差し出してくる。その手が一体どこにつながっているか嫌というほど知っている。まったく。今ここに俺がいるっていうのがその手を取らない何よりの証拠なのに。
「学校に戻るぞ。まだ五限に間に合う」
「え、もどるの⁉ このままどっか遊びにいこうよー!」
絢火の手を取らず横を通る時そういえばいつもの調子で慌て始める。
「せっかくここまで付き合ってくれたやつを非行少年にすわけにいかないだろ。俺、優しいから」
べ、と舌を出す。お前にとって退屈な授業。間違い探しでもして頑張って時間つぶしでもしてろ。
「で、どうすんの」
放課後誰もいなくなった教室。全員帰らせる必要はなかったと思うのだが。そういった視線を送ると
「俺だけの特別にしたいだろ?」
甘いマスクで言ってのけやがった。適当にそこら辺の女ひっかけて路地裏で刺されればいいのに。どうせ死なないから安いだろ。
「どうするって」
「いやいや。わざわざ朝学校に来て昼になったらあのアパートに行ってそんで戻ってくるってどういうことだよ」
「確証が欲しかったんだ。お前が言ってた家族構成がほんとうかどうかのな」
疑われてたとか心外、と肩を落とす。
駅前の複合施設、そして最初の依頼と次に会った時の状況。そして今回の母親の話。予想以上に面倒だなと思ったがただの覗き魔だったら学校側に申告して終わり、もしくは霊の排除だったりで済んだ。しかし今回はそうはいかない。こんな手の込んだことをして。非常に不愉快だ。だからこそ正面から叩き潰す。二度とこういうことに巻き込まれないためにも。
「そろそろ時間だな」
教室にかけられた時計を見てぽつりと言う。
──ガララ
「二年生の教室なんて久しぶりね。ああ、でも確か隣の教室だったかしら?」
やってきたのは高麗だった。三度目、いや一方的な認知なら四度目か。相も変わらない美貌をふりまいている。
「あー……そういうことか……貸しだからな」
「今度心霊スポット行ってやるよ」
「いいね」
辟易とした顔をした絢火にすかさず対価を示せば打って変わっていい顔をして舌なめずりをする。
「二人でお話はずるくないかしら。そちらは語屋絢火くんかしら?」
「へー俺のこと知ってんだ! ま、イケメンだし有名に決まってるよなー」
「ええ、そうです。それで、交久瀬くんに呼ばれてきたのですが。どうして語屋くんがいるのかしら」
手を頬に当てて困った顔をする。
「手伝ってもらうためです」
「ああ、覗き魔を捕まえるためにね。そういうことなら納得なのでけど」
「もうすでに覗き魔は捕まえました」
「え……えーと、どういうことかしら」
視紀の発言に困惑した様子を見せる彼女。目を点にさせてうろたえている。まあ、それはそうだろう。だけど反応としては零点だ。
「どうしたんですか。覗き魔が捕まったんですよ。──喜べよ」
「……どこまで知ってるの」
明らかに雰囲気がかわる。こちらを刺さんばかりににらみを利かしてくる。美人でも怖いものは怖い。隣の絢火なんかちょーこわっと声に出しているほどだ。
「どこまでって、今お前が高麗早夜に入っている高麗朝日ってことか」
「ふ──うふふふふふ」
「は──あははははは」
高麗の体から二種類の声が発せられる。ゆらりと体の輪郭がぼけると二つに割かれるように生まれる。高麗早夜と似た女子高生。きっと、それが生れなかったであろう高麗朝日。豊かな黒髪をなびかせながら二人はお互いを慈しむように抱き合う。一種の絵画でも見ている気分だ。それほどまで異様な光景だ。
「ばれちゃってたんだ。でも、いったいどこで?」
「どうせあの母親に決まっているわ」
「でもおかしいじゃない。どうして私たちが嘘をついているって」
「確かにそうね。でもどっちでもいいじゃない」
「そうそう全部関係なかったことにすればいいの」
「私たちの虜にすればいい」「私たちの虜にすればいい」
二人が見つめ合いお互いの頬に手を這わせる。包み込む。まるで今から愛を告げるように。薄く唇を開きゆっくりと近づいていく。赤く色づいた唇。ふっくらとしたそれがぶつかりあうと柔く相手の唇の形を確かめるように沈み込む。
…………何やってんだ。
視紀はこの状況がまるで理解できなかった。なぜ突然目の前の人間二人がキスし始めるのか。どういうことだと絢火を見れば頬を真っ赤に染めていた。
「こっれは……たまげた。魅了してくるなんて」
駄目かもしれない。魅了とか言い始めた。助けてくれ。助っ人が役に立たないかもしれない。白けた目で彼女らに視線を戻せば怜悧な瞳がこちらを見ていた。
「だめみたいね」
「あっちはちょっとは効いたけど」
「直接するしかないわね」
がたがたと教室にあるものが振動を始める。まずいと机に飛び乗り飛び移っていく。
「絢火!」
「おっと、大丈夫だ。俺としたことがあんまりにもかわいいのが×2いたもんでくらっとしちゃったぜ。さて、本性を表せよ」
彼の周りから目に見えて何かが現れる。視紀の目にはっきりと見える。それは怨霊の類。怨嗟を吐き出しながら二人へと向かっていく。
「左だ!」
指示通り朝日へと霊が群がる。それは霊にとっては毒である。本来の性質がなんであろうと弱ければそれに飲まれ取り込まれる。これで終わればいいがそうは問屋が卸さない。朝日に群がったはずの霊が彼女から離れるとくるりと反対に絢火に向かっていく。
その間に机を思いっきり踏みつけながら人間である早夜に近づくとためらわず蹴りを入れようとする。
「朝日!」
足が届く前にまた一つになる。顔の前を腕でガードされる。だが勢いだけは殺せなかったか体は飛んでいく。だが蹴った方のこちらの足が痛い。
「主人に歯向かうとかいい度胸じゃん。戻れお前ら」
反抗してきた霊は絢火に触れることすら叶わず床へと吸い込まれた。
「女の子に容赦なく蹴りいれるじゃん」
揶揄う口調にイラつきをわずかに覚えながらすぐさま距離をとり絢火の隣に立つ。
「ポルターガイストは大したことない。机程度でも持ち上げるのに時間がかかるみたいだ。それと霊が入ると丈夫になる」
「おっけ。引きはがすしかないか」
首をコキコキと鳴らしながら彼も臨戦態勢となる。彼が取り込んでいる霊はすでに理性はなく本能のまま動いているので今回は相手が悪い。一瞬で虜にされてしまう。
「ずい、ぶんと……はあ、戦いなれているのね」
少し動いただけで随分疲れている。それはそうだろう。それに普段から霊を入れていると考えていると体はボロボロだろう。よく映画で霊にとりつかれ顔色が悪くなったり目に見えてやつれたりしている描写があるがあれは正しい。耐性がないやつはすぐに精神と体にぼろが出る。高麗早夜に関してはこれは感だが双子の霊だけ感知出来てさらに彼女だけ受け入れられるのだろう。さっきこっちしか見ていなかったのが証拠だ。
「引きはがして離す」
「了解」
ネクタイを外して視紀へと投げると一直線に高麗に向かっていく。行く手を阻むようにチョークや花瓶。机に入っていたノートが飛んでくる。あとであれ片づけないとだよなあと考えながらネクタイを確認する。普通のネクタイじゃないな、よし。しっかりと伸びる。
飛んできた花瓶もチョークも見えない何かに阻まれたか絢火の周囲で砕ける。そしてその破片は視紀の元へと飛んでくる。
「お前! 全部防げ!」
しゃがみ込み頭を抱える。破片危ないってわかんないのかあいつ!
視紀の文句は無視し高麗へと手を伸ばす。
「さわらないで!」
いや! と後ずさるがそれより絢火の手が届くのが早かった。体をすり抜け胸元に手が埋まる。ぐっと握りこぶしを作るとあ、と高麗が短い悲鳴を漏らす。絢火は唇をなめると獲物を見定めると腕を引く。
「あ、ああああああああ!」
高麗が二人にわかれる。しっかりと朝日を掴んだらしいな。
「視紀!」
「わかってる!」
ネクタイの端を持ち早夜へと投げる。まっすぐ首へと向かい巻き付く。
「え、ちょっとなによこ、れ──!」
ぐいっと引き寄せればネクタイが一気に縮み視紀の腕に早夜が収まる。
「離してよ!」
そういうわけにはいかないとばかりネクタイをぐっと引きを腕を後ろでまとめて抑える。やっぱり霊が入ってなきゃただの人間だし力全然ねえ。抵抗するもびくともしない視紀の腕に徐々に焦りをにじみ出てくる。
「もどして! もどして!」
助けを求め朝日の方を見ると顔が絶望へと落とされる。そこでは絢火によって床に組み伏せられ逃れられないようにされている彼女がいた。まったく体が動かず生きているか怪しい。あ、そもそも生きてないかった。
「どうして……どうして、私たちの見分けがつくの⁉ おかしいじゃない、こんなにそっくりでどっちも完璧にかわいくて、私たちは一つなの!」
取り乱し叫び散らす腕の中の彼女。うるさいと思いながらも視紀は口をひらく。
「見分けて当たり前だろ。全然違うよお前ら」
ぴたりと早夜の動きが止まる。地雷はあっていたみたいだ。ぼそっと絢火がつかねーよと言うが黙って欲しい。
「──うそうそうそうそ! だって朝日がお母さんの中に入ると私そっくりになったもん! 一緒! 姉妹ってみんなそういうもん!」
わんわんと泣きながら叫ぶ姿は幼い子供だ。
「朝日は私の妹なの! いるのいるの! ずっと一緒にいたの!」
叫びが教室にむなしく響く。視紀は一つ息を吐いて言葉を紡ぐ。
「腹の中の時にすでに自我があったんだな。そしてお前の影響を受けて一緒に育ってきた。成長する霊は割といる。お前が妹をいるとしたいなら違うって認めろ。いいか、姉妹に見えたのはそもそも母親と似ているからだ」
すごく若かった。それに似ていた。親子だってはっきりとわかるほど。自分を見てほしいのは自分を認められると同時に姉妹を認めさせてきた。そうしてあの霊は実体を保っていた。強い精神力だよ。目安箱にあの投書をしたのは自分の存在を認知させるため。遊び半分でもあるんだろう。
「視紀~きえかかってるぞ~」
視線をそちらにやれば半透明になりつつある朝日がいた。相も変わらず微動だにしないがこのまま消えるのは時間の問題だろう。
「いや! いや!」
「落ち着け! こっちをみろ!」
早夜の顔を両手でつかみ自分の顔を見させる。
「いいか、お前の妹は確かにいる。だがぞの証明をするのはお前じゃない。いいか。お前がやってることは妹の存在証明にならない。どうあがいたって死人だ。生まれなかった命だ。だけど俺には見える。確かにお前の妹、高麗朝日はいる。俺が見た。俺が知っている。そこの顔だけが取り柄もやつもだ! だからお前も認めろ! あいつはお前とそっくりだとそんなんじゃない! ただのお前の妹の──高麗朝日だと!」
叫ぶ。大声なんて柄じゃない。こっちだって必死だ。ただ消すんだったらこのまま放置しておくだけで十分だ。だけど俺にとっては霊も人間も変わりない。消えるのを見るのはどっちも辛い。それにそんなオチきっとあいつは悲しむ。
「……あさ、ひ……。私、小さいころ、朝日しかともだち、いなかった」
腕で顔を隠しながらぐすぐすと泣きだす。
「朝日が消えそうって、だから私とお母さんの、からだを、つかって」
「ひっ、ひぐっ、だって、私とお母さんの、せいで」
「朝日は、生まれなかった!」
視紀の眉間に皺が寄る。一体だれがそんなことを言ったのだ。あの母親からして自分の娘に双子の話を伝えたとは思えない。だとすれば一体だれが入れ知恵をしたんだ。
「だから私たちの命で、朝日を!」
「馬鹿か! それはただ自分の命を減らしてるだけだ! 大丈夫だ。そんなことしなくてもお前がしっかりといるってわかれば妹はずっと傍にいてくれる」
「ほんとぉ?」
涙のせいで呂律が怪しくなってきてますます赤子のようになっている。
「母親を傷つけたいわけでもないんだろ? 嫌いとかそうじゃないだろ」
こくこくと頷き肯定を示す。
「だったらもうやめるんだな。いいな」
「うん……」
と言いながら視紀の首に縋りつこうとする。動きを察知して大丈夫だと判断して床に投げる。
「──いったあ! ちょっと! ここは優しく撫でたり甘く囁くところじゃない!」
思ったより元気そうで何より、と絢火に未だ捕まったままの彼女に近づく。
「起きてるんだろ?」
「…………ふ、うふふふふ。なあに? 同情のつもりかしら。母親に殺された私に対する。もしかして私に惚れたとか?」
「どっちも違う」
強勢を張る声を一刀両断する。惚れるとかない。同情も欠片としてない。この世で捨てられた命なんてたくさんある。そんなものいっぱい見てきたし触れてきた。全部に同情なんてしてみたら一瞬で黄泉行きだ。
「また同じように憩いの時間を邪魔されたらたまったんもんじゃないからな。こんな面倒二度とごめんだ。灸を据える意味もこめてだ。それに──」
少し昔のことを思い出す。うん、きっと後悔する。
「自分の親を殺したらきっと後悔する。母親やそこのやつにとりつかなかったってことはそれなりに情はあったんだろ?」
「……」
沈黙は肯定だ。もう大丈夫だろう。絢火に離して大丈夫と伝えればまだ女子に触ってたいとほざいたのでぶっ叩いた。
改めて姉妹で並ぶ二人は姉妹らしく似ていた。