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二話

 初めてのクッキー教室~♪

 まず初めにレシピサイトを見ます。

 そこに書いてある通りにします。

 完成です。


 目の前の人物がおいしそうに自分が作ったものを頬張るのは案外悪くないものだとこの半年とちょっとでわかった。

 放課後いつものとなっていることに関しては視紀本人は不本意な顔をするだろうが日課になっているこの場所は下駄箱横の空き教室。そこでは依頼のことなぞそっちのけで導が目の前に置かれたクッキーをおいしそうに口に運んでいた。それを見て手で口を隠しひき気味で

「ますますデブにブスになるぞ……」

「はむはむ……ご安心なさい……完璧で……はむ、ぱーふぇくとな私のこのプロモーションが乱れることはないのよ!──はむ」

 口の周りにクッキーのカスをつけられてドヤられても威厳も説得力も何もない。ハンカチで拭ってやればくるしゅうないとまた食べ始める。

「今完全に幼児だぞ。いいのかそれで」

「幼児のように愛らしいということだな」

「脳みそお花畑かお前は。このままぶくぶく太って自分じゃ何もできなく……今と変わんないな」

 ふと冷静になり大変なことに気づいたと口を手に当て

「ぷ」

「おい! 笑ったな! 笑ったよな、今! 不動たる私に何か不満でもあるか! いいかよく聞け。特別な存在というのは少し動くだけでこの世界にとてつもない影響をもたらす。よくも悪くもな。だからこうして私は動かないと決意してこの教室に居を構えている。ふふ、一般人である君はわからない苦労というものだ。仕方ないこと……」

 肩をすくめて憐みの目を向けてくるがその間にも利き手は常にクッキーを口に運んでいる。

「確かに俺はお前とは違って動くからな。悪いけど──俺とじゃ全然違うもんな?」

 はっと笑い飛ばせば相手は顔を真っ赤にして怒りを露わにしてクッションを掴み投げようとしてくる。しかし視紀の顔をじっと見て一つ深呼吸をするとすっと腕を降ろす。

「おい、口を拭け。いいか私は大人で可憐で超絶美人。この程度で怒ったりしない。まったく──ん、それで今日来てもらったのはほかでもない依頼者についてだ」


 視紀に口を拭かれなけなしの威厳を取り戻し本題へとようやく入る。クッキーがやっとなくなったおかげだ。ちなみに視紀は一枚も食べていない。

「名前は高麗早夜。覗き魔がいるからそいつを捕まえてほしいだと」

「なに! そんな奴がいるとは! 即刻捕まえるぞ!」

 ぶんぶんと腕を振って怒りを露わにするがすぐに動作をやめ深く息をする。

「で、依頼主はどんな人物だった」

「女」

「──」

 簡潔でこれ以上わかりやすい答えがあるだろうかという自負がある。大真面目に。しかし目の前の人物はこいつまじかよと言う目を向けてあんぐりと口を開けている。

「うわーないないないない。わかった、今のすごいわかった。どうして彼女無しの戦歴か。うん、これは無理だ。孤独死だけは……うん、頑張って避けろ」

 無理だろうけど、とぼそっと言われた。

「全部聞こえてるぞ。言っとくが俺以上にお前の方が孤独死まっしぐら。というか生きていけるかあやしいぞ」

「はあ~? 女心以前に人としてどうかしてるような君に言われたくないな。生憎だがこうれでも私を信奉する人間は多いのだ。絶対的なる求心力。ひとかけらも持たない君には理解できないものか」

「はいはい。すごいすご~い」

「そのたかいたか~い、みたいに言うのやめろ! で、女以外の情報を。性格や身体的特徴。ああ、あとあの語屋絢火から何か聞いたりしてないのか。学校の噂は大概知っているだろう」

「性格は自信過剰。自己顕示欲の権化。他人からの視線を何より求めている、ってところか。あとは確実に変態。見た目は整っている。パーツが欠けたりとかもなし。著しい崩れ方もしてない。それと男子生徒から人気だと。あと姉妹がいる」

「ふむふむ。つまり私の次くらいに美しいってことね」

「いや、まったく。見た目なら完全にあっちに軍配あがってる」

「はあ? ほんと見る目ないのね」

「もう一回言ってやろうか? 頭お花畑」

 

 いや、今はこんなことを言っている場合じゃない……ということもない。目安箱なんて設置したがそこに投書された内容を可決する義務なんてもちろんない。ただの愚痴のはけ口でも構わない。言う、書く。この行為だけで満足するようなものばかりなんだ、大概の不満は。だから霊はよくしゃべる。

「そうそう。そういえばこんな投書があったの」

 思い出したかのようにもったいぶって紙を一枚テーブルに置いた。それは白紙でいたずらかと鼻で笑うと

「裏よ!」

 ぺらりとめくればそこにはいくばくかの怒りを滲ませた字で

『連絡してきなさい!』

 鞄を探り前にもらった紙の描かれた電話番号へとワンコールをする。よしこれで問題ないな。

「全く依頼主があなたの連絡先知ってるわけないじゃない。ばーか」

 勝ち誇った顔を浮かべる目の前のやつに顔を覆うしかなかった。


 放課後。男子にとっての禁域でありそれでいて切望する場所である女子更衣室。いたたまれなさはもちろんあるがそれよりも困ったのはこの状況だ。女子と二人っきりももちろんだがどういうわけか目の前にいる女子生徒である高麗が上を脱ぎ始め下着姿で恥じらうようにして視紀に迫っていた。

「どうして脱ぎ始めたかそこの説明」

「ようやくそっちから話し始めてくれた」

 くすりと笑うと余計にくっついてくる。もし視紀が少しでも動けば触れてしまうほどの距離。背の高い視紀だと高麗を見下ろす形になりまた高麗からすれば見上げる形になる。

 どうしてこんなことになったかさっぱりだ。

「それで、どうして脱いだ」

「えへ。言ったでしょ。覗き魔がいるって。だから着替えないと覗いてくれない。そうでしょ?」

 小悪魔の笑みを浮かべながら下着の肩ひもをずらしていく。肩から腕の線をなぞっていきながらゆっくりと。それと比例していくように目の前の女子生徒の息遣いが荒くなり頬が上気していく。

「そうか、だったら──」

 抱きしめるように背中に手を回す。探るように背中を指でまさぐる。若干身をよじる高麗に苛立ちながら目的のものを見つけ

──ぱちん

「──え」

 指から肩紐が落ち胸があらわになってしまう寸前、反射というべきか一瞬で視紀から距離を取り腕で胸を隠した。最低限の恥じらいは持っていて安心した。それにしても前にくっそイケメンの霊が自慢話で語ってくれたホック外しがここで活きるなんて。馬鹿にできないな。いや、もう使う機会なんて来なくていいけど。

「ちょ、ちょっとおかしいんじゃないの! ここは『そんなのやめなよ』とか『がまんできない』って襲ってくるところじゃない! それを、それを! なによそのなにも感じてないような目。ああ、そう見誤ったわ。そういうことね。女に興味がなかったのね。そう、それならいくら私でも──」

「恋愛対象は普通に女だ。それよりさっさと着替えろ。せっかく手伝ったんだ。視線を感じたら教えろ」

 すっと後ろを振り向く。さすがに女性の着替えをガン見する趣味はない。

「いいの……? ここで今悲鳴を上げればもう学校にいられなくなるかもしれないのよ?」

 くすくすと視紀が後ろを振り向いたことで形勢の分はまだあると思い試すように訊ねてくる。

「そうなったら覗き魔はこのままずっといることになるな。それに悲鳴はあげたければ好きにすればいい」

 沈黙が更衣室に落ちる。微かに外から部活動にいそしむ生徒の活気ある声が聞こえてくる。今日もご苦労様とエールを送る。中学は強制的に部活に入れられていたので二年前まではあちら側にいたなと思い出にふける。

「……不能。いいわ。大人しく着替えてあげるわ。依頼をしたのはこちらだもの──見たくなったらいつでも見ていいからね」

 ぶれないな。呆れるしかなかった。

 霊だろうが人間だろうがろくでもないということははっきりとした。


 背後で衣擦れの音がする。こう見えないと想像力が高まるのをどうにかしたい。ただ同じ空間にいる女だと思うとげんなりせざるを得ない。別の人間を当てはめるにしてもそういったことにもとより興味が薄い。ないわけじゃない。それなりに成人向けの本を内緒で購入して読んだりしている。妄想する特訓でもしとくか。

「あ……──、あ、あっちから」

 震える声についに来たかと振り向く。未だ上が下着姿なのは置いておくが指は入り口の方を指している。そちらを見れば人影が確認できた。さほど大きくない人物だ。対格差で勝てると確信すると駆けだす。気づかれると思っていなかった犯人は慌てたように逃げ出す。足は遅くも早くもない。ただタッパの違いが明確に出る。あと少しで追いつく。人気の少ない廊下を走り角を曲がる。

 その先は行き止まりだ。

 捕まえた。そう確信し角を曲がる。しかしそこには期待していた人物はおろか誰の姿もなかった。

「そりゃ、そうか」

 特に落胆した様子もなく自分の落ち度だと認識しながらも静かに怒っていた。

 更衣室に戻ればそこにはしっかりと制服に着替えた高麗がいた。戻ってきた視紀の様子を見て、くすりと笑う。

「犯人は捕まえられなかったみたいですね」

 泰然とした口調で言う彼女に一瞬違和感を覚える。だがそれもすぐに納得いく。他人に見られることをよしとする人間が覗き魔を気にするか。たぶんこいつは

「とても残念です。人手が足りなかったのでしょう。今度は助っ人を呼んで確実に捕まえましょう」

 あの時と同じようなくすぐるような声音で囁いてくる。身長は届いていないが。それでも耳にこうしてはっきりと届くのは何故か。

「そう、だな──作戦をしっかり練らないと。今度はこっちから連絡を入れる」

 その言葉にうっとりと目を細め唇が弧を描く。

「楽しみに待っているわ。交久瀬視紀くん」


 作戦。はっきり言って考える気はない。だってこの事件の犯人はわかりきっている。そしてそいつと対峙するだけでこの事件は幕引きとなる。それぐらいこの依頼は取るに足らないものだ。

「その取るに足らないはあくまで君の主観によるものだ。それはわかった上で言っているというこでいいな」

 

 いつものだらしない見栄っ張りの女子高生ではない。ここにいるのはそれこそ人の上に立つというのが普通であるあいつがいた。

 視紀が用意したクッキーに一切手をつけず視紀の行おうとしていることを聞き忠告をしているのだ。相手が傷ついてもいいのかと。

「俺がいまさら他人を気にすると思ったのか」

 今日は視紀がクッキーを食べる日となる。静かに一枚一枚口へと運び咀嚼する。自分で作っておいてなんだが上手くできたと思う。それはそうか。レシピどうり作ったのだから。

「そんなのだから友達が誰一人としてできないのだ。いいか、そんなんでは自分に跳ね返ってくるぞ」

 今回は真面目だなと珍しいものを見たかのようにじっと目の前の人物を見る。その目は確かにこちらをうかがい心配しているものだった。不安になるようなことは一つもないのに。

「報いがあっても別に。それすら返してやる。それにだ──」

 これからもこんなことが続くのだろうがそのたびに同じ返答をすることになりそうなのでここで強く言っておかなければならない。そうだ、怒っている。目の前のやつにはいまさらだとしてもあの女。ああ、本当に腹が立つ。まったくとんだ茶番もあったもんじゃない。

「くだらないことに突き合わされてここに来る時間が減った。その分をたっぷり思い知らせてやる」

「──…………へ、へえ。ふ、ふーん。そうか、そうか……そっかあ!」

 力強い目と意志のこもった声を聞いて導は目線をせわしなくあちこちへとやる。果てしない動揺。ここまではっきりとした物言いをした視紀を見るのは初めてであったし何より『ここに来る時間が減った』と。どんな意図かはさっぱりだが彼は彼の意志でここで来ているのだとわかったのがあまりにも嬉しかったのだ。何度も何度も視紀に対して友達がいないと言っていたが彼女に友達呼べる人物は誰一人としていない。つまりだ、こうして話せる人物は視紀しかいないのだ。

「許可する! 存分に犯人を懲らしめてこい!」

 こうなってしまえば止める人物は誰一人いない。

「で、私の出番はあるか? ん? ちょっとぐらいなら夜の逃避行程度できる!」

「いや、いらない」

 やる気満々になっていた彼女を一刀両断する。

「お前の出る幕じゃないってことだ。こんなどうでもいい箸にもかからないようなクソみたいなもの」

「お、おう」

 あまりのけなしっぷりにたじろいでしまう。そこまで下種な犯人だったのだろうか。とそこで犯人は一体誰だったのか聞いていない。外部犯だったらさすがにわからないが内部犯の方が可能性としては十分高い。てか内部犯であってほしい。特定が容易になるし捕まえる労力が格段に減る。

「でも、犯人だけは教えなさい。一体どこの誰なの」

「はあ──馬鹿か。犯人に真っ向から会いに行く。現状それができる人物なんて限られているだろ。あ、犯人を捕まえて直談判するってわけじゃない。相手は別に逃げてないしな」

「? すまない。まったくはわからない。いいか人にばかばか言う前にまずはしっかり説明するような癖をつけるべきだ。あ、わかった! 説明できるほどの能がないてことだな!」

「ふんぞり返ってるところ悪いが、お前霊から何も聞いてないのか。手足のように使っているじゃないか」

 学校にいる一部霊と取引──というより脅して使役をしている導にとってこの学校で起きていることなんて大抵知っていることだと思うのだが。

「人のプライバシーを探ることなんてできないだろ!」

 至極まっとうな答えが返ってきて馬鹿は自分だと悟った。

「わるかった。今回は俺の説明不足だ。ただ、そうだな。見てないお前だと実感としてわかないだろうし正直今回のことは俺も初めてだ。いいか、あくまでありのままを話す。俺の目を信じてるなら疑うな。疑うなら事象そのものを穿って見ろ」

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