第130話 託された神剣
「新世界とその住民、ネメア人かー。ヒュドラはどうしてそんなもの創造して、四百年も放置してたんだろうね?」
「造ってる途中で飽きたんじゃねえの」
朝食を終えた食堂で、エーコの疑問とハイドラの考察が聞こえてくる。
ヒュドラの意図なんて真面目に考えるだけ損みたいなところはあるし、ハイドラの投げ遣りな返答も、あり得なくもないのが困る。
――『新世界ネメア』。
異空間迷宮というには余りにもデカいその場所を、俺たちは便宜上そう呼ぶことにした。
昨夜はあの後神殿でネメア帝国の地図を見せてもらい、翌日また来る約束をしてから帰ってきたのだ。
ネメア帝国は南北と東西にそれぞれ最長で六百キロ程度の陸地ということらしい。
こっちの世界じゃ島国の規模だが、向こうだとそれが世界の全てだ。
面積は良く分からん。そんなに計算しやすい形をしているわけじゃないからな。
北海道より少しデカいくらいか?
海もまだ見ていない。
コセンの話だと、海の先は『世界の果て』と呼ばれているらしい。
それが異空間迷宮の境界線ではないか、というのがモニクの見解だ。
「とりあえず、私とコボルドレギオンは拠点設営のために向こうの世界に常駐します。連絡役は少し残しておきますが」
「大丈夫なのか?」
「異空間迷宮に潜伏するのは慣れています」
周囲を敵勢力に囲まれた夢幻階層で二ヶ月間生き延びたセレネの言葉だ。
すげー説得力があるな……。
「そんなに離れた場所と往復していたら、最後の決戦に参加する機を逃すやもしれぬ。拙者もその新世界とやらに常駐させてもらおう」
「それは一理ある……私はどうしよう」
「あたしもどうすっかな。常駐すっかは向こう見てから考えるわ」
ブレードは向こうに常駐希望か。なら拠点の護りも任せられる。
エーコとハイドラは保留、と。
エーコはこっちの生活もあるからな。長期滞在するかは悩ましいところだろう。
準備のため、一度各々部屋へと戻ることになった。
俺も自室に入ろうとすると、モニクに声をかけられる。
「アネモネにはボクから報告しておこう。後で合流する」
アネモネは直接新世界に行くことは出来ないが、アドバイスは是非欲しい。
今後も情報共有は小まめにおこなうべきだな。
ところで。
なんか皆、ヒュドラと戦う気満々なんだな。
瓦礫の街じゃ結構追い詰められていたせいか、独りで戦い続けるような気分になっていたが。
素直に感謝しておこう。
そして俺は……ヒュドラと決着を付けるのはもちろんだが、それとは別に。
ここに居る皆が、納得できるような結末を目指そうと思う。
神殿階層を通り、再び新世界ネメアにやってきた。
メンバーは俺とエーコ、ブレード、セレネ、ハイドラの五人だ。
コボルドたちはいっぺんに連れてくると、戦争でもしに来たのかと誤解されかねない。現地で少しずつ転移召喚していく方向らしい。
「オロチ殿、待っていたぞ。昨日とは違う面子なのだな」
「ああ、よろしく頼むラウル」
神殿地下への扉の番人であるワーウルフは三名に増えていた。
ラウルは俺たちの案内として、他二名は増員されたのかな?
俺たちの出現は、この神殿のネメア人にとってもそれなりに大事みたいだからな。
昨日よりも広い部屋に通されると、ほどなくしてコセンが現れ、互いに自己紹介を済ませた。
「さて、本日はシュウダに関するお話でしたね……。まず、シュウダというのは今から二百年ほど昔に活躍した、ネメア帝国史における英雄の名前です」
「一応聞くけど、それってもう死んでる……よな?」
俺たちとネメア人の間では、前提知識や常識の共有が欠けている。
まずそこからの話し合いとなった。
ネメア人の寿命は普通の人間よりやや短いくらいで、俺たちと大差はないらしい。
新生《九つ首》には既に死んでいて魂のみの者もいる、とケクロプスは言っていた。
シュウダという名のネメア人の男も、そのひとりだったようだ。
ネメア人は通常のヒュドラ生物からかなりかけ離れた存在だが、それでも《九つ首》に選ばれるのか。
単純に考えて、シュウダという男は百頭竜に比肩し得る存在ということになる。
「では、創世神ヒュドラは『始まりの地』――あなた方の世界において滅んだ後に代替わりしており、新たな神の一部としてシュウダの魂が選ばれたということですか?」
「途中からは聞いた話だけど、そういうことになんのかな」
前のヒュドラが如何にして滅んだのかは端折って説明したが、コセンは特に思う所は無いようだ。
新世界ネメアにおける創世神話の神々というのは、過去に実在した主導者という扱いだ。
信仰の対象というより、歴史上の偉人みたいな感覚なんだろうか?
「初代皇帝ネメアが創世神の命令を受け、その後代々の皇帝がこの地を治めていましたが、必ずしも安定した時代ばかりではありませんでした。建国から二百年ほど経った混乱期に活躍したのが、我が先祖シュウダになります。私と同じ、人間種だったそうです」
「あんた、シュウダの子孫だったのか」
狐仙に修蛇。
狐とか蛇とか、そういう獣人種かなんかの可能性も考えたが、人間種ってのは普通の人間と同じ外見の種族らしい。
コセンたち一族の名前は妖怪縛りかなんかなの?
「この国では、神や英雄の子孫を名乗るのはよくあることなのです。英雄シュウダの子孫を自称する者も珍しくはありません。しかし……私の一族にはシュウダに託された使命があります」
そう言うとコセンは立ち上がり、部屋の奥にある扉の前へと進む。
この神殿の扉は、基本的にデカくて頑丈そうだ。
そこに更に錠前が取り付けられている。
「こちらへどうぞ。あなた方にお見せしたいものがあります」
扉の奥は、展示室のような場所だった。
骨董品のようなものがいくつか飾られている。
「ここにある古い道具の数々はシュウダと同時代の名匠、トウテツが作成した《六合器》と呼ばれる秘宝です」
トウテツ……?
その名前も《九つ首》のひとつだったな?
セレネの顔を見ると、肯定と思しき頷きを返された。
「歴史上では強大な魔法の力を秘めた道具とされていますが、私どもにはただの骨董品。そして、これは英雄シュウダが使っていたという剣です」
展示室の奥に、水晶のような透明の巨岩が鎮座している。
その中には、確かにやや短めの剣のようなものが入っているが。
――『いつの日か、始まりの民がこの剣を取りにやって来る。それまでに子々孫々この剣を護り続け、確実に渡せ』――
それがコセンの一族が、シュウダから命じられた言葉だという。
「コセンはそれを俺に確認したかったんだな? でも、俺とシュウダって対立勢力なわけだし、剣を渡したかった相手は別の奴なんじゃないかなあ」
この剣と、それを渡したかったという相手。
シュウダの魂を探すのに有力な情報になるかもしれない。
それはそれとして、俺はこのコセンという親切な男を騙したくはない。
だから正直に所感を述べた。
「まあそれを承知の上で、調べさせてくれるっていうなら――」
「本当にご存知ないのですか? この天叢雲剣を」
…………なに?
アメノムラクモノツルギだと!?
その名を聞いて一瞬固まった俺を、コセンは見逃さなかった。
「やはり、何かご存知なのでは?」
「いや、その名前は……」
振り返ってエーコを見た。
「アメノムラクモだって、アヤセくん! 本物……?」
いやそんなわけないじゃん。本物があるのは名古屋です。
つーか、アメノ一族のご令嬢であるキミがそれを知らないのはどうなの……。
「天叢雲剣ってのは、俺たちの世界だとオロチっていう怪物の中から出てきた剣の名前なんだよ。俺の名前も多分その剣の名前も、本物から借りてるだけだから偶然の一致……」
だと、思うんだよなあ……。
それにしては出来過ぎだが。
「創世神話においてオロチという名は、ヒュドラの眷属を多数滅ぼした悪神の名です」
「げっ。じゃあ俺の名前って、ここじゃまずい名前だったりするの?」
「いえ。神代の話ですし、悪神も民衆に一定の人気がありますから、気にすることはありません」
なんだ、そうか……。
しかし引っ掛かるな。
大昔にヒュドラの眷属を多数滅ぼしたオロチというのは何者だ?
作り話かもしれないが、もしかして俺のご先祖様だったりするんだろうか。
「オロチ様……それで、本当はこの剣のことを?」
「いや、知らないけど?」
そりゃあ元ネタの名前くらいは知ってるけど、このパチモンのことなんか知らん。
「…………そうですか」
なんか妙に残念そうだな?
少し申し訳ない気分になってしまった……。




