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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
第一章 終わりの街のオロチ

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第17話 リニューアル

 暗闇の中で目が覚めた。


 光も届かない停電した事務所の中だ。俺はポケット内のスマホで時間を確認しようとして手を止めた。充電の手段はもうない。一応市販品の急速充電器や予備バッテリーなどがあるのは知っているが、使ったことがない。使い勝手についてはよく分からないし、この街にどれだけの予備バッテリーがあるだろうか。


 ただ、スマホの電池を節約したところで意味があるのかというと、俺にとっては全くなんの意味もなさそうである。アンテナの死んだスマホに、たいした使い道は思い付かない。それでも時間確認のたびにスマホを見る癖は改めたほうがいいかもしれない。俺は懐中電灯を付けて事務所内の時計を照らした。


 四時半を少し回ったところか。昨日は昼間に一度寝たから睡眠時間は十分だ。こんな時間に起きるのは珍しいので、外が明るいかどうかは分からない。少しでも明るくなったら、店を出てこの場所から離れよう。


 そっと事務所の扉をひらく。昨日の記憶にあるよりは僅かに明るい店内。日の出の時刻を過ぎたのか。

 そのとき――


 そのとき音が聞こえた。擦過音だ。ずるずるとなにかを引きずるような音。

 心が全力で警鐘を鳴らす。

 体中から汗が噴き出るような感覚に襲われた。


 落ち着け。落ち着け。パニックになったら生き延びる確率は格段に落ちる。

 この近くにはアパートを破壊した犯人がいる。最初から分かっていることだ。

 覚悟を決めろ。


 事務所の扉の影から窓の外を凝視した。


 なにかが居る。一面ガラス張りのコンビニの窓をしても視界に収まらないほどの巨大ななにかが、ゆっくりと動いている。

 いや、這っている……!

 み……。

 見るんじゃなかった!


 なんだ。なんだアレは。どうやって動いている? アレがアパートを破壊したのか? このコンビニは鉄筋のはずだが耐えられるのか?


 その正体はすぐに分かった。窓の外に横たわるのは長い胴体だった。頭部はここからだと死角になる窓の上にあったのだ。それはゆっくりと窓から見える位置に降りてきた。


 蛇……窓の外に居る化け物は巨大な蛇だ!

 頭部だけで俺と同じくらいの大きさはあるんじゃないのか?

 こいつがアパートを壊したというのなら納得だ。


「ヒュドラ……」


 口に出してその名を呼ぶ。

 ヒュドラというのはギリシャ神話に出てくる蛇の化け物の名だ。


 こいつが……もしかしてこいつがそのヒュドラなのか?

 神話の化け物が実在したというのか?

 いや、それともこの外見だから、神話生物になぞらえた名を与えられたのか。


 その蛇の顔は段々と明るく照らされはっきりと見えてくる。

 朝日が昇ってきたのだ。


 そして俺は。


 その顔を見た俺は。


 こんなときだというのに、何故か冷静さを取り戻しつつあった。いや、焦ってもいるし恐怖を感じてもいる。

 でも、心の中でいつもの自分が今――


 今、ツッコミを入れたくてうずうずしている。なんだこれは。


 俺はかつて化け猫に言った。

 巨大化するならゴリラかアナコンダだろうと。

 覚えてたのか……いやあいつは死んだけど。

 ひょっとして巨大化生物って記憶共有してたりしない?


 でも、でもなあ。

 俺は別に生物とか詳しいわけじゃない。

 でもだよ? これがアナコンダじゃないってことは分かる。


 これ……アオダイショウだ……。

 日本で多分もっともポピュラーな蛇。この街じゃ見ないけどな。


「巨大化アオダイショウ……く、クソダサ」


 また言ってしまった。うわっ、こっち見たよ。

 三毛猫の次はアオダイショウとか。

 以前バカにしたら頑張ってリニューアルしてきたけどやっぱり残念な感じがぬぐえない。


 理解してしまった。こいつは親玉のヒュドラではない。

 猫と同じ巨大化生物だ。どう見ても在来種だもんな。

 ヒュドラ生物だったか。間違いなく下っ端だ。


 とか言ってる場合じゃない。


 下っ端でも、俺が逆立ちしても勝てない相手には違いない。

 逃げないと。入り口は塞がれている。事務所の裏口一択だ。


 だが俺は待った。今外に出てもすぐに回り込まれてしまうのではないか。蛇の速度は速い。あの大きさでは、猫から逃げたときと同様に、即座に追い付かれてしまう。

 そして、蛇には猫よりも恐ろしい攻撃手段がある。

 丸呑みだ。

 蛇は自分の胴体幅よりも大きいものでも一瞬で飲み込んでしまう。このサイズだと、棒切れを振り回して防げるようなものではない。


 外でまともに対峙したらおしまいだ。

 さっき目が合ったような気がしたが俺にはまだ気付いていないのか、蛇はまだ大きく動こうとしない。

 長い舌をチロチロと伸ばして、店の前の駐車場の地面を探るように頭を動かしている。


 蛇の特徴はなんだ?

 思い出せ……古今蛇を題材としたフィクションは多い。だから本物の蛇の特徴を解説するシーンとかも俺は結構見ているはずだ。


 なんだっけ……なんとか機関……字が違う気がする。

 とにかく蛇って、人間とは外界の情報を得る能力がだいぶ違うはずだよな。だからよくネタとして解説されてるわけだし。


 人間なら一番重要なのは視覚情報だ。次いで音か?

 そうすっと蛇は目が悪い? 聴覚はどうなんだ?

 逆に鋭いのは嗅覚……そうか、あの舌の動きは嗅覚に関係していたはず。

 なら奴は、俺の匂いを追っている?


 地面の上で頭を動かしていた蛇は、コンビニの入り口自動ドアにその舌を近付けた。

 瞬間蛇は頭を引っ込め、返す勢いでそのまま入り口に叩き付ける。


 ドアも、店の正面ガラスも盛大に粉砕された。

 店の中に頭を突っ込んだ蛇は、ついに俺を視界に捉えた。


 俺は事務所に駆け込んでドアを閉め、更に裏口のドアに向かう。

 背後で猛烈な破壊音が巻き起こった。

 俺をひと呑みにせんと、レジカウンターごとバックヤードの壁を粉砕しようとしたのだろう。

 だが、店の内装はその一撃を耐えた。

 それが俺の命を救った。


 裏口から外に飛び出す。

 そして走った。

 奴の頭は今コンビニの中だ。ガラスは破れてもコンクリの壁は簡単には壊せまい。

 コンビニを貫通しようとせずに、一度頭を抜いて追ってこられたらどうしようもない。

 しかし奴にそんな知能はないのではないだろうか。希望的観測だけれども。


 とにかく逃げる。方角は……東だな。

 南に行っても倉庫とか工場みたいな建物ばかりで、食料の確保が難しい。

 船を入手して海に逃げるという手が一瞬浮かんだが、ヒュドラ毒の範囲外に出てしまうと俺が死んでしまう可能性がある。あの金髪の言うことが全て正しいとは限らないが、今はのんびり検証するヒマがないし、その方法も思い付かない。


 東のショッピングモールか、その先の隣駅を目指す。

 もし停電していない地域があればそこに行きたいが、昼間だとよく分からない。視界に入る街灯や民家の明かりはどれも消灯しているように見える。

 路上に放置された自動車や歩道の衣類には砂埃が目立つようになり、ここが終わった街であることを再確認させられる。


 蛇は追ってはこなかった。

 ショッピングモールに着く前に息切れして速度が落ちる。

 少し落ち着いた頭で敵について思考を巡らせた。


 ヒュドラ……ギリシャ神話に出てくる九つの頭を持つ毒蛇。下っ端であれなら、本体はどんな怪物なんだ。神話同様に九つの頭部があるとか?

 大体なんで日本に出てくるんだ……いや、世界中に出てるってことになるのか。本体は複数いるのか?


 関係ないけど、日本神話にもヤマタノオロチっていう八つの頭を持った蛇の怪物が登場する。

 同じ神話生物で、似たような外見だからたまに引き合いに出されることがある。

 関係ないけどな。


 益体もないことを考えつつ、俺は歩き続けた。

 そして、二日ぶりのショッピングモールに到着する。

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