第26話 魔力化
モニクとの長い対話を終えて、ショッピングモールの館内を歩く。
聞きたいことはだいたい聞けた。あとは自分次第だ。
アオダイショウを自力で倒したいとかは自己満足でしかないのかもしれない。
ヒュドラをどうにかするのはモニクで、俺の出る幕などないのかもしれない。
しかし世界がどうあれ、俺がこの終末の街で生きていかねばならないことに変わりはない。
そのために出来ることをする。
で、具体的にどうすっかだよなー。
俺の魔法……《継承》か。
ヒュドラ生物の命を奪い、自分の力に変換する能力。こいつの伸びしろはまだまだありそうだ。
でも今のペースで小動物を狩っていても、蛇に勝てるようになるのはいつになるのか分かったもんじゃない。
俺はモニクを疑ったことの償いをしたい。そしていずれ訪れるであろう、蛇以上の脅威にも備えたい。ぐずぐずしていたら、どちらの機会も失われてしまうかもしれない。
だから、魔法の力そのものを磨くというのが俺の考えた手段だ。
ヒントは、俺の魔法はヒュドラの魔法を参考にして発動したものだということ。
実際に目の当たりにしているからこそ、疑わずに模倣できたって話だな。
ヒュドラの《捕食》と《眷属召喚》。あとヒュドラ毒なんかも含まれるのか?
地下迷宮は見ていない。地震も直接見たものとは言い難いのでちょっと分からない。
これ以外の魔法を俺は知らない。
……いや待てよ? モニクが姿を消したり食料を出したりしてたの、あれも魔法だよな?
あとなんか、アパートの記憶を読んだとか言ってたな。ヒュドラも記憶をもとに魔法を使えるんだったか。
一応覚えておこう。
ただ、自分が強く望んだものしか使えないというなら、なんでも参考になるわけではない。
特に《眷属召喚》。自分が殺した生物をもう一回作って呼び出したいとか全く思わない。
どうしてもヒュドラが人間を再生産した事実を思い出す。
自分もその対象だと一時は思っていたのだ。トラウマでしかない。
これは無理そうだな……。
だけど《捕食》ですら、自分では想像もしなかった《継承》という形に変化して習得している以上、意外と使い道はあるのかもしれない。
発想の転換が必要なんだろうか。
…………。
ふとアイデアが浮かんだので、一階に向かうことにした。
食品売り場に着く。
腐敗臭が酷い。停電からだいぶ経ったしな。
発想の転換。《眷属召喚》が無理なら《継承》を伸ばすのはどうか。
モニクは俺がヒュドラ生物以外に《継承》を使うのは無理だと言った。
俺もそう思う。
それは俺が、食うことや駆除以外で生物を殺すのが嫌だからである。人間は論外。
それから《捕食》だ。今となってはヒュドラが文字通り『食って』いるのかはだいぶ怪しくなってきたが、それでも一度こびりついた印象はぬぐい難い。
俺の中では《捕食》は食事と強く結び付いているイメージだ。
俺は自分が食えるものが対象であれば、ヒュドラの《捕食》を模倣できるのではないかと考えている。
それがなんの役に立つのかと問われれば。
なんの役にも立たないよなやっぱ。ヒュドラが普通の食料を《捕食》しないのは意味がないからだと思うし。
これは単なる魔法の練習だ。
どれで試したものか……。
スナックコーナーに来てみた。
ポテトチップスの袋をひとつ取ると、中身を消失させるイメージを浮かべる。
俺は死体消失を使うことが出来ない。というよりしたことがない。封鎖地域内では死者は勝手に粒子化する。俺はそのヒュドラの《捕食》に乗っかった形でしか、《継承》を発動させたことがないのだ。
…………。
クシャリという音がして袋が縮んだ。なんかしらの動きはあったか?
袋を開けてみると、中身は空になっていた。
もうひと袋を手に取ると、今度は最初から開けてみる。中を見ながら同じように念じる。ポテチが光の粒子となって消えていった。
死体消失――ならぬポテチ消失。
そうか、これがヒュドラの《捕食》か。
消えたのは何処に行ったんだ? 分からん。
いや、もっと真面目に考えろ。ヒュドラは《捕食》の対象を《眷属召喚》の材料に出来る。
だからエネルギー、この場合は魔力とでもいおうか。それが何処かにあるはずだ。
既に《継承》を使える以上、消失も使えるんじゃないかと思っていた。
食ってるわけではないし、《継承》のように自身の直接強化をしたわけでもない。
この物体を消失させる魔法は、俺の感覚だと《魔力化》といったところだろうか。
しかし、体内にそんなものがあるようには感じられない。
ヒュドラはあれだけの命を奪って、自分の体内にそれを仕舞ったりするだろうか。
モニクは食べ物を体内に保管しているわけではあるまい。
それに思い当たったとき、自分のすぐ近く、しかしここではない何処かに『それ』を感じ取ることが出来た。『魔力』とでも呼ぶべきもの。
体力同様それには限りがあり、また自然回復もするのであろうことが把握できる。
更に、消失したポテトチップスが情報に変換されてそこに加えられていた。
俺が知識としてポテチの構造とかを言語化できるわけではないが、自分は確かにこの情報を把握しているのだという実感がある。
ポテチ二袋も食べれば普通は腹が満ちるだろうがそんな感覚はない。やはり食料を消失させても食べたことにはならないようだ。しかし魔力の回復にはなる。
この《魔力化》という行為にはロスがある。魔力を補充するといっても、食料を魔力化するのが既に魔法だからな。その時点でちょっと魔力を消費する。
でも補充される魔力の方が多いから、ある意味無制限に使える魔法だ。
そうと分かれば。
俺は食品売り場のレイアウトをイメージすると、自分を中心に《魔力化》の範囲を広げていった。目の前のスナックコーナーの菓子袋が次々に音を立てる。中身を抜かれてひしゃげる音だ。似たような音が店中に広がっていく。
やがて、売り場からは全ての食料が『消失』した。
少し理解が深まった。自然界の生物は、捕食するときに食事で得られる栄養以上の体力コストを支払ってしまう危険がある。だから狩る相手は選ぶ。
ヒュドラにとって加工食品だのその辺に生えてる草だのは、魔力に出来たとしても支払う魔力コストの方が多くなってしまうのかもしれない。それじゃ食う意味はないな。
何故分かったかというと、俺は今腐った食品もまとめて消していったのだが、それらを消すときだけ魔力消費のほうがでかかったからだ。
俺は《捕食》のイメージから魔法を習得したので、食料だと認識しづらいものを消すのはしんどいみたいだな。
ただ、消失させるときには腐った食品の情報でも読み取れた。やっぱり理解とか言語化はできない。モニクが言っていた『記憶を読む』というのがこれなんじゃないだろうか。
腹が、減った。
魔力はなんかもうエラい増えた実感があるが、体力をごっそり持っていかれた気がする。なんか食わないとダメだ。
そして俺は、全ての食料を消してしまったことに気が付いた。
……もしかして俺は、アホなんだろうか?
なにが「ある意味無制限に使える魔法」だよ。数分前の自分を引っぱたきたい。そんな都合のいいものは存在しなかった。
ポテチの袋をまだ持ってた。中を見る。空だ。
落ち着いて考えろ。
そうそうヒュドラ。あいつメシどうしてんの?
あいつとか言って、会ったことはないが。
人間じゃないからひょっとしたら魔力補充だけで生きてけんのかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。
生きている動物がエサなら、それを食うんだろうけど封鎖地域内にそんなものは……いやいるな? ヒュドラ生物が。
ヒュドラは《捕食》した生物を材料に新たな生物を創造する。全く同じものというわけではないが、ほぼ同じものを模倣して造ることができる。
あるいは魔力に情報を記憶させたものなら、別の生物も生み出せるらしい。
ということはだ。
情報を読み取った食料は再生産できるのではないか? ヒュドラでいうところの《眷属召喚》だな。
俺は袋の中を見ながらそれを『創造』する。中のポテチは元に戻っていた。
まじかすげえ。《ポテチ召喚》だ。でもこれ魔力の無駄だな?
ポテチ袋を持って中身をもしゃもしゃ食いながら食料品売り場を出る。
先程は魔力の無駄とか思ったが。
一度消した食料を召喚すれば、魔力を対価として食料保存できるようなものか。歩く貯蔵庫だ。
俺は通路のベンチに座ると、他の食料を出せないか検証してみる。
えーと、食器とか持ってないので手で持てるやつ……。
カツサンド!……出ない。
ハンバーガー!……出ない。
おにぎり………………出ない。
手に持った袋をもう一回ひらいて中を見る。
ポテチが出現した。
なんじゃこりゃ。ポテチ召喚限定なの?
俺はこれからポテチだけで生きてくの!?
原因はなんとなく分かってる。
情報が足りないんだな。カツサンドとか、ふわっとしたイメージしかないので俺には出せない。ポテチは消失させたときに、食品の記憶が俺の魔力に溶け込んでいるから正確な情報がある。
でもそれをいうなら、豚肉、小麦粉、パン。材料の情報は食品売り場に全部あったはず。それじゃ弱いのか。
あと、ポテチは袋の中に入っているであろうという先入観が俺の創造の支えになっているという感覚がある。
魔法を使うときは『疑わないこと』が原則なので、自分の心を上手く騙してやる必要があるのかもな。
試しに袋の外で出現させようとしたら無理だった。
食べ物を粗末にするような実験だったので、心のどこかでストッパーが働いたのかもしれない。
これは『望むこと』の原則に反するので魔法は発動しない。
もっと研究が必要だな。
 




