61話 森へ出発ですわ!
「よし、出発しましょう!」
「元気がいいねシルヴィアは」
「少しは落ち着きたまえ」
本日は私とエースとお師匠様という珍しいパーティーで冒険することにするわ。
目的地は学園都市の外れにある森。野生動物がいたり不思議な草木が生い茂っているから普段は立ち入り禁止だ。そこで理事長に相談して、お師匠様が監督役をするならと許可を貰った。
「今度こそ先にアイテムをゲットするのよ!」
「確か、今回探すのは初代国王に所縁の品だったかな?」
「えぇ、そうよ」
「光の巫女と共に闇の神を封印した英雄。興味深いな」
七不思議の一つ。迷いの森の謎遺跡。
森に生えてる魔樹という変な木のせいで森の中では方向感覚が狂う。霧も発生しやすくて過去に度胸試しで挑戦した生徒が何人も森の中で獣の餌になった。
そんな中、一部の帰還者達が森の中でいかにも怪しい遺跡を見たと報告をした。
教師陣が調査に向かったが、そんな場所はどこにも無かったことから遭難中に見た幻として処理されたの。
「だけど、その帰還者の中で遺跡を見た者にはある共通点があった」
「そうよ。帰還者は誰もが王家の血を引いていた」
王子や姫だったり、分家の子や王家を追放された者の末裔だったり。
逆に王家の人間だとしても、養子や婿、嫁に来た人には反応しない。血によって判断されている。
「ここ数十年は立ち入り禁止だから情報は古かったが、当時の生徒だった理事長やエリザベス先生の証言もある。遺跡が実在するのは間違いないだろう」
あのお爺ちゃんお婆ちゃんの学生時代なんて想像できないんですけど。
「王家の血筋しか入れない遺跡。何があるのか……」
「記録ではどの生徒も森から脱出するために一時的に身を隠しただけで深奥には辿り着いていないそうだ」
偶々見つけた怪しい遺跡の奥に無謀に挑戦する猛者は今までいなかった。
ゲームではシルヴィアにいじめられたアリアが罰ゲームで森に入らされ、それを心配したエースが助けに来て遺跡に突入!って流れだった。その時はアリアとエースは七不思議について調査をしていたからお試しで奥に進んだら引き返せなくて命辛々アイテムをゲットした。
隠されているアイテムの中でも入手難易度は高めね。そもそもが遺跡に辿り着くまでに危険があるんだもの。
「シルヴィアはこんな森に入って怖くないのかい?」
「え?なんで?だってエースとお師匠様が一緒なのよ。怖がる理由が無いじゃない」
私の返事に対してエースは口をポカンと開けた。数秒後には口角を上げて笑い出したけど。
「そうだね。君が信頼するマーリン先生がいて、遺跡に導かれる俺がいる。そこにシルヴィアもいれば怖いものなしか」
「戦力的にもエースは信用してるわよ」
「俺がかい?」
「このメンバーで光魔法が使えるのはエースだけよ。遺跡の中で火魔法を使ったら酸欠になるかもしれないでしょ?その時の照明係はエースだし、魔法の発射速度なら私にだって負けないでしょ?」
規格外な教師陣のせいで霞んでいるけど、エースは十分強いのだ。
男子の学年トップをジャックと争っているけど、並の貴族の大人は既に超えている。これでまだまだ成長途中なんだから末恐ろしい。
光魔法でもアリアが固定大砲だとすればエースは小回りの効く小銃だ。魔力量もあるし、集団戦や電撃戦では大活躍する。
「そこまで高く評価されると嬉しいね」
「お世辞じゃないからね?」
「あぁ。わかったよ」
歩くペースが少し速くなったエース。
足取りが軽そうなのが目に見えてわかる。
「そろそろ森の中心部に近づく。警戒を怠るな」
お師匠様の警告に頷き、エースは杖を。私は指先に魔力を巡らせていつでも動けるように準備した。
入り口からしばらく進んだけど、辺りに生えている植物の雰囲気ががらりと変わってきた。背の高い草や風もないのに枝が揺れる木。
空気も冷えて、白い霧が出てきたのだ。
「これは確かに道に迷うね」
「お師匠様から離れちゃダメよ。一人になったらエースだけ遺跡に着いちゃうから」
離れ離れになると確実に遭難する。帰還者には王家の血筋が多い。遺跡には森の出口でもあるのだろうか?
それ以外の帰還者は運が良かったか、規格外な魔法使いだったかだ。
でも今回の場合だと私とお師匠様は脱出してもエースが出てくるまで迎えに行けない。
なんとしてでも離れないようにしないとね。
「霧が濃い。魔樹から漏れ出した魔力のせいで私の召喚獣でも匂いを追えない。足元も見づらいから注意するんだ」
「ほらエース、手を出して」
すぐ近くにいるはずのお師匠様の顔ですら薄らとしてきた。
これは予想以上だと思ってエースの手を掴む。物理的に触れていれば迷子にもならないでしょ?賢いわね私。
「……シルヴィアは手が小さいんだね」
「エースの手は思っていた以上に大きいわね。ゴツゴツもしているし、何かやっているの?」
正直、イメージとしてはペンを持って書類と睨めっこしかしていないと思っていた。
「魔力が切れても戦えるように剣術もね。王子なら誰しも武芸を鍛えられるのさ。まぁ、剣術だけならジャックに負けるけどね」
「ジャック、拗ねるかしら?」
「俺達だけで森に来たからね。『遺跡に王家の血が必要なら何故オレ様を選ばなかった!』ってなるだろうさ」
「帰ったらご機嫌取りをしましょう」
辺りの雰囲気も薄気味悪くなってきたので、会話だけは明るくしておく。
冗談も口から出るし、心細くないわね。
気になっているのは、私の手汗が多くてエースが気持ち悪いと感じていないか。年頃の異性と手を繋いで歩くなんてしたことないから緊張してる。
それに相手が私に告白してきたエースだから尚更よ。
「……変だな」
「何が変なんですかお師匠様?」
シルエットだけしか見えないくらい濃い霧の中、お師匠様は立ち止まった。
「ここまで来たのに獣を一匹も見かけていないし、魔樹も霧を出すだけで襲い掛かってこない」
「……魔樹って襲い掛かるんですか?」
「前に解説しただろう。魔樹は枝を鞭のように振るったり、成長した実を投球してくると」
あー、なんかあったわね。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて聞き流したけど、とんでもない植物ね。
その分、希少価値も高くて良質な素材として杖や魔道具に使用されている。振り分け試験で私が破壊した的も高額だって聞いたわね……説明しなかった教師が自腹で買い直したらしいわ。あの時は一番苦手な火魔法を使ったのにね。
「でも、お師匠様はそんな事に気づくなんて凄いですね」
「別に。前に得た経験から不自然に感じただけだ。私は学生時代にここで素材採取をしていたからな」
おい。この森って生徒の立ち入り禁止って自分で言わなかった?ここ数十年って!
「森から離脱できないから危険であって、私には関係無い」
「当時の教師陣の苦労が偲ばれるわ……」
自分なら平気だって言って、危険な事を沢山したんでしょうね。
それで成功したものだから自信がついて周囲の人にも出来るはずだ!って。その被害者が私よ!
「何を言っている。人が立ち入らない魔樹の群生地は年季の入った良質な素材の宝庫だ。それを放置するほど私は馬鹿ではない」
「立ち入り禁止に入る時点で馬鹿なんですよ!学校のルールくらい守りなさいよ不良教師!」
「それだとシルヴィアにもブーメランが……」
私のはみんなの為を思って隠しアイテムを集めるための行動であって、お師匠様みたいに自分の欲を満たすだけじゃないわ。
そこの違いは理解してもらいたいわね。
「時効だ。知らん」
顔は見えないけど、首をプイッと横にした気がする。
こ、この師匠は〜!
「それより、マーリン先生の言う事が確かなら森に異変が起きているのですか?」
「分からない。もしかしたらエースがいるからかもしれない。帰還者は王家の血を引くから襲われずに帰れた可能性もある。どちらにせよ、学生時代は一人で森に居たからな」
「……そうですか」
残念ねエース。これがうちのお師匠様よ。
異変についても学生時代に友人か王族と一緒なら原因が分かったんでしょうけど、この人はボッチだったらしいから。
友達がいたらこんな傍若無人な研究馬鹿にならないわよ。
「シルヴィア。理由は分からないが戻ったら修行の負荷を倍にする」
「なんでですか⁉︎」
エスパーか?エスパーなのかこの人⁉︎
「多分、君の思考回路を読んだだけだよ。俺だって今の君が何を思ったか読み取れる」
「やっぱり王族ともなれば人心把握術を身につけているのね」
「……この場合はシルヴィアが分かりやすいだけだね」
呆れた声で話すエース。
私ってそんなに分かりやすいの?
「だがしかし、襲われないなら霧に注意して進むだけだ。このままゆっくりとーーー」
「お師匠様⁉︎」
納得いかない私が動かない中、お師匠様の声が突然消えた。
シルエットすら見えなくなった。
「エース、追うわよ!」
「あぁ」
真っ直ぐ進んだはずだから前に進んで追いつこうとする。
転ばないように足を踏み締めながら小走りで移動したのにお師匠様は居なかった。
「確かにこの方向だったわよね?」
「たった数歩しか離れていないはずだ。それなのに気配すら感じられない。霧のせいなのか、それとも別の原因が……」
今、私とエースを繋げているのは握った手だけ。
この手を離してしまえば私達も離れ離れになってしまうだろう。
「もしかしたらお師匠様を追い抜いた可能性があるから少し手前に慎重に戻りましょう」
「そうだね。そこでマーリン先生を待とう」
お師匠様の姿が消えた地点まで再び歩く私とエース。
大体の感覚で十数メートル戻る。
「……この辺よね?」
「あぁ。……だが、これは……」
先程までの濃い霧の中を進んだはずなのに、その場所には霧が無く、視界が開けていた。
だがそこにお師匠様の姿は無く、まるで私達が引き返して来るのを待っていたかのように古びた材質で建てられた遺跡があった。
「こんなの無かったよな?」
「えぇ。あったら気づいているわよ」
エースと私だけ、目的地に辿り着いてしまった。