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82話 お師匠様、死す!

 

「お師匠様!」


 戦いは勝利した。でも、これで貴方が死んだら何の意味も無いじゃない!


「お姉様、マーリン先生は⁉︎」

「息が止まってる。心臓は動いているけど、どんどん心音が弱くなっているわ!」


 トムリドルを拘束したアリアとエースが駆け寄って来た。


「傷は酷いが、それ以上に失った血の量が不味いね」

「エース王子は薬か何か持っていないですか?」

「隠して持ち歩いていたのはこの剣くらいで、流石に今日は……」


 それが普通だ。

 私の場合は自分やアリアが普段履き慣れていないヒールで靴擦れをしそうだったから傷薬を持っていただけ。

 早く医者を呼ばないといけないけど、このままだと待っている間にお師匠様が死ぬ。


「そうだ。アイツなら何か持っているかもしれない」


 そう言ってエースは意識を失っているトムリドルの身包みを剥がす。

 すると怪しげな小瓶や何かの書類がボロボロ出てきた。その用意周到さが恐ろしかったけど、今は何かしらの薬があれば喜ばしい。


「シルヴィア、この中から使えそうなものはあるかい?」

「ハイポーションか……。使えるけど一本だけだと効果が薄くて足りないわ」


 ゲームでも登場した回復薬。傷の止血と体力を回復させてくれるけど、瀕死だと効かない。

 最上級の回復薬か、伝説の秘宝クラスでもないと!


「召喚獣に乗って医務室から、」

「それじゃ間に合わない!」


 話し合いをする時間が惜しい。

 手を握っているけど、握り返して貰えない。

 乱暴で不器用だけど私の頭を撫でたり、デコピンをしてくれた手が冷たくなる。


「召喚獣……お姉様!召喚獣ですよ!」

「何を言って……その手があったわ!!」


 私とアリアが注目したのは、倒れたトムリドルの監視を命令されたわけでもなく引き受けてくれていたユニコーンだった。

 正確にはその頭部。角だ。

 幻獣クラスのユニコーン。あらゆる病気や怪我に効く万能薬だって噂が広まり絶滅したとも言われている伝説の獣なら使える!


「ユニコーン。マーリン先生の為に貴方の角を少し貰っていいかな?」

「ヒヒーン……」


 嫌そうに、渋々ではあるがユニコーンはアリアへと頭を差し向けた。

 召喚獣とはいえ、本気で拒絶するなら逃げる事も召喚に応じずに消える事も可能だ。

 でも、こうして協力してくれるのはそれだけアリアとの間に信頼関係が出来ているのだろう。


「エカテリーナ、貴方も協力してちょうだい」

「シャ〜」


 念には念を。私はエカテリーナを呼び出した。

 毒を持つ蛇の牙は解毒薬にも使える。薬の材料になるのだ。


「斬り落とすのは俺がしよう。剣もあるし」


 聖剣を使ってユニコーンの角とエカテリーナの牙を一本採取する。

 そしてそれを魔法で粉々に砕いてハイポーションと混ぜ合わせる。

 悔しいけど、ここでお師匠様とトムリドルに教わった事が役に立つ。


「更にダメ押しよ。アリア、光の波動をこのポーションに」

「分かりましたお姉様」


 闇を祓う光。呪いを浄化するための聖なる力。

 光の巫女として選ばれたアリアにしか出来ない芸当。私が出来れば良かったんだけど、残念ながら光属性だけは適性がない。

 エースもアリアの手を握り、聖剣に祈りを捧げる。

 トムリドルを倒した光の力が今度はお師匠様を助けるために使われる。


「完成ね。ハイポーションじゃなくてエリクサーになったみたい」


 伝説の賢者の石を使った万能薬。

 錬金術で飲めば不老不死になれると伝えられる霊薬・万能薬だけど、今期待するのはその治癒効果。


「これを傷口に半分かけて、残りを飲ませ……」


 上半身の胸の傷は服を破って傷口にかけた。

 ただ、飲ませようにも息をしてないから飲めない。口から零れ落ちてしまう。

 だったら、無理に飲ませるしかない。


「これはノーカンですからね」


 残った瓶の中身を口に含んで、お師匠様に口づけする。

 そのまま舌を入れて口を開かせて流し込む。

 私もお師匠様も血の味がした。ファーストキスは甘いフルーツ系の味がするって言うけど、鉄の味しかしないわよ。

 ゆっくりと、そして確実に流し込んだ。なんなら息も送り込む。


 お願いだから目を覚まして。そしてまたいつも通りに私を褒めたり怒ったりして!


 キスをしたまま私は必死になって祈った。そして、


















 暗い場所にいた。

 色の無い世界だった。

 人や建物は白黒で、誰も泣いている子供に手を差し出さずに通り過ぎて行く。

 石を投げる人もいた。子供に怯えて逃げる人もいた。

 子供は自分が何者か分からずに泣いていた。

 人と近い見た目なのに人と違う。

 半分は違う生き物の血が流れている。


「お師匠…様?」


 今と似ても似つかない泣いてばかりの子供がマーリンであると私は確信した。

 子供は何度も人に近づこうとして拒絶された。仲良しな親子を見て、鏡に写った自分を見て泣いた。

 愛を探していた。でも、子供は親戚や近所からも嫌われていた。

 妖精と人間のハーフ。それはあってはならない禁断の存在なんだと、感覚で私は理解した。

 これは私の知らない【どきメモ】の設定だ。

 ううん、マーリンの人生だ。


「泣かないで。私がここにいるよ」


 子供は独りぼっちのまま少年になった。

 周囲に愛されず、助けて貰えないなら自分で身を守れるようにならなくては。そんな脅迫観念染みた考えで行動していた。

 近づく者は全て敵。小型犬みたいにキャンキャン吠えながら少年は成長していった。

 幸いにも忌むべき血は魔法の才能の塊で、少年は賢かった。

 自分よりも弱い者には見向きもせずに、のし上がって行った。トムリドルもその過程で倒した。

 でも、どうしても個人の力では限界があって、少年はエリザベス・ホーエンハイムに拾われた。

 あんなキャラだけど、エリちゃん先生は捨て犬みたいな少年に詰め込めるだけの知識と生きる術を与えた。


 無愛想な少年だけど、その時だけは泣かずに目を輝かせていた。

 そして少年は青年になり、学園都市を卒業。引き留める人達を無視して広い世界を見て回る事にした。

 何故自分は生まれたのか。自分の存在に意味はあるのか?あるとしたらそれは何のためか?


 そんな時に神の啓示を受けた。


 文字通りの天命だと思い、それに縋った。

 それしか無いと思った。

 でも、旅は順調にはいかなかった。世界は青年が思っていたよりずっと広くて、いくら魔法の才能があっても全てを見れなかった。途方に暮れていた。


 その中で立ち寄った町で一人の少女に出会った。


 いつかの自分と同じように泣いていた。

 危なっかしい姿が重なって見えた。だから声をかけた。


「私だ……」


 青年は少女の家に雇われた。

 旅の資金を準備する為に同じような事はあったし、弟子にして長めに居座ろうとしたのは行く当てもなく途方に暮れていたからだ。

 でも、そこから青年の世界に色が付いた。


 世界の中心は青年では無く、とある一家。

 微笑ましい愛のある家族を羨ましげに青年は眺めた。そしてそれを尊いと思い慈しんだ。

 ここまでの経験や考え方のせいで分かりやすくは無かったが、少女を始めとした家族は受け入れてくれた。


 長居をすれば旅立つのが辛くなると思って、少女の誕生日に大魔法を見せて別れを告げようとした。

 それなのに、マーリンの心情を何も理解していない少女は無邪気に喜んで、教えをせがんだ。

 出て行くタイミングを失った。


 季節が変わり、青年は悩んだ。

 この幸せが危機に晒されている事に。

 そして、それがまた自分の手には負えない事に。

 青年にはツテが少ない。コネや媚が嫌いで、頼れる人物もいない。恩師と呼べる人は学園都市内の勢力争いで手が一杯だろうから迷惑をかけたくない。


 家族が引き裂かれる決断を止められなかった。

 ならばせめてこの少女だけは守ろうと誓った。

 自分と違って愛されている子を。生まれ持っていなかった魔法を掴んで勝ち取った子を。


「重いんですよお師匠様は……」


 厳しくした。

 教えられる事は全て叩き込んだ。自分がそうして貰ったように。

 神からの啓示は忘れていなかったが、それよりも大事な事が増えた。


 山を見た。

 海を見た。

 オーロラを見た。

 笑顔を見た。

 泣き顔を見た。

 寝顔を見た。

 恥ずかしがる赤い顔を見た。


 自分には勿体ない旅だったと思った。

 そんな矢先に学園都市から手紙が届き、少女を見守るついでに光の巫女が見つかればいいなと教師を引き受けた。

 トントン拍子で見つかったし、話しかけるきっかけや接点は弟子が作ってくれた。

 教えられない分野について恩師に相談した。

 断られる事を考えて、別のパターンを想定していたのにあっさり引き受けられた。

 青年は誰かを頼る事のハードルは思ったより低い事を覚えた。


 腰を据えての研究は楽しかった。環境では無く、自分自身が魔法を好きだと気づいた。

 人と関わるのも教師としてなら気が楽になった。

 弟子が次々と巻き起こす騒動に振り回され、当時の自分の教師達に申し訳ない事をしたと考えるようになった。


 そして、弟子の少女は子供じゃなくなった。


 いつも少女の事を考え、研究に集中出来ない日もあった。

 長年連れ添った事による父性、親心のようなものか?

 それとも、師として教師としての役目だからか?

 初めての気持ちに名前をつけられないまま悶々とした。


 感情なんていらない。他人との繋がりなんていらない。

 そんな少年はどこへ消えたのか?


「君はいつしか立派になった。私を助けるために単騎で乗り込み、仲間と力を合わせて巨悪を討ち倒した」


 青年が振り返り、私に話しかけた。


「ここって何処なんです?」

「私の精神世界のようなものだ。本来なら君が立ち入るはずは無いが、何かしらの魔術的なパスが繋がれたせいだろう」


 心当たりはエリクサーを飲ませるためのキスか。

 互いの血を交換して強く願った。アリアの光の加護もあった。


「……色々と見られてしまったな」

「本当ですわ。こんな暗くてジメジメした記録を見せられる私の身にもなってください」

「君のよりはマシだろう。日本という国で友達作りたいのに怖がっていた君よりは」


 は?なんて言った?


「ど、ど、どうして知ってるんですか⁉︎」

「中間試験で暴走した後だ。君に渡していた魔道具には魔術的なパスを微弱だが繋ぐ効果があった。手を繋いで寝ただろう?その時に一方的ではあるが垣間見た。君がどうして物覚えが良いのか、誰も知らないような魔道具のアイデアを思いついたのか納得した」


 バレてた。日本で隠キャでオタクで、乙女ゲームが大好きだった女子高生って。

 そのくせ幼女ぶったりして甘えたとか、精神年齢の合計だとそんなに年の差が無いのもバレた!!

 恥ずかしいんですけど!


「ゲームとやらの中身までは見えなかったが、君が何かを知った上で事件の解決を望んでいたのも気づいた。転生した事を打ち明けなかったのは拒絶されるのが怖かったからだろう。その考えは正解だし、不慮の事故で知った私以外には決して口外しないよう」

「えっと、お師匠様は怖がったりしないんですか?」

「興味深くはあるが、私よりはマシだろ。私は半分人間じゃ無い。君は人間から人間になっただけだ」


 あっさりと言い放つお師匠様。

 なんか、心配してた自分が馬鹿らしく思えるんですけど?


「ともあれ、君の心配事であったクローバー家の敵や学園都市を脅かす脅威は去った。聖剣を手にしたエースや光の巫女として覚醒したアリアくん。クラブやソフィアくん、エリスくんがいれば君の未来は安泰だ」


 頷きながら話すお師匠様。

 どことなく満足げな言い方だった。


「理事長は気が抜けないが、優秀な魔法使いである以上は悪い様にはしないだろう。エリザベス先生は頼れる人だ。学園内で何かあれば相談しなさい」


 言い残した事を全て伝えるように、普段より饒舌な口だ。


「お師匠様は?お師匠様は一緒じゃないんですか?」

「……私の役目は終わっただろう」


 残酷な一言だった。


「敵はいない。君は仲間と成長した。独り立ちの時だし、周囲の環境も整った。神から与えられた啓示も果たした。もう、私の役割は終わった」


 この人は、この男は、この馬鹿は!!!!


「どうしてそんな事言うんですか!生きる事を諦めたような事を言わないで下さい!」

「もう私は助からない。最期の一瞬にこうして君と話せただけで満足だ」

「たったこれっぽっちで満足しないでよ!まだ、やり残した事ややりたい事があるでしょ!」

「人は死ぬ。素直に受け入れるべきだ」

「どうしてこんな時まで頭が固いかなぁ……」


 今見た境遇を考えたらしょうがない気はするけど、それにしたって鈍感で唐変木だ。


「私が!貴方の弟子のシルヴィアが必要としているんです!だから死ぬなんて許さない!お師匠様は私を残して泣かせて逝くんですか⁉︎」

「…………君の成長を最後まで見届けられないのは惜しくはある」

「なら、なんで!」

「あのまま生き残っても、私は君にとって邪魔にしかならない。幸せを掴もうとする君の障害になってしまうからだ」


 ???

 なんだか様子が変だぞ?


「話は聞いている。シルヴィアがエースやジャックから告白を受けている事も。クラブだって実の姉弟では無いから結婚も可能だ。誰を選んでもクローバー家の、君の将来は明るいものだと約束されるだろう。それを私の我儘で困らせたくない」

「えーと、つまり?」

「師として、教師として失格だ私は。自分の弟子にこのような感情を持つなんて、何度も自問自答をしたが同じ解にしか辿りつかない」


 捲し立てるように早口になるマーリン。

 それに対して私はとても大きな、それは大きなため息をつく。


「はぁ〜〜〜」

「む。何だその態度は」

「情報が古いんですよお師匠様は」


 ずいっと近づいて、とぼけた顔を指差す。


「クラブはただの弟としか見てないですし!ジャックとエースからの告白は断りました!」

「君は馬鹿か?歩く災害のような君を受け入れてくれる物好きをフッたりして、嫁の貰い手を無くしてクローバー家を崩壊させるつもりか?」

「何で私が右手の薬指に貰った魔道具の指輪を嵌めていたか察しろこの鈍感男!」


 とぼけた顔が固まった。

 ここまで言わないと気づかないの?

 魔法以外は本当にダメダメねこの人。


「それはつまり……私なんかで良いのか?」

「それ以外に何があるんですの⁉︎節穴ですかその目は⁉︎」

「教師だぞ私は?」

「卒業してからなら問題無いでしょうが!」

「年も君より遥かに上だ」

「精神年齢に大差無いです!ってか、これくらいの年齢差なんて貴族じゃなくてもざらにあるでしょ!」


 あーもう!腹が立つ。

 ムードも雰囲気もあったもんじゃない。


「私は、シルヴィア・クローバーは、他の誰でもないお師匠様が、マーリン・シルヴェスフォウが好きなんです!!」

「私も、君が好きだ。愛しているシルヴィア」


 何故だか怒りながらの告白になってしまった。

 色々な感情がごっちゃになって全身が真っ赤になっている。

 お師匠様はあまり普段と変わらない表情だけど、目が優しい。

 それと、精神世界に花が咲き乱れて空が晴れてハートが浮かんでる。

 心の中は素直だなコイツ!


「だったら、好きな人を置いて死のうとしないでください。ほら、さっさと生き返りなさい!」

「気持ちは天にも登る勢いだが、ここは大人しく現世に戻ろう」





















 閉じていた目を開く。

 すると、ゆっくりとマーリンの目蓋が持ち上がった。


「お帰りなさいお師匠様」

「ただいま。シルヴィア」


 アリアやエースがいる事を忘れて、どちらからともなく唇を重ねてキスをした。


 今度は少しだけ甘い味がしたような気がした。











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