68話 追跡中ですわ!
「マーリン先生。学園を出たのはいいですけど、どうやってソフィアさんを見つけるんですか?」
私達が学園を出発したのは日が沈む頃だった。
御者はお師匠様が。他のメンバーは屋根付きの馬車の中にいた。
「まだ連れ去られてから丸一日は経っていない。そう遠くまでは行っていないだろう。それにこちらは速度が違う」
馬車を引くをのは普通の馬ではなく、アリアの召喚したユニコーンとエリスさんの召喚獣のケルピーだ。
ケルピーは馬なのに魚っぽい鱗と背びれがある水の精に近い存在だ。
学園都市を朝方に出発した怪しげな馬車はあくまで普通の馬だったというので、どこかで休憩をしないと潰れてしまう。
こちらの方は召喚主の魔力が続く限り疲れ知らずだからね。
「周囲に怪しい影やいかにもな隠れ家が無いかクラブの鷹が見張り、私の犬達が先に匂いを追っている」
馬車の小窓から顔を覗かせると、確かに上空には翼を大きく広げた鷹が。馬車の周りには細身の犬達が並走している。
「お師匠様。こんなに召喚獣を使役してみんな疲れてしまうんじゃない?追いついたとしても戦闘になったら」
「その為の君だ。エカテリーナを使い、実践的な戦闘になればこの中で一番機動力、攻撃力に優れているのだからな」
私だけ仕事が無かったのはそれが理由なのね。
「お姉様。今のうちに食事を」
閉店間際の店で買い占めたパンやサンドイッチを全員に配る。冷たくなったものは火魔法で温めたり、飲み物は水魔法で用意する。
「五つも属性があれば便利ですわね」
「いやいや。水魔法と闇魔法についてはエリスさんに敵わないって」
「当たり前だよ姉さん。カリスハートはうちと比べ物にならない上位貴族なんだからさ」
「いいえ。クローバー家も十分に凄い名家ですわ」
貴族の子達とは思えない走る馬車内での夕食。
エリスさんにはとっても窮屈じゃないかしらこれ?
「クローバー家ってそんな大した家だっけクラブ?」
「……歴史は古いらしいが、ずっと伯爵だったからね。そこは直系の姉さんが話を……聞いているわけないか」
知らないわね。クローバー家にいたのは一年足らずだし。
それ以前の記憶は無いからクラブの方が詳しいはずでしょ?
「クローバー家は建国時から存在している貴族ですよ。一番最初に光の巫女や初代国王の味方になり、闇の軍勢と戦ったとされています。しかし、最初の当主が口下手で、人付き合いが苦手だったことが原因で高い爵位を得られずに片田舎を領地に与えられたとなっています」
血族二人が知らない情報を色々と教えてくれるエリスさん。
この人の方が詳しいことを知っているって色々終わっているわねクローバー家。
一番最初の当主がもっと頑張っていれば他の貴族から馬鹿にされたりシルヴィアが野心を燃やすことも無かったんじゃない?何してるのよご先祖様。
「エリスさんはお詳しいんですね」
「家柄もありましてね。色々と調べて学んでいますの」
そりゃあ、エース直属の敏腕女スパイだからね。
「今回のピーター・クィレルが逃げそうな場所にも心当たりがありますから」
「そうなんですか?」
初耳ね。なんとなくで追っているかと思っていたのに。
「国内であればいずれ追手が来るからな。おそらく、外国に近い土地か船の出入りがある港町か」
「正解ですわマーリン先生。犯人を乗せた馬車は海産物を学園に運ぶ為にやってきた物です。学園都市に侵入するには業者を装うのが一番ですから」
確かに。学園都市の出入りの検査は厳しい。
二つある門以外からの侵入は命の危険もあるので、そのどちらかを利用するわね。門を通れるのは関係者か招待された者、そして学園都市と交易する業者のみ。
「一番近いのは山を越えた港町か」
「私とお師匠様がいた町ですね」
「あそこならば外国行きの船も多いか」
最初に滞在していた場所だ。
お師匠様から魔法の基礎訓練をさせられた所で、寒中水泳して死にかけた。クラーケン焼きは美味しかったわね。
「だとしたらもうこの国にいないなんてことも……」
「それはないわよアリア。急いで逃げ出した相手が簡単に山を越える事は出来ないわ。必ずその手前のどこかで休憩をする。そうですよねお師匠様!」
「その通り。我々はピーター・クィレルが山を越える前になんとしても捕縛する」
お願い。私達が追いつくまで無事ていてソフィア!
「寒い……」
普段と違う屋外での就寝に耐え切れず、途中で目が覚めてしまった。
夜空は真っ暗な闇から少しずつ明るくなり始めており、学園都市を出てまもなく丸一日が経過する。
「そして臭い」
寝床として利用していたのは魚類を運ぶ為に使われていた馬車。実際は生臭い魚が大量に入った木箱の中に危険物や売買が禁止された商品を密輸していた。余りの臭いで門番達も検査が緩くなりがちだった。
そこを利用して都市外に出たのはいいが、臭いが服にまで染み付いてしまった。
とはいえ、臭いの原因は他にもある。
「お早いお目覚めですな旦那」
「まだ出発は出来ないのか」
声をかけてきたのは薄汚い服装の日によく焼けた男だった。
馬車の業者であり、私へ指示があった賊のまとめ役。本業は漁師で、それだけでは暮らしていけないのでこうやって非合法な手段に出ている。
「無理でさぁ。元から良い馬じゃないし、ここで無茶すると潰れて港まで辿りつかねぇ。むしろ一日でこの砦まで来たことを褒めて欲しいくらいだ」
砦……か。
元々は何かしらの観測所や見張り場として利用されていた建物。その中に馬車はあった。
出入口が複数あり、中には浮浪者や賊が住み着いている。
下手に移動するよりは安全かもしれないが、何か嫌な予感がする。そもそもが魔法使いでは無い一般人の無能の集まりだ。
「長居はしたくない。どんな手を使ってもいいから早く私を逃せ」
「それにはお代を弾んで貰わないと割にあわねぇな」
くっ。すぐにこれだ。
何かと金を要求してくる卑しい人間だ。
この場にやってくる前にもいくらか要求された。
「今は手持ちが無い。代わりに物で支払おう」
「旦那にあっしらが欲しがる物が提供できるので?」
「あぁ。一緒に馬車に連れて来た使用人の女は好きにして構わない。元々、逃げ出したのがバレる時間を稼ぐ為に拐ってきた。一日も経てば編成隊が組まれるかもしれない。私にとっては価値がない」
改めて見ると見覚えのある顔だったが、所詮は魔法使いではない一般人。
死のうが生きようが関係無い。私の為に連中の慰め者にでもなれば得だ。
「確かに。上玉ってわけじゃないですが、抱けない女でもねぇ。うちの連中は血気盛んですから丁度いいや。数日保ってくれれば楽しめますでさぁ」
下品な笑い声を出すまとめ役。
物や金銭を与えれば何でもするというのは間違いないが、今後はなるべく利用したくないな。
「なら出発を急げ。寒気が止まらないのだ」
「冬ですけど俺らより厚着してる旦那が風邪ひきましたかい?」
「知らん。風邪にしては咳や鼻水はない。背筋がゾクゾクするだけだ」
誰かが私の噂をしている……きっとマーリンとシルヴィア・クローバーだ。
「おい野郎共起きろ!出発を早めるぞ!」
「お頭、まだこの女で遊んでないですよ」
「おっかねぇ山を越えるんだ。少しだけ楽しませてくだせぇよ」
「しゃーなしだ。日が昇る前に済ませ!日の出と共に動くぞ」
私の命令を無視して時間を遅らせるまとめ役。
ここで魔法を使って脅してやってもいいが、その場合だとこの場の全員を相手しなくてならないし、山越えの安全なルートも分からなくなる。
くそ!やはりこんな下等な人間のいない優れた魔法使いが支配する国が必要だ!
「ぐへへへ」
「おら、脱げよねえちゃん」
「離して!離してください!ヤメて!」
身動きの取れない使用人を組み伏せ、覆い被さる男達。
何が悲しくて寝起きでこのような光景を見せられなければならないのか。
だがまぁ、色々と鬱憤が溜まっているのは事実だ。女の悲鳴を聞いておくのも意外と悪くは無いかも知れないな。
直後、派手な爆発音が建物を揺らした。