6、狐魔王と二人旅
「まったく、物には限度と言うモノがあるじゃろうに」
プンスコと、ココが修平の膝の上で怒っていた。狐の尻尾が不快気に――いや、その尻尾の振り方だけを見れば愉快そうに見える。
――照れ隠しか。
彼に弄ばれた。弄ばれ、ビクンビクンとしているうちにジャガイモが焼かれ、夕食を終えたところであった。
彼らの前にはめろめろと赤い火が燃えていた。
夕食の準備をする際に、へろへろになっている彼女になんとか出してもらった【狐火】で点火した焚き火である。
少年少女、二人の顔が、テラテラと赤い焔に濡らされていた。森の中、火の爆ぜる音と木々の囁き、そして二人の声しか聞こえない。
やはり動物――虫の類に至るまで、この森に生きるモノはないらしい。
幸いにも小川は流れていた。それは、ココが自慢の鼻で見つけたモノであった。生物がないのなら、寄生虫の類も大丈夫だろう。――ただし、この森にいない生物に、寄生虫も含まれるか否かは、定かではなかったのだけれども。
任意の土地からすぐに作物を収穫できる、ギフト「農地作成」などとチート的なスキルを持ってはいても、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを生でいくのは憚られる。
とすれば、ココと出会えたのは、修平にとっては紛れもない僥倖であったろう。
――色んな意味で。
「なあココ、俺もお前みたいな魔法って仕えるようになったりするのか?」
と修平はココのふさふさの狐尻尾へと手を伸ばしながら尋ねた。
「コレ! ワシの尻尾は手を慰めるものではないわ! っく……」
「いやいや、だってこんなにも手触りが良くって、気持ち良かったら、触っちゃうだろ? なでなで」
「クフフ、汝はワシの尻尾にメロメロじゃな」
「そりゃあもちろん」
「ふぐ……、根本の方をくりくりするでないわ。それ、違う意味じゃろ?」
「じゃあ先っぽの方が良いのか?」
「キュッ!」
「可愛い声が出たな」
「五月蠅いわい! もう、好きにせい。ああ、ワシは鬼畜な旦那さまに捕まったがばっかりに、玩ばれてしまう運命なのじゃなァ……よよよ……」
「そのわりには素直にやられてるじゃないか。それで? 俺も魔法使えるのか?」
「――うーむ、ワシのは「妖術」と言って、正確には魔法とはちがうのじゃが――まあ、広い意味では魔法じゃな。ふむふむ、旦那さまの「魔導適性」は――ウム!
………………」
「そこで言わないのかよ!」
「こっ、これ、そのような官能的な触り方をするではない! ふぁあ……」
ピクンとココが跳ねた。話をさせるために緩めたのだが、それでも言わないから今度は強める。そうこうしているうちにココはビクンビクンとしはじめてしまった。
そうなれば修平だって気分が盛り上がる。しかし、昨日の今日で辛いと言う彼女に無理はさせられない。
――独りで寝ることとなった。
◇
「準備は出来たか?」
「愚問だな」
「そうだな、何せお前はS級冒険者なのだからな――」
◇
「ワシ、汝とおると躰が持たぬかも知れんなぁ……」
しみじみと、ココが言った。
「いや、昨日は尻尾触ってただけだろ」
「だからじゃよ」
ジト眼で見られた。
昨夜は独り――とは言え、実際に寝たのは二人である。――いたしてはない。くっつきあって、火にあたりながら眠った。この森には生物はいないらしい。しかし、火があると安心できた。
昔――まだヒトが洞穴などで生活していたころもこんな気持ちだったのだろうか。と修平は益体もないことを考えた。
「扠、それじゃあ今日も、森の外を目指して歩くか」
いったいこの森は何処まで続いているのか。背の高い木々の天蓋はまるでそれこそが空のようで、その隙間から――否、その葉自体を透かして落ちて来るような木漏れ日。
森の中は神秘的な様相で明るかった。
うっそうと生い茂った、おどろおどろしくて暗い森の感はない。しかし、明るければ明るいで、どちらが森の外へ続く道なのか、その判別も着きようがない。だからひとまず小川の流れる方角へと向かってはいたのだが、それもそれで間違えている気がしなくもない。
――森で迷ったときって、どう行けば良かったんだ?
修平にそのような知識はなかった。
しかもココに聞いたところで、
“昔だったらこの森の上に出てから考えた”
“ってことは今は役立たずなのか”
“誰の所為じゃと思っとるんじゃ! 誰の!”
鼻で調べようにも、匂いの違いはないらしい。
この森は、一様にして広がっているのだと言う。
「扠、それでは旦那さまよ、ワシをおぶるのじゃ」
「………………」
「なんじゃその眼は。ワシ、汝に傷物にされた側なんじゃけどなー」
「いや、お前歩くくらいは出来るだろ。ってか、くっつきたいならそう素直に言えよ」
「違わい!」
「違うのか……」
「――い、いや、くっつきたくなくも――ないぞ?」
「素直なのか素直じゃないのか」
「うるさいわい」
顔を赤くして歯を剥く彼女に、「ん」と、修平は手を差し出した。
「こうすれば良いんじゃないか?」自分でもやっていて気恥ずかしく、ポリポリと頬を掻く。
「………………うむ」
ココが差し出された手を握って来た。
にぎにぎ。
「…………、こっちの方が、何やらこそばゆいの」
「止めとくか?」
「――いや、これで良い」
――これで良かった。
だが森は出られない。
「うふあぁあー、行けども行けども森じゃ、つまらぬ、つまらぬぞー」
「俺の顔を見てればいいじゃないか」
「自分で言って照れるでない。――ま、それも悪くはないがの」
「お前だって照れてるじゃないか」
「おんぶ」
「いや」
「だって疲れたんじゃもの」
「お前魔王って言ってなかったっけ?」
「それはそれ、これはこれ。それにワシ、今傷物じゃしー」
「それをネタにするってのもどうかとは思うぞ。じゃあ尻尾触るか?」
「ワシが触られたいような言い方止めてくれる⁉」
「駄目か? 触られたくないのか?」
「……ち、ちっとだけなら……、――ふぁあああああッ!」
「おんぶしてやるぞ」
「――癪じゃ」
そう言う彼女の頬は甘くて赤い。
二人はイチャつき、ワチャワチャとしながら森を行った。日が暮れ、日が昇り、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを喰い、日が暮れ、日が昇り、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、
――肉もなければカレー粉もない。
「飽きたぞ!」
「しゃーないだろ! この三種類しかないんだからッ! それに動物もいないし……」
「妻を養うのは夫の甲斐性じゃろ!」
「もうすでに結構養ってないかッ⁉ ってか、我が儘言うんじゃありません、ない物はないんだから……まあ、お前の望みを叶えてやれないってのは、情けないって思うけど……」
「待て! そのような顔をするではない! ワシが悪いようではないか! ――だ、大丈夫じゃぞ? ワシは汝と違って、その……別のモノも味わわせてもらっておるから……」
「それ以上はイケナイ」
日が出ていれば歩み、日が落ちれば共に――いたしてから眠る。そんな日が一週間も過ぎただろうか。
「旦那さまよ! ワシ、尻尾が二本になったぞ!」
「マジだ! これでダブルでモフれるな」
「ひぃッ! ワシ、二倍で弄ばれるのか⁉」
「よいではないか、よいではないか」
「あーれーっ」
「――いや、満更でもなさすぎない?」
ってのは置いておいて、
「え? なんで? レベルアップする要素あった?」
この世界はレベル制ではないらしい。
それはココから聞いていた。
そして結局、修平に「魔導適性」とやらがあるのかないのか、それをココは教えてくれてはいなかったのだが――、
ココは、ちょっと頬を染めながら目を逸らす。
「 ウム、ワシも……まさかこのような短時間で二尾になれるとは思うておらんかった……。 ど、どうやら、ワシらはとても相性が良いらしい……、そ、それに……、旦那さまも、ワシを毎日毎日可愛がってくれおったし……」
「――あ」
察し。
確かに、“狐”“魔王”のレベルアップに必要な成分はたっぷりと含まれていそうな……。
「じゃあ二倍モフモフした方が良いか?」
今ならば二倍と言わず三倍 四倍もいけそうな気はした(確信)。それに毎日毎日と言ったが、(毎日毎日)×のあの回数は、若さを考えてもおかしいとは思う。
そして、その原因として考えられるのは、“あれ”しかない。が、
「お、お願いしよう、――かの?」
恥ずかしそうに言われれば、
――いっぱいモフモフした。
ブックマーク、感想、評価、たいへん励みとなります。
少しでもオッと思っていただければ、是非是非ポチッと、よろしくお願いいたします。