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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
第一章 終わりの街のオロチ

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第19話 カセットコンロ

 窓からはまだ光が差し込む時刻。非常灯があるだろうとはいえ、夜に移動するのはあまり望ましくない。今のうちに食料を取ってこよう。

 生活に必要なものは色々ある。日没までに全部用意するのはしんどい。今日のメシが食えればとりあえずはそれでいい。


 食うだけなら、カロリーバーとかでもいいんだけどさ。

 常温で一年もつような食品は、なるべくなら節約したい。ここから逃げるときに持ち出せるのもこういった食品だろう。

 それと、停電からもうすぐ一日経過する。冷凍食品を食べるなら今日が最後になるだろう。食っておくか。


 なんだか毎回のように「今回が最後の食事」みたいなことを考えている気もするが、それも仕方がない。仮にヒュドラ生物などという敵がいなかったとしても、この状況ではいつ死ぬか分かったものではないからだ。

 食料が尽きても今日明日で死ぬということにはならない。でも来月生きているかどうかはかなり怪しい。ただ、不思議とそれに関する恐怖は薄い。


 大災害の前から、「仕事が見つからなければそのうち飢えて死ぬかも」という気持ちは常にあった。学生の頃から既にそうだった。だから慣れてしまった。

 災害後の今のほうが、いいものを食っているというのは皮肉なものだ。それも今日で最後だけどな。以下ループ。




 はい、そんなわけでですね。ホームセンターからはカセットコンロをふたつ。フライパンを二枚。食品売り場からは網の目のようなサシの入ったステーキ用の霜降り肉。冷食のガーリックライスを回収してきました。これから調理していこうと思います。


 肉ばっか食ってんな俺。

 まだ在庫あったけど、もうあきらめないとダメだよな。


 調理すれば半日くらいはもつだろうと、明日の弁当用にも少し持ってきた。宿直室のそばにある食堂に運ぶ。

 食堂の施設は水道しか使えない。コンロも駄目。換気扇も動かない。


 客席の掃き出し窓を開けた。広々とした屋上には例のソーラーパネルが並んでいる。実に殺風景だ。一般客用のレストランとかには不向きなロケーションだよな。

 俺はテーブル一卓と椅子一脚を掃き出し窓から表に出すと、その上にカセットコンロを並べる。


 換気。換気か。この街がヒュドラ毒とかいうヤバいアレで満たされているというなら、換気をする意味なんてあるんだろうか。それともヒュドラ生物は、猛毒に耐性はあっても煙とかには弱かったりするんだろうか。


 自分で実験するつもりはない。そもそも自分がヒュドラ生物だということに、俺はまだ納得していない。あの金髪のねーちゃんと俺とでは、色々と一致しない部分が多い。

 まず外見だ。俺は普通の日本人、なんならちょっとくたびれた感じだが……。


 なんであいつだけ金髪の美形なの???

 アホくさ。それはまた今度考えよ。金髪なのは元からかもしれんし。今はメシだ。




 二枚のフライパンにオリーブオイルを入れ、同時に温める。油のチョイスは……なんか健康に良さそうだから。こだわりとかはない。片方でステーキを焼き、もう片方でガーリックライスを炒める。

 じっくり焼いた。もうレアとかいうのは怖くて食えない。脂身多いからどのみちレアにはしないけど。レアは赤身が好みだ。生きてたらまたいつか食えることはあるだろうか。


 皿とかは用意してない。火を止めて調理用のハサミで肉を切ると、ステーキソースをフライパンの上から直接まぶす。串を通すと、抵抗なくスルリと刺さる。高級肉すげーな。

 持ち上げてひと口。柔らかくて甘い。これは塩でも良かったかもしれん。もう遅いが。

 この味を覚えておこう。いや、忘れたほうが幸せだろうか?


 ガーリックライスをスプーンでフライパンから直接すくいひと口。これ、めちゃくちゃ安かったんだよなあ……。冷食だし当然だけど。隣の肉とのギャップが凄い。

 肉を食らい、ガーリックライスで追う。味覚がバカになりそうな旨みの洪水だ。


 すっかり食べ終わってから気付いた。味が濃いものばかりだったな。普段だったらビールとかと合わせるようなメニューだからか。

 今の状況で飲むほど命知らずではないし、それにもう冷えたビールはない。通なら温くても美味いのかもしれないが俺の舌はそこまで……。凍りそうなほど冷えたやつが飲みたい。


 あんまり考えるのはよそう。明日の朝用の弁当を作ると、テーブルと椅子は放置してカセットコンロを屋内に片付ける。食堂調理場の流しを使いフライパンを洗った。


 こんな状況で律儀に洗い物をする意味はあるのか。一応はある。しばらくここに滞在するならなるべく清潔にはしておきたいというのがひとつ。もうひとつは、食べ物の匂いで生物が寄ってこないかどうか、心配になったからだな。

 ガーリックとか炒めておいて今更それはないわ、とは自分でも思うのだが。


 そもそもヒュドラ生物ってなにを食うんだ?

 俺の家や駅周辺が奴らの縄張りになったのなら、食料も食い尽くされてしまうんだろうか。

 仮に俺がヒュドラ生物だとしたら、生前と同じものを食ってるということになるけど。


 …………。


 なにか引っ掛かるな?

 食料……捕食……。

 そうだ捕食だ。


 ヒュドラの本体はこの街の生物を殺して喰ったって話だな。それが死体消失なのだとも。

 でも人間や動物の死体は喰っても、食料品店の物資には手を付けていない。あれだって動物の死体だぞ。


 死体の定義とはなんだ?

 もしかしてヒュドラにとっては単純な栄養ではなく、生きているものを殺すことにこそ意味があるのか?


 ……それとも単にグルメなのか。

 新鮮なものしか食わないとか。


 敵を知りなんとやら。

 でも見たこともない化け物のことなんか分からんよな。


 食堂の窓から見える空は、すっかり暗くなっていた。




 今日はメシ食って終わり!と考えてはいたのだが、眠るには早い。夜になっても点灯している明かりの場所を確認しておきたくもある。

 危険だから夜には極力移動したくはない。夜の館内の状況を確認したいなら、なるべく安全な時期に行う必要がある。それはいつか。

 間違いなく今この時だ。


 何故か。

 それはあいつらが徐々に縄張りを広げているからだ。

 ぐずぐずしていたらここに現れるのも時間の問題。夜に襲われても逃げられるよう、下調べは早いうちにしておくべきだろう。


 懐中電灯とバールを持つと、俺は暗くなった館内の調査へと向かった。




 ヒュドラ生物は最初、西の隣街に出現した。五月八日に遭遇した例のデカい猫だな。

 街境の川のこちら側では、生物は全く目撃されなかった。観測していたのが俺だけなので、確かなことは言えないが。


 五月十六日、この街にも初めてヒュドラ生物が現れる。

 雀、カラス、金髪のねーちゃん。

 急に進化したな?

 まあそれはいい。駅高架の上にもなんか他の鳥とかいたはず。そして翌日、つまり今日にはアオダイショウだ。

 急に増えた。

 もっと段階を刻め。

 それもいい。いやよくはないがとりあえずいい。奴らの都合なんか知らん。


 恐らく奴らは駅の北側から来た。なんらかの理由で縄張りが広くなったんだ。たった一日で急に奴らとの遭遇率が上がったのはどうしてだ。そのとき何か変わったことはなかったか。


 あった。

 五月十五日、俺はこのショッピングモールのゲームセンターにいた。そのとき、地震が起こったのだ。あれは自然の地震などではないという可能性。

 あれは世界大災害の日にヒュドラが起こした、『地震のような現象』と同じものではないか。


 あのとき俺が普通の地震だと判断した理由は、俺が気絶しなかったからだ。地震にともない、なんらかの異常現象が起きていない。だから普通の地震なのだと。


 世界大災害の日に起きた地震は、発生とともにヒュドラ毒を地上にバラ撒いた。それが後に封鎖地域になった。既に毒で汚染されているのだから、もう一度同じ現象が起きても変化はなかったのだ。


 この推測にはいくつか不明点がある。


 ヒュドラ生物は外の世界に出たら死ぬのだから、封鎖地域が縄張りになる。これはいい。でも同じ封鎖地域なのに西の隣街とこの街で状況が違ったのは何故か。ここには最初は生物がいなかった。北の街については分からない。


 東の隣街も不明といえば不明だな。でも何も居ないんじゃないかと思っている。地続きなのに東からは何も来ないからな。

 地続き……そう地続きだ。この街は北と西に川、南に海。

 そして橋を渡らなければ遭遇しないヒュドラ生物。

 橋についてはよく分からないが、だいたいこれで合ってると思う。


 ヒュドラは縄張りを増やすことができる。これは世界にとって由々しき問題だろう。

 人類にとって安全な地域が、徐々に削られていくのだ。

 俺は先んじて、その洗礼を受けていることになる。




 逃走経路の照明の位置をざっくりと確認した。

 懐中電灯を使わずとも充分に移動可能な明るさだ。通路内に落ちている衣類や荷物は少し気になるが、見えずにつまずいてしまうほどではない。


 俺はこの日の探索を終えて、新しいねぐらへと戻っていった。

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