44話 集合しなさい!
「はぁ……」
溜息を吐きながら手に持ったイヤリングを眺める。
とてもキラキラしていて可愛い。サイズもデザインも私好みで普段から付けておきたいアイテムだ。
ダンスパーティーでドレスと合わせればとてもお洒落に見えるだろう。
しかし、これをつけるということはジャックの告白を了承したって意味だ。
「ねぇ、私はどうしたらいいの?」
「知らないよ姉さん……いきなり談話室に呼びつけてなんなのさ」
「そうですよお嬢様」
エリスさんの呼び出し状を渡された個室にはクローバー家の関係者が集合していた。
逃げ出した私はとりあえず部屋の掃除をしていたソフィアを拉致。寮内で読書していたクラブをエカテリーナで捕縛して連行した。
「これ見てどう思う?」
「素敵なイヤリングですね」
「でもこれ、素材やデザインが特殊だね。魔道具にも使われてる珍しいものが混ざってる。オーダーメイド品かな」
「女性にイヤリングのプレゼントなんてまるでプロポーズの品みたいですね」
イヤリングを観察して二人が感じたことを口に出した。
間違ってないよソフィア。
「えぇ、そうよ。プロポーズされた時にもらったの」
「流石、王子様だけあってセンスが素晴らしいですね」
「そうね……王子様だからね…」
「姉さんまさか、」
ソフィアは素直に褒めていたが、クラブは何かを察したのか顔を強張らせた。
頬がピクピクして、顔色が真っ青になる。
「ご明察ねクラブ」
「ぐはっ(崩れ落ちる)」
精神的ショックで倒れたクラブ。
吐血してないのが唯一の救いだけど、いきなり倒れ込んだ主人にソフィアがおろおろする。
「お嬢様。クラブ様がこんな風になるなんて、それは普通のイヤリングではないのですか?」
「これね、ジャックから貰ったのよ。ついさっき」
「んっ⁉︎(メイド、崩れ落ちる)」
屍が二つに増えたけど、心情的には理解できる。
私だって許されるなら口から魂を飛ばして現世からの解脱をはかりたい。まぁ、一度転生はしているけどね。
「昨日はエース。今日はジャック。……こんなの聞いてないわ」
「僕だって聞いてないよ」
「お嬢様が王子二人に求婚……」
立ち上がって椅子に座る二人だけど、顔色は良くない。
7年前とは訳が違う。あの頃は仲良くするだけで周囲からの厄介事が降りかかったのに、今回はプロポーズときた。
「どうしたらいいのかしら?」
「どうしましょうクラブ様」
「僕の方が聞きたいよ!!」
髪を振り乱しながらクラブは頭を掻いて悩み始めた。
いつもクール参謀キャラでみんなに頼られているからギャップが凄い。
こういう子が見せるひ弱な姿が女性のハートにグッとくるのよね。私だってキュンキュンするわよ。……原因が自分でなければね。
「姉さん、返事はどうしたの?」
「二人とも今すぐじゃなくていいって言ったから、先延ばしにしてあるわ。でも、そんな長く待たせるわけにはいかないでしょ?」
「当たり前じゃないか。あの方達の婚約者次第でもこの後継者争いは決まるって噂なんだよ。それなのに二人揃ってこのタイミングで……」
ゲームであれば光属性持ちであるアリアと付き合った方が王様になるでしょう。
現実的な目でみればエリスさんか爵位の高い家の子と付き合った方が勝ちね。
それなのに選ばれたのは伯爵令嬢でした。って、貴族間の地位が違い過ぎるわ!
「クラブ様はジャック王子から何も聞いていなかったのですか?」
「好きな人についてはジャック様も濁してきたからね。意中の女性がいるとバレたらそこを弱点として突かれる。一手逆転を狙うなら公爵か侯爵の有力な相手を選ぶべきだ。エース様もそこは側近に話していないんじゃないかな」
特定の相手がいないことを宣言。それによって女子達は自分こそが!とアピールする。その中から有能な人材を選ぶのが王子達の側近が考えていた策。
「貴族に恋愛結婚なんて無用だからね。あるのは地盤固めの政略のみ。稀にお互いの相性がいい夫婦も誕生するけど王族ともなればそうはいかない」
「では、お嬢様が王子達とお付き合いするのは非常にマズいのではありませんか?」
「それがそうでもないんだよソフィア」
クラブがこちらをジーって見てくる。
な、なによ。
「姉さんの存在は両陣営とも無視できない。交友も実績も破壊力も」
今、余計なのが混じっていなかった?
「ソフィアも知ってるとは思うけど理事長や理事、マーリン先生とのコネがあるのは学園内だけじゃなくて外にも影響がある」
クラブの話は続く。
国内で流通している魔道具の大半はここで研究され、流通する。最先端のものならなおさら。
ただし、それを査定してどの商会に販売させるかは学園理事会に決定権があり、理事会に文句を言える貴族は数少ない。
怒りを買って魔道具の販売を差し押さえられたり、入学した子にまともに授業を教えてもらえなければとても困るからだ。
「魔法使いにしか関係ないから普通の人には実感がないんだけどね」
「私って、そんなに理事長達にアレコレ言える立場じゃないわよ。普通にお茶しながら世間話するだけで」
「そのアポイントメントがすぐに取れるのが異常なんだよ。普段なら一年待ちなんて当たり前なくらい忙しいんだ彼等は」
理事長は牧場で遊んでたら来るし、エリちゃんは私が何かするかお師匠様に叱られたりすると呼び出してくる。
とてもそんな忙しそうには思えないけど。
それとも漫画家や作家みたいに原稿仕上がってないのに無性に遊びたくなったりするのかな?
「実績だって姉さんはある。マーリン先生と共同開発した商品には貴族達の間で流行ったものや、学園内で広く使われているものもある。金の卵を生む鷄だって話題なんだよ」
「共同だから私だけじゃないでしょう?」
「だとしても数が異常なんだよ!」
一つや二つじゃないものね。
まさか現代知識のチートでこうなるなんて。変な所は日本風なのにお役立ち便利アイテムが無いのは異世界っぽい。
「破壊力のせいで敬遠してたのに、それを上回る利益が出るとわかったらこの有様だ」
「さっきから気になったけど破壊力ってなによ」
私、ここ最近は物を壊してないわよ?
壊すにしても許可貰ってるから合法よ。牧場の土木工事だって手伝っているんだから。
「姉さんと関わって医務室送りにされた者。圧倒的な格の違いに折れた者。姉さんの陰口を言ってFクラスと喧嘩した者。マーリン先生と姉さんの研究に巻き込まれて過労で倒れた教師も含めて報告が毎日上がっているんだ!」
「知らないわよそんなの。倒れる方が貧弱なだけよ」
「お嬢様……」
気の毒そうな顔でこちらを見るソフィア。
間違ってないわよ私は。
だってお師匠に言われて最初は失敗ばかりでも頑張って出来るようになったことばかりよ?
私みたいなのにも出来たのだからみんなもその内出来るはずだって。
「嵐を呼ぶシルヴィア・クローバー……笑い事じゃなくなったんだなぁ」
「そんな渾名ついてたの私?失礼しちゃうわね」
「お嬢様の呼び名は職員の中でも色々ありますよ。【胃の破壊者】【凄まじき戦士】【蛇の魔法使い】とかその他にも」
おぅ。その名前をつけたのはどこのどいつじゃ。
見つけ次第エカテリーナの餌にしてやるけんのぉ!覚悟しいや!!
……コホン。取り乱しましたわ。
「なんか、どっちと付き合っても危なそうね。両方とも断ろうかしら」
「お嬢様としてはどちらの王子が好きなんですか?」
「私は……」
最初は破滅フラグの元凶として関わりたくなかった二人。
でも、アリアと同じで友達をやっている時が一番楽しかった。
学園に入ってから疎遠になったと思い込んでいたけど、それは私やクローバー家を守るためでもあったし、継承争いも二人からしたらお互いを認め合った上での真剣勝負だった。
誤解も解けてまた昔のように楽しく過ごせたら良いなぁと思っていたのは私だけ。
成長したエースとジャックは逞しくなっていて、私という人間を理解した上で受け入れてくれるという。
恋愛経験ゼロで、他人の事情には首を突っ込むタイプだった私には耐性がない。
好きだと言われて悪い気はしない。イケメンでお金持ちで玉の輿案件だ。
でも、それでも私は、
「よくわからないの。誰かを愛して好きになるってことが。恋人としてでしょ?うぅ…無理ぃ……」
思わずソフィアに抱きついてしまう。
よしよし、と頭を撫でられて深呼吸するけど顔は赤くなったままだ。気持ちの整理がつかない。
二日連続とか本当に勘弁してほしかったし、双子だからって告白でも争わないでくれと思った。
「国家反逆の方がまだ楽そうよ」
「怖いこと言わないで下さいお嬢様」
「今なら腹いせに学園七不思議から最強の武器をゲットしてやるわ!」
「あれは噂ですよ。恥ずかしいのはわかりましたから落ち着いてください」
本当なのよ!準備に時間かかるだけでレアアイテムがこの学園のあちこちに眠っているんだからね?
ゲームでそれ使ってアリアが無双するんだから!
「お嬢様は困っていますけど、私としては嬉しいんですよ」
「主人の不幸を喜ぶなんで従者失格よ……」
「そういうのじゃないですって。お嬢様を二人も好きになってくださるってことは、それだけお嬢様に魅力があるってことですよ。しかも、お二方共お嬢様を幸せにしてくれそうで、メイドして主人が褒められるのは最上の喜びなんです」
微笑むソフィアは本当に嬉しそうにしてくれている。
そんな風に言ってもらえると、自信が湧いてくるわね。
私なんか……じゃなくて、私が素晴らしくて美しいから二人の王子を恋に落としてしまった。罪作りな女ってことよね?
やだもう、私ったら天才ね。今ならお師匠に勝てる気がするわ!
「よし!悩むのはまだこれからよ!たっぷり考えて私の好きな人を選んであげるわ!」
「それでこそお嬢様です。でも、旦那様達にも報告するんですよ?」
「そうね。三人だけで集まっても仕方ないし、お父様とお母様に手紙を出しましょうか」
そうと決まればこの談話室に長居は不要。部屋に戻って手紙を書かなくては。
「じゃあね。クラブはとりあえずいつも通りにジャックと接してね」
「わかった。それでいいよ姉さん」
私は談話室に来た時よりも晴れやかな顔で出て行くのであった。
「どうしますクラブ様?」
「どうもしないって前から言ってるだろう。姉さんと僕は家族なんだから」
「違う家族の在り方もあると思いますよ?」
「今が幸せだからそれでいい。この話は終わりだから姉さんについてあげな。変な事を手紙に書かれたら僕らも困るからね」
「………………面倒な人ですね」