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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
終章 始まりの街のオクテット

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第146話 かつての英雄

 ――――――――……………………。


「アヤセ?」

「…………モニク」


 目の前には懐かしい姿があった。

 長いこと見ていなかったはずだが、相変わらずちっこいままだ。


「どうした? 何も起こらないのか? 迷宮魔法は……上手く発動しなかったのだろうか?」


 …………どういう、意味だろうか?


 モニクと俺の間には、あの翠の強化ウィスプが浮かんでいる。

 特に異常は見当たらない。

 過積載された力は使い果たしたようだ。


「えっと……。迷宮魔法を使ってから、どれくらい経った?」

「大丈夫か? 使ったのはたった今だ。覚えていないのか?」


 たった今?

 あの時から、時間は全く進んでいないということか?


 スマホを取り出して日時を見る。

 …………いかん、元々が何日何時だったのか全然思い出せない。

 記憶障害とかじゃなくて、単純に忘れた。


 少し目まいがして、砂浜に腰を下ろす。

 モニクもしゃがみ込んで、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「鑑定した感じ、体調は悪くないようだが……」

「足で立つ感覚を、ちょっと思い出せなくて」

「…………???」


 何か証拠……この記憶が事実だったという証拠はないか……。


「少し休めば多分大丈夫。迷宮魔法――時間転移が成功したのかどうか、確認したいことがある」


「うん。どうすればいい?」


「モニク。神殿にエーコとブレード、セレネ、ハイドラを呼んでくれないか。それからコセンも。あいつらに、事情を全て話しておいてほしい」


「承知した。キミは?」


 足に少し力を込めて立ち上がる。

 重力を感じ、風が当たる感覚を思い出す。

 悪くない、気分だ……。


「仲間をひとり、迎えに行ってくる」




 半島を北に進む。

 神殿はモニクに任せて素通りした。


 夕暮れの街道を東に進んで橋を渡る。

 誰ともすれ違わなかった。

 人が増えたといっても、こんなもんだろう。


 魔王城には向かわず、森を更に南東へ。

 森林を抜けると、海に出た。

 切り立った崖を降りて砂浜に立つ。


 そこにあるのは、誰も訪れることのない小さな洞窟。

 洞窟の奥には、二百年前に俺がここに居たという証拠――


 ――石像と化した《地獄の番犬》が、俺の再訪を待ち続けていた。




 神殿に戻ったのはすっかり夜。

 部屋には既に皆集まっていた。


 見張りの狼獣人に扉を開けてもらい、()()()を連れて部屋に入る。


 俺を見て何か言いかけたエーコが、隣の男に気付いて一瞬固まった。

 男の顔を見たエーコとハイドラが声を揃えて言う。


「あ、『歩くデストラップ』!?」

「初めまして。魔女殿、そして創造主殿」


 ……そういやゲームでのセルベールはそんな呼び名だった。

 最強の雑魚、なんて呼び名もあったがそっちじゃなくて良かったな。

 続いてモニクが俺に聞く。


「彼は……?」

「こいつがセルベールだ」

「貴殿は……冥王殿? オロチ殿たちの間では、イメチェンが流行っているのかね?」

「イメチェン?」


 モニクが不思議そうに俺を見る。

 そこは聞き流してくれ……。


「遅かったな、セルベール」

「今までどこで油を売っていたんですか」

「勘弁してくれたまえよブレード、()()()()殿」

(むし)りますよ?」


 顔馴染みのふたりは辛辣だ。

 まあ、ドゥームダンジョン組はこれが挨拶みたいなもんなんだろう。


「そちらの方は、オロチ様のお仲間ですか?」

「そうだ。コセン、こいつにも展示室の六合器を見せてやってくれないか?」




「ここにあるコズミック・クラフトは全て使用可能だ。細工がしてあるようだがね」


 俺はそのうちのひとつ――見覚えのある宝玉を手に取って眺め、セルベールに聞く。


「具体的には?」

「結構な魔力を注がないと起動できないようになっている。これではネメア人には使えまい」

「なるほどね」


 俺とセルベールの会話を、皆黙って聞いていた。


 展示室の奥にある天叢雲剣の場所へと進んだ。

 透明な巨岩の中に、その剣は浮かぶように収められている。

 コセンのほうに振り向いて尋ねた。


「シュウダの最期について、教えてくれないか?」


「……はい。晩年のシュウダはこの神殿に籠もり、天寿を全うしました。最期はこの部屋で座したまま。剣は岩の中に封印されていたそうです」


「英雄シュウダは人生の最期に、その魂を自らこの剣に捧げた」


 コセンは驚いて俺の顔を見た。

 そしてセルベールは――


「自ら……だと? シュウダ殿……貴殿は――」


 呆然とした表情で、その名を口にした。


 俺は剣へと向き直り、手を差し出して巨岩にそっと触れる。




「替天刃・虚空掌」




 手は岩の表面をすり抜け、内部へと入っていった。

 皆のざわめきが聞こえる。

 剣の柄を握ると、岩から一気に引き抜いた。


 残された巨岩には傷ひとつ無く、ただ剣のあった場所が空洞となってその痕跡を残すのみ。


「お……おお。その絶技はまさしく伝えられし英雄シュウダの技! それではやはり……やはりオロチ様が我々一族の使命の――」


「コセン。それにあんたのご先祖たちにも。シュウダに代わり礼を言わせてくれ。よくぞ今までこの剣を護り、現代まで受け継いでくれた」


 コセンは俺に向け、無言で恭しく礼をする。


「……そして今日、この剣は新たな名を持って生まれ変わる」


 打倒ヒュドラの鍵となるこの剣は――


(アメノ)叢雲(ムラクモノ)(ツルギ)、改め――《コズミック・クラフト》終蛇(シュウダ)




 終蛇の特性について、皆に説明をおこなう。


「終蛇はコズミック・ヒュドラを完成させる最後のピースだ。これを抜いてしまった以上、奴らはこの剣を目指してやってくる」


 モニクとブレードが、その能力を確認するように言う。


「だが《魂封じ》の力を持つその剣は、彼らの天敵でもあるわけだね」

「九つ首の不滅の魂を、その剣に喰わせるのか」

「魂に取り憑いているヴリトラごとな。その辺実際どうなるのかは、ぶっつけ本番なんだけど」


 この剣単体ではそれは難しい。

 ヒュドラの《捕食》とて、迷宮という縄張りがあるからこそ成立している。

 下準備が必要だ。


「オロチ殿、その剣は話が出来たりするのだろうか?」

「魂と肉体はどんな組み合わせでも連動するわけじゃない。だから、この剣は喋らない」

「そうか……」


 セルベールの表情からは珍しく笑みが失せ、それっきり黙り込んでしまった。


「九つ首は残り八つ。魔王城でその全てを迎え撃つ」


 緊張感が室内を満たす。


「コセン、頼みたいことがある。これから戦争になるので東の森には部外者の立入禁止。やむを得ず内部に残る者は魔王城に避難を徹底させてほしい。出来るだろうか?」


「はっ! お任せください」


 コセンはすぐに部屋から退出していった。


「アヤセ。九つ首のいくつかは恐らく、長い歳月を経て超越者に至った魂だ。彼らがどのような形で現れるのかは分からないが……。何か勝算はあるのかい?」


「あるよ」


 俺は終蛇の切っ先で地面を指し示す。


「神殿の地下迷宮。このダンジョンでひとつ、やり残したことがある」




 神殿階層の二階。

 いや、正確には地上から見て地下五階。


 近未来的なカプセルが並ぶ、研究室のような部屋。


「これは……ドゥームフィーンド・オリジン?」


 その反応からすると、セルベールはここを初めて見るのか。

 エーコ、ブレード、セレネ、モニクはそれぞれ二度目になる。

 ハイドラは……どちらとも言えない。

 連れてくるのは初めてだが、そもそも今のこいつはここで生まれたはずなのだ。

 この部屋の記憶があるのかないのか、無言で少し考え込んでいる。


 そして俺は、カプセル内に残された七体のドゥームフィーンド・オリジンの中で唯一原型を留めている一体、その前に立った。


 終蛇と、そして先程展示室で回収した宝玉を目の前にかざす。




「《コズミック・クラフト》――転魂玉」




 魔力の光が一瞬灯り、そして消えていった。

 最後の役目を終えた転魂玉は、俺の手の中で砕け散る。

 片方の器には魂が入っていなかったし、本来の使い方とちょっとズレていたからな……。

 無理をさせたのだろう。


 カプセル内の男。

 フードを目深に被り髭の生えた、盗賊のような外見の冒険者。

 腰には初期装備のショートソード。


 そのショートソードが抜き放たれ、ガラスケースに無数の剣閃が走る。

 床に散らばるガラス片と共に内部の液体があふれるが、空気に触れた瞬間その液体は瞬く間に気化していく。


 男は顔を上げ、その鋭い眼光をフードの中から覗かせた。


「オロチ殿……。このドゥームフィーンド・オリジンに宿った魂は、まさか――」


「さあね。そいつは本人に聞いてみれば?」


 セルベールは前に出て、フードの男に話しかける。


「…………シュウダ殿?」


 男は低い落ち着いた声で返答した。


「セルベール。シュウダという名の男はもう死んだ。この世には居ない。そして残されたその名も剣にくれてやった。オレの魂がヒュドラの首のひとつとなることも、永劫に無くなった」


 ――それは重要だけれども、重要ではない。


 名前は魔術、魔法に多大な影響を及ぼすのだ。

 かつての英雄はその名を捨てて、新たな名前の魂となった。

 シュウダという名は剣の名に。そして魂の名は――


「オレは何者でもなく、何者とも関係を持たず、過去のしがらみに囚われず、未来を切り開くための、ただひとつの個体としてこの世に生を受けた」


 そして最終決戦に挑む仲間、最後のひとりが名乗りを上げる。




「オレの名は――――『ローグ』」

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― 新着の感想 ―
[良い点] セルベールがシュウダに関してかなり情のような物がわいてるのが良い意味で意外だなと [一言] まあブレードがいるから剣士キャラは被っちゃうからキャラ変えは仕方ないか
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