第一話
未だ外は白味がかかった霧が覆っており、小火のように遠くを見透す事が出来ない風景だ。
まるで今の私の心を投影したかの様な心象風景と言っても過言では無い。
「兄さん、本当に行くのかい?」
「私が自分で決めた事なのだ。決して傀儡と成る為では無い。そう、今までとは違うのだ」
弟のアドルフが背中越しに声を掛けてきた。
アドルフは昔から正義感が強く、自分の意見を強く持つ立派な人間だ。きっと私の様には成らない。だから、安心して彼に任せられる。
「分かってると思うけど、この国を出るのであれば、もう二度と入国する事は出来ない。それでも良いんだね?」
「元より覚悟の上だ。そんな事より自分の心配をしろ。彼処に立つ覚悟は出来たのか?」
こんな下らない会話もこれで最期だ。現に二人して柄にも無くこのひと時を愉しんでいるのがその証拠だ。
ただ幸せなひと時には必ず限りがある。
「...アドルフ、すまないが時間だ。もう時期門番が働き出す。故に俺は今すぐ此処を出る事にする」
「...兄さん」
「先程お前に覚悟の上だとか言ったが、あれは嘘だ。...私は必ず戻ってくる。この腐った国を粛清する為にな」
私はそう言い残し、霧の中へと消えて行く。
外に出ても未だ人影は映らない。それはこの国が社会主義を樹立しているからだ。
それ即ち貧富の差が少なく、恐慌も失業もインフレもない理想的な国家だ。
...だがそれ故国民の行動には制限がされる。
その証拠に今現在外に出ている者は"1人もいない"。もし仮にいればその者は極刑だ。
私はそんな素晴らしいこの国の大地に唾を吐き捨て、祖国を去るのであった。