プロローグ
息抜きである程度の区切りまで書けましたので
そこまで連続で投稿していきます
月明かりが照らす冷たい廊下。そこで何かに追われ駆け抜ける一人の生徒がいた。バタバタとみっともなく足音を立てても諫める人物も嘲笑する友人もいない。
「くっ……そが! まじで、あいつ、あとで殴ってやる‼」
悪態つきながら余裕をかますが実際そんなものはない。なぜか校舎から出ることも叶わず上へ下へと繰り返してどこかへ行ってくれることを願うばかり。棒切れになっていく足の感覚に舌打ちをかましながら、ついに足がもつれみっともなく冷たい床に体全体から倒れてしまう。
「まじで、やばいな」
後ろを向けば自分を追っかけてきた大軍を目にする。
「最悪だ」
存在を伸ばして一気に襲い掛かってくる。もうどうにでもなれとぎゅっと目を閉じる。
だが、いつまで経っても襲われる感覚はない。妙な寒気も何一つない。
「──まったく、人の領域でおいたが過ぎるの」
女性の声が響く。少し低めの心地の良い声だ。それでいて凛として強さを感じる。
ゆっくりと目を開けてみればそこには麗しい少女が月明かりを背にして立っていた。
「それで? 感謝の言葉が聞きたいのだけれど?」
少女の黒目が弧を描き少年を見下した。
ピピピ──ピピピ──ピ、バシン!
「あー……最悪な目覚めだ」
予定よりだいぶ遅れた時刻を示す時計を見て地獄をひびかせるは交久瀬視紀。
一度布団に頭で潜り込ませ寒いとつぶやく。しばらくして別の場所から音が鳴り響く。うめきながらずるりとベットから軟体動物のように落ちると充電された時計に手を伸ばし慣れた手つきでタイマーを止める。
「…………起きるか」
毎朝のルーティーンだ。
なんとか体を動かして久しぶりの制服に袖を通す。新学期の始まりであり今日から立派な二年生と誇らしい気持ちは俺には一切ない。ただ一年過ごして勉強してゲームをして過ごしていたら夏を超え秋をちょっぴり感じて、冬の寒さに耐えてたら気づけば春だ。
鏡に映る制服姿の自分はまったくもって変わっていない。身長は少しぐらい伸びてるといいけど……180センチいってるかな。同学年の中じゃ頭一つ飛びぬけているのでここだけは誇らしく思う。
「みきちゃーん、あさごはんよー」
階下からおばあちゃんが自分を呼ぶ声がする。鞄を持って階段を下りて行けばいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「ばあちゃん、じいちゃんおはよう」
「ああ」
「おはようみきちゃん」
今年60になる祖父母だがリビングで出迎えてくれる。視紀の両親は中学の時に亡くなり現在は祖父母と三人で暮らしている。じいちゃんは新聞を読みながら軽く目をやるだけだ。かっこいいい。ばあちゃんのみきちゃん呼びは何度言っても変えてくれないのであきらめた。ちなみに抵抗したのは10分。
ばあちゃんの手料理を堪能して支度を整えて学校へ向かう。桜が咲いて若干花がむずむずする。その時の季節によるが若干の花粉症を抱えている。
「よーお! 今日もしけた顔だな!」
背中を叩かれながら朝からうるさい声がする。隣を見れば爽やかな笑顔を浮かべる美丈夫が。くそ、顔がいいな。
無駄に顔がいい男は語屋絢火。一年の時同じクラスで席順が前後でそこで仲良くなった。ちなみにこいつには一度ひどい目にあわされている。
「お前は相変わらずの顔だな」
「いつもと変わらずイケメンだろ?」
嫌味のひとつも通じない。うってもならない鐘を相手にしたところで疲れるだけだ。といってもこうしてまともに会話ができるやつはほとんどいなけど。
宙を見る。もうこの人生でなんど吐き出したかわからない疲れた息を漏らした。
全校集会を終えあとは教室で軽い説明を受けて帰りとなる。
「なあ、帰りあそんでいかね? 新しい筐体がはいったんだよー」
きょうたい?が何かわからないけどどうせ絢火が言うのはゲーセンに違いない。時々ゲームのスコア画面を見せられる。ただゲーセンに行かないからわからない。
「きょうたい? 悪いけど用事あるから」
「うーわ、すげー嫌そうな顔。やな用事ならほっぽいて俺と遊ぼうぜ。付き合いあ悪いぞー」
ぶーぶーと非難が飛ぶがあいにくと付き合いが悪いのは元々だし自分の行いを振り返って欲しい。
「去年」
「はははーなんのことか。じゃ! 早く終わったら駅前のゲーセンな!」
「あ、まて! 絢火!」
颯爽と教室から去っていく。去年のこと問い詰めてやろうとしたのに。
「はあ……それにしても今日も多いな」
無人の教室。みんなどれだけ早く帰りたいのか。
重い気持ちで目的の場所へと向ける。肩についたゴミを払って下駄箱の横にある名前のない教室の前に立つ。どうしてこんなところに用途不明の教室があるのかは不明だ。ただここに用がある。
扉に手をかけええいままよと開け放つ。
「おい、来たぞ。さっさとすませろ」
無礼上等とばかりに言い放つ。部屋の中は簡素でありながら学校の設備にしては豪華である。棚にテーブル、そしてソファだ。そして部屋の奥に堂々と座る女子生徒。肩より少し長い黒髪。前髪は片方に流し片目だけこちらをまっすぐ射抜く黒目。堂々とここが自分の椅子だといわんばかりのふんぞり返り方。
「腹出てるぞ」
そう指摘すればばっと前かがみになる。別に出ていたわけではない。他の箇所も膨らんではいないけど。
「ようやく来たな。遅すぎる。それとお菓子は持ってきたか!」
「今日半日だけだろ。デブるぞブス」
「誰がブスだ! 私は女優にも引けをとらないほどの絶世の美女だ!」
余裕の表情が一瞬で消え去り怒りを露わにする。別にブスではないがなぜかテレビの向こうにいるような人間とばかり比べる馬鹿なこいつは双菊導。一応恩人になる。一応。
「まったく敬意が足りないのだ。私はこの学校を仕切るとんでもなく強く超絶美しい存在。人間とは異なる存在。敬え!」
「はいはい。ギリギリ進級できてよかったですね天才」
「進級なんてない! ばか!」
クッションを投げられた。痛くないが気持ちが痛い。どうしてこんないい反応ばかり返してくるのか。
「はいはい。それで用件は?」
クッションを膝に置きソファに腰掛ける。ご丁寧に紅茶が用意してあるので口をつける。程よい温度なので教室の見張りを誰かに頼んでいたのだろう。うん、うまい。
まってましたとにやりと導が口を弧の形にする。いつか見たへなちょこな顔とは大違いだ。
ぱんぱんと手を鳴らすとどこからともなく投票箱が現れてくる。運んできたのはよくパシリにされている二人だった。目が合うとぺこりと頭を下げて壁の中へと消えて行く。
「目安箱よ!」
腰に手を当て胸を逸らし意気揚々と宣言するのは構わないが
「主張ゼロ」
「ちょっとどこ見てゼロって言った」
別にどこというわけではない。顔より少し下の場所だ。生憎思春期なので。ないわけではない。ふくらみはしっかりわかる。ただでかくはない。それだけだ。
「なんか釈然としない反応ね。ほ、ら! 目安箱! ここに相談を入れてもらう! どう?」
挑発的な目で言われても。全く何がどうして目安箱かわからない。ここ実は生徒会室だったりしますか。胡乱な目を返せばやっと自分の言葉が足りないのか肩を縮こませ小さい声で話し始める。
「え、えっと。これを設置して……その悩みを解決というか……霊的現象をスパッと解決って感じで」
「ふーん。いいんじゃね。がんばれ」
よし、帰ろう。絶対面倒なことだ。霊的現象を解決? こいつならできる間違いなく。だが、だが。それまでの調査とかそいうのがきっと、いや絶対俺に回ってくる。
「ま、まて! 君にもやってもらう! 恩人の頼み……断るなよ?」
ほらこうなった。仕方ないからちょっとだけ付き合う。だって関わるって決めたのは俺だからな。
交久瀬視紀は物心ついたころから霊が見えていた。会話はもちろん触れることもできる。触れるにはどちらかの意志が必要になる。両者が触れようとおもってなければすり抜けてしまう。
視紀にとって霊というのは当然のものであり、生きている人間と大差ないものだった。死んだ両親も霊となって彼のそばにいたぐらいだがよく喧嘩をしたり他の霊に浮気をしたりで彼らの態度は彼の人間への信用を失わせるには十分なものだった。
人間と霊で対応を間違えれば変な子と扱われることもあり人との関りがそこまで得意ではない。そうは言っても鬱々としているわけではなくいたって普通の人間に変わりはない。ただ深くまで踏み込むことができない。明日死んでしまう霊となってその本音を聞きたくないからだ。けれど一人ボッチもいやである。その点では絢火の存在はかなりありがたいのである。迷惑を被ったこともあるが。
霊が見えると言っても除霊ができたりまして超能力みたいなのが使えるといったは一切ない。小さい頃はもしかしてと思ったがそんなことはなかった。
両親の霊がついているといったが高校に入っるといつの間にか消えていた。大きくなって心配がなくなり成仏したのだ。本人としてはうるさいのが消えてせいせいしているつもりだが寂しさもあった。
さてここまで語れば双菊導。彼女ももちろん霊が見える。
視紀と違い霊を従え除霊することもできる。除霊方法は従えている霊をぶつけているだけだが。下駄箱の横の教室に住みている。授業には出ていないのか馬鹿である。とある件で視紀を助けその恩でと彼をいいように使っている。
どうして教室で授業を受けてないのか。彼女の言う通り人間とは異なる存在だろうか。それについて視紀は知らないし適当な見栄を張っているだけと判断している。彼から見ても彼女をまごうことなき人間であるからだ。これは感覚の問題だ。幽霊と言っても定番の膝から下がないやつから人間とまったく変わらないやつもいる。だいたいは浮いてるから見分けがつくが。ただそれよりも先にこいつは霊、人間とわかる。
自分のことを振り返ってみて奇妙な体質だなと痛感する。と言っても霊に害されたことはこれまで一切ない。ただ小さい頃よりよく霊が見えるようになっている。気のせいだと思いたいが──
「──はあ……はあ! 死んでも彼が見れるなんて!」「ふふふふふふふふふふ! 私は自由! 謳歌!」「どうしてまたスーツ姿……もう会社に行きたくない、行きたくな──」「霊なのになにもできねえ!」
「はあ……霊だろうが人間だろうが大差なさすぎだろ」
なにも春の陽気に当てられるのは人間だけというわけではない。