第38話 ゾンビ
心の中で正座しつつ、ビールのおかわりをしながら返事を待った。
二皿目はレバー。これは焼き立てじゃないとな。焼きすぎず、熱いうちだと柔らかくてクセも少ない。あとなんか凄く身体に良さそう。
ジャンク好きの俺が健康の心配をするのもお笑い草だが、健康じゃないとメシも美味くないからな。健康だいじ。
とかやってたらDMの返事がきた。
『よかった。心配したッスよ。ダンジョンどんな感じでした?』
怒られなくてホッとしたというか、全く俺を責めようとしないエーコに申し訳なく思ったりとか、複雑な気分だ。
エーコの質問内容はこちらのダンジョンの情報が知りたい感じなんだろうか?
そういえば俺も他のダンジョンのことは全然知らないな。俺も聞いてみるか?
でも、他の封鎖地域の情報なんて俺の役に立つだろうか。なんかの参考にはなるかもしれないが。
『地上では実在した生物しか見てなかったんですが。ああ、巨大化したのとかはいましたけど。地下だと実在しない?生物が出るみたいです。ゾンビっぽいのとかいました』
『えっ?』
ん?
この反応……他の封鎖地域ではそんなものは出ないってことか?
ドゥームダンジョンの敵が出現するのは、この封鎖地域だけの特徴なんだろうか。
『ゾンビッスか…確かにキメラのような実在しない生物はこっちでも出るッス。あ、キメラってのは合成生物のことッスね』
『なんとなく分かります。頭が豚で身体が人間とかも合成生物のうちに入りますかね?』
『それ、オークのことッスか? そっちはそんなのが出るんスか…』
なんかちょっと違ったらしい。
んー。ヒュドラ生物ってヒュドラ本体だけじゃなくて、各地の中ボスでも召喚できるんだろうか?
俺の感覚だと、そうじゃないとおかしい。
遠隔地の封鎖地域にもヒュドラ生物を召喚できるなら、川を渡れなくたって川向こうの地上に召喚してしまえばいいのだ。
まあ、連中には地上制圧なんて意味ないから、わざわざそんなことをしなかったという可能性もあるが。
ヒュドラ毒をバラ撒いた時点で制圧したも同然だからな。
ちょっとエーコに推測を述べてみよう。
『ヒュドラの巣の主によって、召喚されるヒュドラ生物が異なる。ってことはないですかね?』
『あーなるほど。ダンマスによって個性があるってことッスね。あまりそういった報告は見てないッスけど、スネークさんのとこはラスダン候補ッスからねえ。個性パないッス』
ダンマス? ああ、ダンジョンマスターの略か。
エーコの認識でも、中ボス級の巣の主がその地域のヒュドラ生物を召喚してるってことだな。
『あと、こっちには会話可能な人型のヒュドラ生物も出ます』
『マジッスか!?』
モニクのことは内緒だが、ハイドラのことは喋っても構わんだろう。一応立場上は敵だし。
だけどなんか妙に驚かれてしまったな?
『会話可能な人型なんて聞いたこともないッスよ!? いや、ちょっと待ってくださいッス』
そうなのか……あいつレアキャラだったんだな。
俺は接敵ガチャでSSRを引いていたらしい。
『厳密には、知能の高いヒュドラ生物の報告は挙がってるッス。恐らくは人語を解しているとも。ダンマス級なんかはそうじゃないかって言われてるッス』
ふむふむ。確かにアホなヒュドラ生物だと眷属召喚なんて高度な魔法は使えないよな。
『でも、奴らは人類と交渉なんかしないんスよ。だから話しかけてこない。人型以外だと喋れるのかどうかも怪しいッスけど。スネークさんはなんて言われたんスか?』
『本人によると、封鎖地域で死んだ人の記憶を引き継いでいるそうです。だからヒュドラのことを嫌ってるし、俺に襲いかかってくることもないんです。まだ二回しか会ってないし、少ししか喋ってませんけど』
エーコの返信が止まる。考え中なんだろう。
俺はハイボールを召喚すると、少し口を付けて返答を待った。
他にもなんか出すかな。なんにしよ……。
とか考えていたら返信がきた。
『生前の記憶ッスか…。じゃあ封鎖地域の外に出ようとして死んでしまった人型ももしかしたら』
そういえばそんな事件もあったな。
エーコからすれば、なぜヒュドラ生物が自殺のようなことをするのかという疑問があったのかもしれない。
生前の記憶があるヒュドラ生物の存在を知っていた俺にとっては、それほど理由は難しくない。
考えてみれば気の毒な話だ。
『確かにそのような個体が他にもいれば会話可能かもしれません。でも俺が会った他の人型は、やっぱり意思疎通不能でした』
『分かりましたッス。貴重な情報をありがとうございます。良かったらまた連絡ください』
『分かりました。お休みなさい』
『お休みッス』
と、会話を終えたところで気付いたがまだ夕方だった。
お休みはねーわ。
明るいうちから飲んでたのでうっかりしてた。
うむ、なんか落ち着く会話だったな。
普通の人間と会話することがほぼなくなっているせいか。あるいはエーコの人柄のせいか。
それとも同じ志を持つ仲間だからか。だが実際のところエーコの正体とか目的とかは知らない。多分人間だから人類の味方なんだろうという安心感があるだけだ。
素性とかについて詳しく聞く気はない。直接会うことなんてまず無いからな。
そういやドゥームダンジョンのことを話してなかった。でも説明がややこしい。
この封鎖地域のヒュドラ生物がゲーム由来だろうがなんだろうが、そこはあんま重要じゃない気もするし……。
壁に貼られたお品書きを眺める。
ぼんじりを召喚した。
とても好物なのだが脂っこいのであまり量は食えない。
すっきりとしたハイボールと、この味の濃い串焼きの相性は抜群だ。もちろんビールにも合うが。
続いてつくね。
これは店の個性が出るメニューだな。つくねが看板メニューだという焼き鳥屋もある。
この店のつくねも非常に美味しい。噛むとホロホロと崩れ、タレの味にも負けない濃い旨みが口の中を満たしてくれる。
おかわりしたハイボールもぐいぐいと減っていく。
あ、砂肝とかも食べたかったな。でも濃い味のものばかり食べたあとに、塩でさっぱりした串ものを食べるのもどうだろうか。またの機会にしておこう。
だいぶ胃が落ち着いたところで収納からゲーム機を取り出した。
我ながら仕事?熱心なことだが、ドゥームダンジョンの内容も確認しておきたい。
地下一階はあらかた探索しつくした。例のシーフも簡単に倒せるほど、ローグは強化されている。
毒投げナイフという特技を習得し、中距離の敵にも攻撃が可能になった。
最初のダメージは低いが、時間と共にスリップダメージを与えていく攻撃だ。
投げるナイフの本数に制限はあるが、周囲の敵を倒して戦闘終了すると自動回収して元に戻る。
この攻撃は俺の《水魔法》に相当するな。ヒュドラ生物からすれば水は毒みたいなものだし、他の特徴も似ている。でも、この辺の一致は単なる偶然だと思う。
このゲームには他にも解錠や罠外しといった要素があり、ローグはそれらに長けたキャラなのだ。しかし現実の地下迷宮にそんな要素はないし、俺にもそんな特技はない。
迷宮はヒュドラが造ったものなので、もしかしたらこれらの要素も模倣される可能性があるが、俺自身の能力にはドゥームダンジョンに影響される理由がないからな。
あまりゲームの内容に思考を引っ張られ過ぎるのも禁物といえるだろう。
地下二階に進んだら、早速ゾンビが登場した。
ショートソードで普通にダメージを与えられるらしい。
倒してから図鑑を確認すると、名前はずばり『ゾンビ』だった。
 




