第75話 迷宮剣豪
「拙者を知っているのか……。あちらのほうと死合ったのか?」
あちらのほう、とは『強化個体』ではない無印ブレードのことか。
「ああ……」
人間がこの迷宮に入れば、ヒュドラ生物と殺し合うのは自然の流れだ。
ウソをついても仕方がない。
さて、どう出る?
ゲームの通りであれば、こいつには恐らく魔法が通じない。
下手をすると魔力剣も通じないかもしれない。
白兵戦最強とすら言われるこの隠しボスと手斧だけで戦う?
……逃げの一手だな。
こんな行き止まりに居る敵を倒しても意味はないし、戦闘になったら通路を水で埋めて逃げるか。
ああでもこいつ、その水魔法が通じない可能性が高いのかー。
「ではどうする? 拙者も殺すか?」
「お前が俺を殺そうとするならそうなる。あるいは俺が逃げる。違うのなら何もしない。黙って立ち去る」
「ふうむ……」
なんか予想よりやる気の無さそうな奴だな?
全く油断は出来ないが。
「おぬしの目的はなんだ? この迷宮のより深きに潜り敵対者を屠り、人類に勝利を齎すことか?」
「……人類の勝利とかは知らん。だが俺が人間である以上、足の下にヒュドラみたいなやべー奴が居たらおちおち眠れんだろうが」
「道理だな」
…………。
なんだこれ。
このやり取り、なんか意味あるんだろうか。
「おぬし、何か食うものを持っておらぬか」
「は???」
お前は何を言っているんだ???
「いやあるけどさ、お前らってメシは必要ないんじゃなかったか?」
「本来であればな。だが拙者の肉体は最近になって、大気に満ちるヒュドラの毒とは縁が切れた。命を繋ぐには何かを食わねばならないだろう。そろそろ迷宮を彷徨う同胞たちでも喰らうしかないかと思っていたところだ」
えっ? ヒュドラ毒がなんだと……いやその前に!
待て待て。それはひょっとして俺がエサになる伏線じゃないだろうな?
いや落ち着け俺。先方はわざわざ食いもん持ってないか聞いてきたじゃん?
なんか出せば戦闘回避……いやこいつ何食うんだ?
サムライだろ? コンビニのパンとか出したら斬られるかも分からん。
「分かっ……ちょ、ちょっと待て、な? えーと、お前……なんなら食えんの?」
「カップ酒はあるか?」
「自分の世界観を考えろ!」
しまった。反射的にツッコんでしまった。
ブレードは俺の発言の意味が分からなかったのか怪訝な顔をしている。
カップ酒てお前……。
いやあるんだけどさあ。
俺は飲まないんだが剣の街で食料一斉回収したときに混ざってた。
情報収納から取り出してブレードに放る。
「うむ。かたじけない」
開け方分かんの?と思ったが普通に開封して飲みだした。
こいつもセルベール同様、人間の記憶を知識として持ってるんだなあ……。
カップ酒をあおる迷宮剣豪。
ブレードのファンには見せられない姿だ。
ちなみに無印のブレードはなかなかプレイヤー人気が高いが、強化個体のほうは……とある理由から賛否が分かれている。
「お前って……人間の記憶があるの?」
「知識としてはある。だが拙者はブレードだ。それ以上でも、以下でもない」
セルベールと似たような答だ。
前世から人格を引き継いだのではなく、当代限りのいち個体というわけか。
それがなんでそんな喋り方と性格になるのかは謎だが。
「お前は産まれてから二ヶ月程度しか経っていない、で合ってんのかな?」
「左様。人間、ヒュドラ生物を問わず、先人たちの記憶が今の拙者を形成していることは否定せぬ」
カラになったカップを置いてブレードは言った。
街の人間たちだけではなく、歴代のヒュドラ生物たちの知識も受け継いでいるということか?
それならこいつやセルベールのような奴らが居るのも頷ける。
現代人の記憶と知識をミックスしても、なんかこう……こんな感じにはならないと思いたい。
「まだ飲むか?」
「貰おうか」
カップ酒のおかわりを何本か出す。
こいつが空腹のままだと俺がおつまみになりかねない。
ジャンクフード召喚で、コンビニで売ってた商品を色々出した。
「飲んでばっかりじゃなくて食い物も食っとけ」
そして俺を食うのはあきらめろ。
「うむ。空きっ腹に酒は効くな」
こいつにも酒が効くという概念があったのか。
魚のすり身でチーズを挟んだ定番のおつまみ。
その袋を、普通に開けて食べ始める。
もう突っ込まないからな。
酔い潰せばワンチャンこいつを倒せるのでは?
でも酒で酔い潰れて倒されるのはヤマタノオロチのほうなんだよな……。
コンビニのおにぎりを器用に開封する。
それ普通の現代人でも開けるの苦手な人とか居るんだけど?
「ほう、現代の握り飯は美味いのだな。拙者の時代とは違う」
生後二ヶ月がなに抜かしてんだ。
どういう設定で生まれてきたんだお前は。
パンも普通に開けて食べ始めた。
いやそれも食うんか。
カレーパンを食う迷宮剣豪……。
「うむ。これも中の具の複雑な味わいが美味い。が、このパンというやつは酒にはあまり合わぬか?」
「ああ、それならこっちのほうがお勧めだぞ」
銀色に輝く缶を出してブレードの前に置く。
キンキンに冷えたヤツだ。
放り投げると泡が噴き出すかもしれないからな……。
ブレードは缶ビールのフタを一切迷うことなくカシュッ開けると、ゴクゴクと飲み出した。
なに時代の人間だよ! コイツの創造主の顔が見てえ!
カレーパンに缶ビールというのも少しアレだが、カップ酒よりは合うだろう。
俺は普通にその組み合わせで飲むし。
「ほう。酒精は少し物足りぬが、ここにある食い物には合うな。悪くない」
他のパンも開けると、味を見てはビールで追う。
弁当に手を出すと、特に説明もしていないのに割り箸を袋から出して割った。
もう突っ込まねーからな……。
缶ビールもそっと追加で置いておく。
っていうか美味そうだな!
なんでこいつこんな迷宮の中で酒盛りとか始めてんの???
そりゃ酒とつまみ出したのは俺なんだけどさあ!
「おぬしは飲らんのか?」
「こんなところで飲んだら生きて帰れんわ!!」
くっ……あまりな質問に思わず突っ込んでしまった……。
適当に酒と食い物を追加して、俺も食事休憩することにした。
いや俺は飲まないけどな!?
スポドリがいつもより味気なく感じる……。
「酒が入った程度で戦えなくなるとは難儀だな」
「お前は大丈夫なのかよ?」
「問題ない」
酔い潰れたりはしないってか。
酔ったら死ぬのはやっぱりオロチだけらしい。
まあ俺と違って、お前はこの迷宮に敵が居るわけじゃないからな……。
敢えて言うなら、俺がお前の敵なんだけどな……。
「ふむ、地上に帰らなければ飲めないというなら、拙者も地上に向かうか」
「あ?」
今なんつった?
「その前に地下に用事があるのだったな。今のおぬしがヒュドラに会うのはいかにも時期尚早。なれば今回は何処を目指す?」
「ん? うーん……。ケクロプスの騎士とやらが気になることを言ってたな。ドゥームダンジョンの底に来いとか」
「そこから先はあやつらの領域だな。言っておくが、ケクロプスの眷属がおぬしと組むなど万にひとつもあり得んぞ」
「分かってるよんなこた。あいつらは俺を利用して、ドゥームフィーンドの数を減らしたいんだとよ」
「おぬしがこの先に進めば自我の無いドゥームフィーンドたちは必ず立ち塞がる。あやつらの思惑通りになることは避けられぬな」
だからって進まないという選択は無い。
このブレードもドゥームフィーンドだ。
俺が同胞を手に掛けるなら、ここで止めるとでも言うつもりか?
でもこいつ、さっきまで同胞を喰うとか言ってたような?
――どう、答えるか。
ブレードはゆらりと立ち上がる。
自然な動きに反応が一瞬遅れた。
俺も続けて腰を浮かせて。
いつでも跳び退けるよう、脚に力を込めブレードを見上げる。
「では、ゆくか」
「は? ……何処に?」
ニヤリと口元を歪めてブレードは言う。
「人もヒュドラも超越者も、全てを巻き込む戦いを始めるのだろう? オロチよ」
 




