1、異世界転生
お楽しみいただければ幸いです。
「やったぁあああーーーーッ!!!」
大森修平は狂喜乱舞した。
真っ白な部屋。世界がはじまる前でも、終わった後のようでもある。
最大級の快哉を叫び、肩が外れるのではないかという勢いで万歳し、ガッツポーズを取り、走りだし、逆立ちをし、転び、変な転び方をしたのにおかしな笑い方をし、そのままブリッジしたり転がったりしてしまう。
そんな彼に、ロリっ娘がドン引きであった。
ゆったりとした衣服であった。まるでギリシャ時代のトーガのような、カーテンを巻きつけたみたいなアレであった。ただし下はミニだ。剥き出しの細い二本の白足が、まるで生まれたばかりの小鹿のような様子でぷるぷると震えていた。
胸の前に杖を持った両腕を引きつけ、可憐な唇が戦慄いてしまう。ピンク色のショートカットにくりくりとして大きなピンクの瞳。圧倒的変質者に出会った幼女の体はビクつき、背中の二枚の翼も震えてしまうのだ。
――事案発生であった。
しかし彼はそんなロリっ娘を意にも介さず、ただただ迸る激情を発散していた。
――KENZEN。
そんな彼は、それでもまだ収まらない血走った瞳、迸る動悸、息切れとともに迫るのだ。
「異世界転生だろ‼ 異世界転生だろ⁉ なあ、異世界転生だろ女神。チート置いてけ‼ なぁ‼」
「ひぃいいいッ!」
迫り来る彼の激情に圧倒されてしまうロリ女神。だが、
(ここ、異世界転生、異世界転生ですよねッ! あなたは女神さまに違いない! ありがとうございますッ! ブラック企業に勤めて過労死寸前だった俺は、徹夜明けの朦朧とした頭で階段で足を踏み外して頭を打って死んで、気がつけばここに飛ばされていました。そんなロリな姿でも溢れ出る神々しいオーラ! きっと貴方は女神さまに違いない。お願いします! チートまでいかなくていいんで、俺、異世界ではスローライフをしたいんです! だから、えーっとー……、「農業」! 「農業」系のスキルをお願いします!)
激情と理性が入れ替わっていた。
ややどころではなく説明的すぎるきらいはあったが、彼、大森修平は自らが死んだ経緯を覚えていた。しかし、自分が亡くなったことよりも、あのブラック労働環境から解放され、原因不明の体調不良も精神的鬱屈もなければ、我を忘れて全身で感激と感謝を表すしかない!
アレである。
孔雀の雄が雌に示す求愛行動に似ていた。
ばっさぁあー、
と。
しかし、彼の理性はちゃあんと彼女へと伝わっていた。何せここは転生の待合場。そして、彼女は、見た目ロリでも真性の女神であらせられたのだから。――だけど、
――そんな、転生者にかけるはじめての言葉、ずっと練習していましたのにぃ~……。心の中で全部言われましたし、わたしの第一声はひぃいいっ、になってしまったではないですかっ! わたしのはじめて返してくださいよぅ! ……はぁ……。
取り戻せないものだからこそ、“はじめて”と言う。
それは女神だって変わらない。そして、女神の言う“ずっと”が、どれほどの期間であるのかは――各自想像に任せたい。それでも、いくらロリでイメージカラーはピンクで現在上司のローキーさまに夢中ではあっても、腐っても女神。内心ビクビクでも、
「――コホン」と威厳たっぷりに咳払いをして。
それでもその見た目では可愛らしいことこの上なかった。そしてその前には眼を血走らせて鼻息の荒い青年。
――事案発生――。
いやいや一度気を取り直して。
「その通りです。あなたは死に、そして異世界へと転生させられます」
「よっし!」
思わずガッツポーズをする彼に、ロリ女神さまは一瞬ビクッとなされた。が、気丈に、「そこで、転生者であるあなたにはギフトを授けます。これはあなたが特別だからというわけではなく、転生者にはすべからく与えられるものです」
「そうか、転生者ってのは他にもいるわけなのか……」
「ええ、その通りです」と重々しく。「だから自分だけが特別なのだとか、自惚れてはいけませんよ。そもそもわたしにはローキーさまがおりますしー……」
自分の躰を抱いてくねくねとしだすロリ女神。どうやら随分と頭の中お花畑らしい。
――そうか、この子は残念な娘なのか……。
修平は、自分の行いは棚に上げていた。
「――コホン」ロリ女神、威儀を正す。
「扠、あなたは「農業」系のギフトをお望みとのこと、それでは、ギフト「農地作成」でどうでしょうか。このギフトは任意の土地をあなたの農地へと変革させ、自力で土地を耕さずとも、ギフトで指定するだけで畑を作り、種蒔き、収穫までしてくれる優れものです。ただし、使えるギフトの機能はあなたの力量、熟練度によって変わってきますが……」
「うぉおおおンッ!」
まるで人間火力発電所バリに感激した彼にロリ女神は再びビクリとさせられた。
「流石は女神さまだ! 俺の欲しい能力をイッパツでくださった。俺たちにできない事を平然とやってのける、そこにシビれるッ! あこがれるゥ! ありがとうございますッ! もしもあなたを崇める宗派とかあれば是非入信させていただきますし、供物を捧げてよろしければ、そちらも、是非!」
「えへへ……」
ロリ女神は、本気で照れていた。へにゃりと緩んだ愛らしい顔は、思わずホッコリしてしまうものである。
人によっては思わず抱きしめたくなってしまうような――、
――大森修平は公序良俗を守った。
「しかし、わたしが差し上げられるのはギフトだけです」
ロリ女神はへにょりとした顔を正してずびしと彼を指さした。まるで
“異議あり!”
とでも言うかのようなポーズだった。
「今からあなたが行く異世界パンドラは、基本的には剣と魔法の世界。そこであなたの望むスローライフが送れるか否か、それはあなたの行いと、『意志』にかかっています!」
フンス、と彼女は鼻息を吐く。
――可愛らしい。
「この世は神と魔王の遊技場。あなたは救世の勇者として送り込まれるわけではありません、神々が見て愉しむべき駒の一つとして送り込まれるのです。気力や魔力、魔術、魔法の使い方、そして世界情勢など、それらの情報は自分で集めてください」
傲慢に。――出来る限り。
突き放すように。――得意気に。
ロリっ娘は言った。
「おっけー、望むところです。突然異世界に放り込まれるパターンもあるんだ、ワンクッションおいてギフトをもらえるだけでも重畳重畳。それに知らない方が楽しみが増えるってもんですよ」
「前向きですねぇ」
「あたぼうです!」
まだまだテンションがおかしかった。
「ではでは、」とロリ女神は手にした杖を掲げだした。
「大森修平さん、異世界パンドラへご案内いたします。せいぜい私たちを愉しませられるよう、一生懸命に励んでください。神は与え、奪い、愉しむのみ。決して、助けてもらえるとは思いませんように」
「ええ、それはもちろん」
何やらとても実感が籠っていた。
ハイ=ライトさんが消えた瞳には、女神ですら冷たい薄っすらと汗を掻いた。
しかし、彼女が杖を振るえば大森修平の視界は真っ白な輝きに包まれて、転生を開始しだす。
と、
「あ、転生しても、十五歳まで成長した姿からスタートです」
「えぇッ! 赤ちゃん時代の嬉し恥ずかしエピソードはッ⁉」
「エッチなことはいけません」
――ピンクのクセに。
「さっさといっちゃってくださいッ!」彼女に心の中は筒抜けであった。
――やっぱりピンクだ。
そんなどうでもいいことを思いながら、大森修平は、異世界パンドラへと転生させられてしまう。
しかし、
「異世界転生、ありがとうございます」
まるで世界がはじまる前のようでも終わった後のようでもある真っ白な部屋。
そこに残ったロリ女神さまはちょっと呆気に取られたようになって、
「これだから人間は」
はにかむように、微笑まれていた。
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