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スローライフを送りたかった転生者、狐嫁を「収穫」す  作者: 神月大和
第一章 ヘシ折られしスローライフの可能性
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5、〈終焉の森〉

〈終焉の森〉――、


 それはうっそりと、まるで墓場のようにして広がり――生命の息吹を許さない。

 眠る“彼女”を煩わせないよう――或いは、そもそもが“彼女”を怖れてのことであったのか。


 狐魔王ココ。

 極東に在るミズホ国にて、かつて猛威を振るったと言われていた魔王である。彼女は【勇者】のパーティーと熾烈な戦闘の末、西方にある地へと飛ばされ封印されたのだと言う。

 それがそこだ。


 彼女は強大な魔王だった。封印を施してもその力は漏れ出し、森を形成した。或いは、彼女を真に封じ込めるため、【勇者】たちは森を作ったのだとも。

 それはもはや悠久の(とき)の前に、真実はすでに化石のように埋もれた言い伝えではあったが、魔王が封じられた土地であると伝えられる〈終焉の森〉は、S級の監視区域には違いなかった。

 そこに――異変が見られた。



「ギルドマスターッ、ギルドマスターッ!」


 学者風の男が息せき切って走る。こけそうになり、踏ん張り、息切れし、それでもギルドマスターを求めてその部屋へと飛び込んだ。



「なんだ騒がしい」


 ギルドマスターの部屋。何やら巨大な魔物の頭部がモニュメントとして置かれ、這入る者をまずは睥睨する。子供であれば泣き出しそうな部屋であった。


 その奥のデスクに堂々と腰掛けた、いかつい岩のような中年男。

 ロック――彼こそが、〈終焉の森〉に近いグリンの街のギルドマスター。彼の仕事には()の地の監視も含まれていた。


 その彼に、急報がもたらされた。



「〈終焉の森〉が、縮小を開始しました!」


「何ッ⁉」


 ギョロリと大男が目を剥けば、付き合いの長い学者男でも一瞬は怯んでしまう。だが、今は緊急事態なのである。怯んでいる暇など寸毫(すんごう)もない。



「それが何によるものか――今はまだわかりません。何せ今まではゆっくりと森は拡大してこそいれ、その他には何も目立ったものは――あ、魔物が寄り付かないということは、目立ったことではありますが……、」


「あの森は狐魔王ココの魔力に関わりがあると言われていた。奴の魔力が洩れていたにしろ、封じるためであったものか、どちらにしろ、魔王の封印に何かがあったと考える方が自然だ」ギルドマスターは岩のような顔でそう言った。彼も動揺していることは間違いがない。だが、それを表に出してはならないのだ。


「さっそくギルドからA級以上の冒険者たちに〈終焉の森〉の調査依頼を出そう。今動かせそうなS級はいるか? ヒショー、確認してくれ」


「はい、ただちに」


 ギルドの制服を着た幸薄そうな女性が規律正しい礼をした。彼女ははじめからそこにいた。が、あまりにも“自然”と溶け込んで意識の外にいた。

 ――只者ではなかった。



「ガークシャ、お前は引き続き観測の方を頼む」


「はい!」


 ガークシャが去ればロックは窓を見、ひとりごちる。「何が起こっている……、まさか、魔王の封印が解けるなど……。これは神の遊戯か、魔王の遊戯か。人は、玩ばれるだけなのか……」


 仰々しい魔物のオブジェが立つギルドマスターの部屋。

 彼の呟きに応えるものは何もない。




   ◇




「うぁあ……、ワシの力、こんなとこまで堕ちとんの……? 股が痛い、股が痛い、股が痛い。鬼畜男に散々弄ばれたァー」


「人聞きの悪いことを言うんじゃない。――ま、まあ、やり過ぎたのは悪かったけど……」


 何処までも続くような森の中、而して木々はうっそうと茂っている筈なのに不思議と透き通るような日が降る森の道なき道。〈終焉の森〉を、黒髪黒目の少年が、金髪金目、狐耳狐尻尾の少女を背中に背負って歩いていた。

 彼女は葉っぱで作った下着を身に着け、そして修平の上着を着ていた。

 修平は上裸であった。



「――で、ココは魔王としての力にかなり制限がかけられている、と」


「そうじゃ。封印は解かれたのじゃが、汝に肥料にされたおかげで、随分とワシの肉体は改変されてしまったようじゃ。この、鬼畜漢めが」


 後ろから首に手を回してギリギリと締めつけだす。



「うげぇえええ……、ギブ、ギブ……」


「――ほ、このまま絞め殺せばもしやワシの制限も解かれるかも」


「待て、止めてくれ」


「待ったなし」


 ――本気ッ⁉


「――ま、そんなことをされればワシは未亡人になってしまうからの」首に籠めた力を緩めてくれた。


 しかし随分な力だったので、若干ジンジンとしていた。何かが残っている気がしてしまう。

 ――怨念とか?


 ――ぶるるッ!


「しっかし、この森、何処まで続いておるのじゃ?」


「知らないのかよ」


「知らぬ」


「………………」


 修平も知らない。と言うことは、今は二人して森をあてどもなく彷徨っていると言うことだ。ロリ女神からもらったギフト「農地作成」によって、食糧には困らないのだが、


 ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。

 それで何時まで耐え忍ばねばならないものか。


 さなさなと、素知らぬ顔で葉々が風に揺れた。



「しっかし、ここには魔物どころか動物一匹おらぬなぁ……」


 しみじみと、ココが言った。


 ――確かに……。


 魔物に出会わないことは良いことだが――修平は戦う術を持たない。ココも、力が制限されたと言う今では、一本の狐尻尾から刀を顕現させる以上の力を持たないらしい。そして、ココは弄ばれたと言ったが、昨夜のバトルは体力的にもどっこいであった。

 ――魔物にすれば格好の餌には違いない。


 良かった、魔物がいなくて。


 しかし、それでも動物も見かけないのもおかしな話だ。

 魔物とは、魔力を帯び、通常の動物とは異なる“力”を手に入れた怪物である。魔物であるからと言って必ずしもただの動物よりも強いとは限らないが――魔物であると言うことはすべからく尋常の“(ことわり)”から外れると言うことでもある。

 ただし、「魔の理」も『理』の(うち)と言えば、すべては恙なく世界の裡で運行されているとも言えるのだが。

 その魔物がいない。そして、尋常の動物たちもいない。

 地を駆ける獣も宙を飛ぶ鳥も、そして虫たちも見かけない。


 いったいここはなんなのか。


 それは狐魔王ココが封印された土地であり、彼女の力の余波によってこの緑の、静謐なる聖域じみた森が形成されたわけなのではあったが、魔王が封印された伝承とこの生命のない森を見れば、まるで墓場じみた〈終焉の森〉と言われても、なんら不思議なことではないと思われる。そして封印されていた当人は、そのようなこと、知りもしないのだ。

 だから不思議な森。


 その程度の認識しかない。

 ――魔王なのに。


 その森を、修平とココは、二人っきりで歩んでいた。




「あー、日が暮れてきたな」


「うむ、乗り物の速度が遅い故」


「お前、おんぶされといてそれはないだろ?」


「しかしワシを傷物にしたのは汝じゃぞ」


「………………」黙るしかない。しかし、


「お前、傷物って自分で言って嬉しそうだぞ?」


「んなぁッ! そそ、そんなことありはせぬッ! ワシは悲しみのあまり……」


「はいはい、わかったわかった。じゃあ、そろそろ寝床を探そうじゃないか」


「むぅう……ワシの扱いが雑じゃ……」唸りながらも彼女は修平から降りてくれた。二本のしなやかな脚でしゃっきりと立ち、随分と元気そうだ。


 ――こいつ、自分で歩けただろ。

 とは思いつつも、やはりひょこひょこする様子には頬が赤くなるし、無理はさせられない。


 ――ゲンキンだなぁ、俺……。ココのこと、好きになってるや。

 むず痒い感覚と共に修平は頭を掻く。


 と、ココがジト眼を向けていた。金の瞳である。瞳孔の縦に窄まった、魔性の瞳。


「どうした?」


「どうしたもこうしたもあるか。そのような眼でワシを見おってからに。駄目じゃぞ? 今日はまだイカンぞ。もしも無理矢理するようなら、たとえ旦那さまと(いえど)も本気で抵抗するぞ?」


「…………色ボケ狐」


「ぬぉおッ! 汝が言う台詞ではないじゃろうがッ!」顔が赤い。絶世の美女への成長を約束されし顔面の美少女であれば、ムキになってもたいそう絵になった。


 いささか以上にサイケデリックなキライはあったが、これほどの美少女と結婚契約(エンゲージ)して抱けたなどとは信じられない。昨夜の感触を覚えてはいても、ちょっと冷静になれば、夢を見ていたのではないのかと思ってしまう。


 ――もしも夢だったら?


 ………………。



「何じゃその顔は」とココが見ていた。そしてちょっと目を逸らしながら、「べ、別に汝といたすのが嫌と言うわけではないぞ? ただ、今夜は待って欲しいと言っておるだけで……、それに、お主と触れ合っているのは、正直クセになりそうじゃったし……」


 ――ウン、AKESUKE。

 だがそれがイイ。



「ココ」


「何じゃ、旦那さまよ」


「尻尾触っていい? それと耳」


「んなぁッ! 何を不躾にッ!」


「駄目か?」


「……う、うむむむむむむ……」彼女の可愛らしい顔が真っ赤だ。


 腕組みをし、そして何やら重いものを呑み込むようにして――、



「……よ、よかろう……じゃが、や、優しくしてくりゃれ? 後、人前では駄目じゃぞ?」


「ああ、わかってる」


「なんてイイ笑顔じゃ……」


 ゲンナリした様子を見せるが、ココとて――満更でもない。

 修平は、昨夜、ココの尻尾を触る意味を教えてもらった。それは“特別に”親しい人だけに許された行為であると。そして、ココが修平に許してくれるのは、修平が彼女の伴侶であるからには違いない。



 修平はホッコリとしつつ、ココの尻尾へと手を伸ばすのであった。

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