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一話

「最近一人で着替えているとき視線を感じるんです」

 伏し目がちでそう語り始める女子生徒。茜色が差し込む人気のない教室でこうして対面で話すことなんてまずないだろう。

 どこから切り取っても美少女であるこの人物。他人との交流が薄い視紀でも耳にしたことがある絶世の美少女。一目見ればどんな男も虜にしてしまう美貌。対面してみてもそれは確かである。テレビに出ていてもおかしくない。本当。これぐらいになって女優やモデルと比べろという話だ。誰とは言わないが。

 うんうんと考えていると伏していた目を見紀へと向けてくる。その目は黒く潤んでいた。肌は日に焼けたことがない純白さではてさてどれほどの男をいちころにしてきたのか。まあ、見ればわかるが。

「それで、その……お話の方聞いてもらえますか?」

 か細い守ってあげたくなる声。耳朶を打つ響はとても心地いい。聞くだけは聞く。目安箱を設置して投函だけの行為だけさせるなんて最低もいいところだ。

「あ、はい。どうぞ」

 真剣味が一切ない返答が鼻についたのか少し視線が鋭くなった気がした。こええ。こっちも別に真面目にやってるわけではないし。こればかりはあきらめてもらいたい。改善されない態度に女子生徒は一つ息を吐いて気を取り直したように伏し目になる。

「きっと不審者か、変態がこの学校にいるんです……!」


 私の名前は高麗(こうらい)早夜(さや)と言います。とてもきれいな名前を親からもらいました。

 視線。はい。体育の際です。友達と着替えている最中寒気を感じるのです。そして鋭い何かを。

 そちらを向いてみれば何か真っ黒な人影が動く気配を

 その時!

 これぞ美少女の宿命とかんじま──いえ、女の子を狙う不届き者がいるとはっきりとわかりました。

 とは言ったものの。か弱い女のである私ではどうすることもできませでした。

 いえ、多少はちょっぴり後は追いかけてみました。気持ち教室から出る程度。ちゃんと着替えましたよ。不埒ですね。えっちです。変態です。罵倒されて喜ぶタイプなのですね。仕方ないのでよこしまな考えをしたと判断しましたら迷いなくののしってあげます。え、そんな趣味ないと。いえ、目が物語っています。脳裏に今はっきりと私の黒くて蠱惑的な下着姿を思い浮かべましたね。Dカップです。アンダー大きいので豊満ですよ。柔らかいですよ。ああ、ほんと汚らしい目。にやけないだけすばらしいですね。もしにやける時がありましたら口を手で隠してください。そしたら存分に言葉をぶつけてあげます。──話が逸れてしまいました。

 ええ、ですので覗き魔を捕まえてほしいのです。他の生徒はいないとの一点張り。ですので頼める先がこの怪しさ満点の目安箱だったのです。

 頼りない人物が来ましたがそれでも解決できるから来たのですよね。そうでないと困ります。

 ……話を聞くだけ? それだけでも結構です。現場の方には来ていただけるのですよね。

 大丈夫です。着替えるのは私一人だけ。あなたと私二人っきりで待つのです。

 検証は済ませてあります。私一人でも視線を感じました。

 ですので楽しみにしてくださいね、変態さん。

 それでは後日連絡を差し上げます。誰も使っていない、かつ、誰もいない時にしないと。

 その方がどうしようもなくだらしないあなたにとってもうれしいでしょ?

 はい、これ連絡先。

 そんな食い入るように見て。本当に正直でいいわね。ありがたくその紙をにぎりしめて何度も番号を見て数字を押す指を震わせるといいわよ。

 それじゃ、得体のしれない目安箱の人。

 よろしくお願いするわよ。


 揺れる黒髪が教室から出るのを眺めて椅子に背を預け天井を見る。

「やっっっべえやつじゃん。一番最初の依頼があんなのとかまじで、ほんとに、どうかしてる」

 いやそれはもちろん思春期真っ盛りの男子高校生。そういうのに興味がないと言い切れないがさすがにない。よくあるやつだ。男ってのはパンチラが好きだ。だが最初から見えてるのはさして興奮しない。オープンスケベよりむっつりスケベということだ。いや、これは違うな。でも、まあきっと似たようなもの。うん違う。ようはあれだ恥じらいが大事というわけだ。少なくとも俺はそこらへん欲しい。だから綺麗でもあれはない。

「ひとまずはあいつに報告か。それにしても覗き魔。それも着替えを狙ってか」

 何を考えているのかさっぱりだがまず依頼内容は聞いた。後は調査だ。

 

 下駄箱横の教室へと戻る。戻るって家に帰ってきているみたいだ。毒されている。

「おい、投書してきた生徒に会ってきたぞ……って、帰ってたのか」

「視紀様……はい、導様はお迎えが来ましたので先に帰られました。言伝がありましたら、はい、私がお預かりいたします」

 中にいたのは着物を着た女性だ。自信なさげな顔でたたずみ視紀を見るとぺこりと頭を下げてくる。導に付き添っている女性で名前は知らない。いまさら聞けない。人でなしって思われる。てか名前を呼ばないあいつが悪い。

「依頼を受けた。連絡を交換したから向こうから呼ばれるのを待って調査する。来週詳しいことを話す」

「承りました。それと導様からも言伝を」

 そう言うとごほんと咳ばらいをするとあいつの顔真似か幾分か顔をきりりとはっきりさせる。

「『お菓子を持ってきなさい!』とのことです。では私はこれにて失礼します」

 一人教室に取り残される。まったく静かに消えてくれることだ。もっと会話を楽しもうじゃないか。と思っても誰もいない。この教室に霊はほとんどいない。だからここには一人。そもそも霊に話しかけることなんてない。用なんてないからだ。まあ、人に話しかけることなんてまずないけど、な。

 ソファに座り天井を見る。誰もいないこの教室に用はない。


 週末。喧騒たる建物の中。騒がしい騒音とポップな音楽の中。耳をふさいでも見事に貫通してくるのは友人の声だ。ただ音だけを拾っているので内容はまったくわからない。どうせ大した意味もないので適当に、ああ、うんと相槌をうっておく。これで満足するだろう。それにどうせ目の前のリズムゲームに集中してこっち見てないしな。

 昨日の夜一方的なメッセージがスマホに送られてきた。送り主は絢火だ。

『明日ゲーセン行くぞ!』

 ベッドに寝転がりながら確認してすぐにスマホを投げた。拒否権なんてものはない。いや、あるけど。あったところで同じような文章が何度も送られてくる。つまりだ。もうこれは決定事項であり無視して部屋でだらだらしていれば学校で会った時粘着質にからまれる。それを考えれば行くのが一番いい。妥協は大事だ。

 

そうして今何かのキャラクターがレーンに現れる画面を見ながら男二人、並んで椅子に座っている。もちろん好き好んで恋人よろしくぎゅうぎゅうで座っているわけではない。いやがらせだ。腕の可動範囲が狭くなってプレイに支障をきたしている。ざまあみろ。

「な、なあ……視紀ちゃん?」

「それで呼んでいいのばあちゃんだけ」

「アッ、すみません。あ、あのお、それでもしよければなんですけどちょっと後ろで見ててくれたりとかあ?」

 こちらをうかがうような珍しい態度に胸がすく。ここいらでいいだろうと飲み物買ってくると適当言ってその場を離れる。

 

適当とは言ったが事実喉は乾いている。駅前のゲーセンは複合施設の中の施設。つまり大きな建物の中の一角でそこから出れば人が行きかいちょっと歩けば飯屋だったり服屋だったりといろいろ備わっている。自販機を見つけてお茶を選ぶ。自販機によって置いてあるのが違うがこだわりはない。そうしてもう一本炭酸を買う。一瞬思いっきり振ってやろうかと考えたが万が一ゲーム機が濡れたりしたら大変だ。

 お茶の飲みながら絢火が来るのを待つ。二回ぐらいプレイすればいないことに気づいて出てくるし。それにもうかなりやっているからそろそろ100円玉がつきる。

「ん……? あれは──」

 女性と並んで歩く高麗早夜の姿がそこにはあった。親し気な様子から家族だろうか。髪がストレートだ。うん、そうだ。最近の女子高生はくるんくるんにして色素薄めてるもんだし。こんなこと言ったと知られれば全国の女子高生から刺されるかもしれないが知られることはまずない。

 談笑しながら店へと入っていく。どうやら視紀に気づいてはいないようだ。

「覗き魔とかあった割に普通にでかけるんだな」

「なんだ女子更衣室でも覗いたのか?」

「お前と一緒にするな、ほら」

 隣にやってきた絢火に炭酸飲料を渡す。軽く礼を言うとためらうことなく飲んで行く。飲みっぷりは見ていて気持ちいものだ。それに免じておごってやるか。

「ぷはぁ。言っとくけど俺も覗きとかしないからなー。ほら、こんなイケメン。向こうから覗かれに来てくれるってもん」

「はいはい」

 いつも通りのナルシストぶりは無視するに限る。ただ何が困るって顔は本当にいいところだ。まじで女に困ってなさそう。

「そうだ。なあ、お前女に詳しい?」

「え、ついに視紀も女の子に興味が……! きゃ!」

「そういうことじゃない。高麗早夜って知ってるか」

と名前を出すと絢火は雷にでも打たれたかのような顔をして固まる。しゃべれと空になったペットボトルで叩いてようやく話し始めた。

「知ってるも何も有名人。学校一の美少女。俺らが一年のころから一つ上に超美人の先輩がいるってよく話題に上がってたじゃん。あ、お前友達いなかったな」

 そこはどうでもいい。あきれ顔で続きを促すと小ばかにした顔でこちらを見てくる。思いっきり叩いた。

「いてて。男子生徒を次々虜にしてその美貌を振りまき続ける。ただ特定の相手が未だおらずで校外にいるって噂。社会人説もアリ! ってところ。あと二人姉妹らしい。すごく似た子と仲良さげに出かけるところをよく目撃されている──これぐらい学校じゃ常識だぜ?」

「……ストーカーか?」

 信じられないと顔を背ければ

「ちょ、言ったじゃん学校じゃ常識だって!」

「ま、そういうことにしとくけど。妹か姉がいるのか……」

「なになに? 興味ありな感じ?」

 顔をのぞいてこようとするので片手で押し戻す。変な声が聞こえてきたが無視する。少し考えて

「あの店。今言った高麗早夜がいた」

「まじ⁉ 俺見てくる!」

 馬鹿で助かる。しばらくして興奮した様子で戻ってくる。

「まじで本物だった! 姉妹そろって美人とか両手に花してみてー!」

 叫ぶ絢火をしり目にすたすたと歩きはじめる。それに自然と絢火並んでついてくる。文句などは飛んでこない。

 それにしても姉妹……めんどうだな。

「なあ、高麗早夜の家族構成も教えろ」

 ちらりと隣を見ればちょうど炭酸を飲み終えた男がこちらを見てにやりと笑った。

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