76話 三人目のその前に。
クラブ、ジャックと連続して踊ったので少し息が上がってしまった。
特にジャックにはかなり疲弊させられた。肉体的にも精神的にも。
このまま第三曲に突入するなら魔法の使用も辞さないと考えていると、ボーイの仕事をしている人からグラスを差し出された。
「お疲れならこれを飲んだ方が良いですぜ」
「あら、ありがとう……ぶふっ⁉︎」
渡されたジュースを一口飲んだ瞬間、吹き出してしまった。
そしてそれはボーイの子にかかってしまった。
「ご、ごめんなさい。……んふっ…でも反則よその格好は」
「レンタルの作業着だったのでこれしか無かったのですよシルヴィア教官」
私がボーイ服を濡らしてしまったのは、いつぞやの喫茶店でエースに預けられた鍵を私に渡したFクラスの生徒だった。
黒光りした肌に真っ白な歯。ボディービルダーのような筋肉をしていて、服の……服のボタンが限界まで伸びて引きちぎれそう。肩から嫌な音がして、長袖がノースリーブにならないのが不思議な格好だった。
子供服を無理やり着た大人って感じよ。笑わないのがおかしいわよこんなの!
ただ、本人はとても真面目だったようで、濡れてしまった制服に困っていた。
「ボーイ服の替えはもう無いの?」
「あります。ただ、今から余興が始まるので見れないのが残念です……でも、お気になさらずに!今年はボーイのバイトですが来年は実力で参加してみせますとも!」
「二年生は全員参加よ。あと、ポージングしたせいでボタンが弾けたわよ」
これは失礼!と豪快に笑う男子。
Fクラスって最下位で魔法が全然使えない子達の集まりだけど、今なら肉弾戦で上位クラスを圧倒できそうよね。
やっぱやり過ぎたか……。
「おい新入り!何サボってんだ早くしろ!」
「すいませんアアアさん!汚れたので制服を着替えてきます。………では、シルヴィア教官も引き続きお楽しみを」
同じ仕事をしていた仲間から注意され、私の前から消えたマッチョ。
一口しか飲んでないから喉が潤ったとは言えないけど、肩の力は抜けてリラックス出来た。
そういえば余興があるって言ってたわよね?
「みなさん。ご注目を〜」
エースを探して合流する前に音楽が止まった。
司会の案内で再びステージ上に理事長が立った。
「会場が温まって盛り上がってきた所で、この祈願祭の最大の目的である儀式をするのじゃ。皆、手を儂に向かって突き出してくれ」
そう言って、理事長は何かを両手で持ち上げ高く空に掲げた。
見たことある黄金のゴブレット。聖杯だ。
まず最初に教職員達が手を伸ばした。すると、掌から魔力が吸い上げられていく。
それに続いて生徒達も手を伸ばす。私も場の雰囲気に合わせて同じようにすると体から力が抜けていく感覚を味わった。
会場中から魔力が集まる光景はちょっと神秘的な感じがした。
「ご苦労。これで最低限必要な量は溜まったの。この聖杯に集められた魔力は来年度の学園の発展に利用される。二年生は最終学年になり、この魔力の恩恵を一番に受けるからの。これは代々ダンスパーティーで儀式をしておるんじゃ」
学校行事で恒例のちょっと長いありがたいお話が始まった。
内容は前に理事長の部屋で聞いたことと同じで、最終学年だと魔道具の材料に特殊な素材がいるのでその培養のために地脈を活性化させるのだそう。
他の一般生徒からは明日以降の撤収作業時に回収するのだとか。
「では、儂の話はここまでにして、余興の紹介をしてもらおう。トムリドル先生、よろしくじゃ」
理事長からマイク代わりの魔道具を渡されたのは、エリちゃん先生の補佐、雑用係としてこき使われていた
うだつの上がらない薄毛の教師だった。
「どうも。魔法薬学と魔法生物担当のトムリドルです。みなさんが楽しそうに過ごしているのを見て、入念に準備をした甲斐がありましたよ」
いつものように腰を低くしてペコペコ頭を下げる。
昔はエリート教師だったみたいだけど、お師匠様のせいで下働きのままになった。
そんな話を………どこかで聞いたわね。
私からしたらお茶を淹れるのが致命的に下手くそなオジさんというイメージしかない。
「今回はいつもと趣向を変えて、外部からのゲストを招いてパーティー自体の運営も生徒主導になるようにしました。責任者は私でしたのでとても大忙しでしたよ」
大袈裟に汗を拭くトムリドル先生。
その自虐ネタに失笑が会場から漏れる。
「そして今年は私が担当する魔法薬学研究クラブの生徒達と農場運営担当の生徒達による新作のワインやジュースが用意され、会場の全員に振る舞われています。試作品なので味はイマイチかもしれませんね」
あぁ、さっき飲み損ねたジュースか。
劇的に不味いわけじゃないけど、変な味がしてた。どこかで嗅いだ事ある匂いだったわ。
「それでは余興を見せてくださる方々をお呼びしましょう」
トムリドル先生のコールで講堂の別室からゾロゾロと仮面を被った人達が現れる。
ピエロのような化粧をしてる者もいて、昼間に大道芸をしていた一団かな?
「遠路遥々はシザース領から。高い技術と組織力を持った我らが同志達。そして、そのスポンサー殿」
トムリドル先生の横に立った二人の人物がその仮面を取り外した。
「ベヨネッタ・シザース嬢とシザース侯爵です」
学園から姿を消したはずの縦ロールと、その縦ロールによく似た顔立ちの偉そうなおっさんが素顔を晒した。
「では、余興を開始します。全員、手を頭の後ろで組んで地面に座りましょう」
いつもと変わらないトーンでトムリドル先生はマイクを通して命令した。
仮面をつけたり、仮装していた連中は隠し持っていた武器を取り出す。
「くっ。生徒を守れ!」
どこかで教師の声がした。
会場にいた教師達が武器を持った連中に挑もうとして、斬り伏せられた。
鮮血が飛び散り、講堂内はパニックへと変わる。
「儂らも行くぞ」
「あたしに命令すんじゃないよ!」
相手の技量を察したのか、学園トップ陣が前へ出る。
お師匠様に引けをとらない腕前の人達だ。これで勝てる!
「おやおや。理事長とホーエンハイム様。今のあなた方では私に届きませんよ」
だけど、二人が構えた杖から放たれた魔法は、あっけなく撃ち落とされ、仮面の男達に囲まれてしまった。
ど、どういう事⁉︎理事長の魔法は万能で最強に近いし、エリちゃん先生の光魔法は速すぎて並みの人間では防御が間に合わないのに。
その二人の魔法が効かないなんて……。
「ちっ。力が入らないさね」
「魔力を乱れさせる効果……毒を盛ったんじゃな?」
毒ですって⁉︎
「流石は理事長。皆さん、ワインやジュースのお味は如何でしたか?私の専攻科目をお忘れなきよう」
会場にいる魔法使い達はその最大の能力を発揮出来ずに絶体絶命のピンチを迎えた。
………私、毒効かないんですけど?