第55話 人類の守護者
スロープを引き返して再びダンジョンの外へ。
巨大ヤマアラシの姿はないが、ヤツの居た方角から微かに移動音が聞こえる。足音とか、身体を建物に引っ掛けて壊す音とかだな。
今にして思うと、巨大化生物ってダンジョン内じゃ扱いづらいよな。
地上でこそ輝くユニットだ。
ヒュドラたちも苦労してんだな。知らん。滅べ。
「しっかしあのデカさだと、外の人間に見つかるのも時間の問題だなあ」
「あー、ただでさえ私のせいで野次馬多いしねこの街」
封鎖地域ウォッチャーか。あれ結構危険な趣味だよな。
彼らのおかげで新発見があったりもするので、自治体もあんまり本気で止めてないフシがある。境界線を乗り越えようとする人とかは流石に止められてるようだが。
「あいつ、外に出れたりはしないよな?」
「ある程度の水や風を消せるといっても、ヒュドラ毒の無いところで生きられるかどうかはまた別だと思う。それを言うなら、地上に出てくるダンマス級が居る地域の方が心配かも」
そんなダンマスがいるのかよ。はた迷惑な。
さておき各地の最初の侵略者であるダンマス級は、ヒュドラ毒無しでも活動できるとアマテラスは考えているのか。
モニクもそうだと言ってたしな。
ただ、ダンマスが外に行く理由はあるだろうか。
封鎖地域を無尽蔵に広げられるならとっくにそうしているはずだ。
封鎖地域を造るだけでなく、維持するのにもダンマスの力が必要なんじゃないだろうか。だったらその土地からは動けないことになる。
巨大ヤマアラシの気配は、徐々に近付いてきた。
「うげ……」
ヤマアラシを高所から遠目に偵察してきたエーコはそんな感想を漏らす。
なんでも、巨大ヤマアラシは小型の同種を食っていたらしい。
すぐに消失するから周囲はそこまで汚れていないが、咀嚼した瞬間の絵面はなかなかに強烈なのだとか。
共喰い?
初めて明らかになるヒュドラ生物の食生活……ではないな多分。
だいたいヤマアラシオリジンは草食だ。あいつはヤマアラシイマジンだから肉食うのかもしれんが。
「食われて消失したヤマアラシは、その後どうなった?」
「大型に吸い込まれたように見えた。あれはまるで――」
俺の《継承》と同じ、か。
というよりあいつらの場合は《捕食》だよな。
どうやってあのデカブツがダンジョンから出てきたかの謎が解けた。
ヤツは地上に出てきてからデカくなったんだ。
捕食の力を与えられた個体とかいるんだな。他のヒュドラ生物を材料にして、自分の身体に付け足していったわけか。
「かなりヒュドラっぽいことが出来る個体みたいだけど、攻略にはやっぱあんまり関係なかったか」
「そうだね。私たちがすることは同じ」
そう言ってエーコは何かを手に出現させた。
収納から出したのか?
それは――
それは杖だった。
魔女、あるいは魔法使いが持つようなテンプレ的な木の杖だ。
杖を持ってると魔力が強化されるというのがセオリーだろうか?
「その杖……」
「魔術士の杖だよ。精神集中の補助に使うの。ホントはなんの効果もないから、初心者がおまじないに使う程度なんだけどね」
魔術士シリーズだった。そのシリーズそんなんばっかだな。
その杖でぶん殴るんだろうか? ま、お手並み拝見といこう。
「ダメそうだったらすぐ逃げてな。俺がしばらく引き付けとくから」
「大丈夫! ふたりなら負けない」
自信に満ちた顔で、エーコはビルの上へと消えて行った。
結果として元気を出してくれたのはいいが、その過程がよく分からん。
俺がワーウルフを倒せたのは運に依るところが大きいから、あまり過剰に期待されてもな。
まいっか。
事前に打ち合わせた作戦通り、俺は正面からゆっくり近付く。エーコは死角から迂回する。
勝負はヤマアラシが反転して攻撃を開始してからだ。
場所はそれなりに太い主要道路。
距離五十メートルの位置で、ようやく標的は俺を察知した。
お前……この距離まで敵に気付かないとか性能尖りすぎなのでは。尖らせるのはトゲだけにしておけよ。
俺を攻撃すべく、ヤマアラシは反転を開始する。
そんなに素早い動きではないが、旋回中の頭部を狙って攻撃するのはかなり難しいだろう。
なるべく固定するように誘導するのが俺の仕事だ。
何本かのトゲが射出準備を始める。最初から来ると分かっていれば、予備動作でバレバレだ。
それに巨大化したからといって、必ずしも良いことばかりではない。
本来ヤマアラシのトゲは、接近戦で躱せるようなものではないのだ。密集して生えてるからな。
しかしここまでデカくなると、一本一本の隙間が大きい。一度に飛ばせる数には限りがあるようだから尚更だ。
五本のトゲが飛来する。
敵も少し成長したのか、狙いはまずまずだ。
俺は一歩だけ移動して、トゲとトゲの軌道の間に立つ。
両側をすり抜けたトゲは、背後のアスファルトを削りながらすっ飛んでいった。
更にヤマアラシの巨体が迫る。後ろ向きの突進だ。
あの量のトゲを躱すのは流石に厳しい。
近くにある横道に向けて走る。鑑定の精度を上げて、背後から追ってくる敵の位置と動きを観察した。
一定以内の距離であれば、飛び道具よりも無数のトゲで圧殺する動きを選ぶようだ。
あまり離れすぎないよう、少し加減して逃げる。そして横道へと飛び込んだ。
その横道は大通りに比べてやや狭いが、ヤマアラシがなんとか入れる幅だった。
横方向に広げられたトゲはアスファルトのビルに深く食い込みながらも、それを破壊しながら迫る。
ちょうど胴体の後ろ半分以上が突っ込んできた辺りで、背中のトゲがうごめいた。
狭い通路に逃げ込んだ俺を追い詰めようと射出準備を始めたのだ。
――絶好の位置まで誘い込めた。
大通りに露出したヤマアラシの頭は、下半身がほぼ固定されたまま無防備な首を晒している。
俺の索敵範囲の外側から、エーコは一瞬で現れた。
視界には直接映らないものの、その動きと姿勢にはなんの迷いも見られない。
側面から真っ直ぐにヤマアラシの顎の下に潜り込んでいる。
杖を、恐らくは両手で担ぐように肩の上に振りかぶっている。
先端を前方へ叩き付けるかのような構えだ。
だが、そのまま振っても杖の先端はヤマアラシの喉には届かないだろう。
すぐ下を素通りするだけだ。
そのとき鑑定が高濃度の魔力を察知した。エーコの杖からだ。
この瞬間、ヤマアラシも己が攻撃されていることに気付き、消失魔法の展開を開始する。
だが、消失魔法は瞬時に効力を発揮するわけではない。
水魔法も風魔法も、ヒュドラ生物を即死させるには至らない。
それ故に、消失速度はそこまで高速である必要はなかったのだ。
だから、その魔法を止めることは出来なかった。
恐らく誰にも止められまい。
この魔法から逃れるには、その攻撃速度を上回る回避をおこなうしかないのだ。
そう、あのワーウルフのように――
杖の先端から三メートルほどの、不可視の魔力の線が伸びる。
恐ろしいほどまでに高濃度に圧縮された極細の線だ。
まるで杖を柄に、魔力を刀身に見立てたかのようなその『武器』は、エーコにより真っ直ぐに撃ち込まれる。空中で弧を描いた刀身は頭頂部の硬質なトゲもろとも、ヤマアラシの首を瞬時に切断し絶命させた。
刀身は更にその勢いのまま地面へと振り降ろされ、アスファルトの地面を豆腐のように斬り裂いて地上に戻る。
そして魔力が霧散した後。ヤマアラシの首は思い出したかのように、ゆっくりと地面へ落ちていった。
落ちてくる首はエーコを下敷きにする前に消失するだろうとは思ったが、一応バックステップで躱したようである。
まだ光の粒子が滞留する路地から、俺は歩いて大通りに戻った。
エーコは満面の笑みでVサインをしている。
俺も苦笑しつつVサインを返した。
つーかなんだそりゃ。
エーコより素早く動けるワーウルフ、トゲのリーチが魔力の刃よりも長いヤマアラシだから苦戦したってだけだ。
普通こんな魔法、防ぎようがないわ。
魔法剣……いや、魔力剣とでもいったほうがしっくりくるか。
風魔法なんて比較にもならない威力である。
ダンジョン入り口の建物を斬り刻んだのも今の魔力剣だろう。
この街の中でヒュドラたちの妨害をしているのなんて、最初からひとりしか居ない。答は出ていたのだ。
俺はアマテラスの連中の気持ちが、少し理解できてしまった。
今までネーミングセンスが微妙な集団とか思っててすまんな。
ここは確かに剣の街だわ。
もともとの地名由来でもない。ダンジョンやヒュドラ生物由来でもない。
人類の守護者にして異能者――《剣の魔女》天英子。
彼女こそが、この街の名前の由来だったのだ。
 




