42話 デートですよお姉様!
「お姉様、凄く注目されてますよ」
「気にしたら負けよ。みんなが想像していることなんてなかったのだから」
ソフィアのお説教から解放され、アリアと授業で使う魔法具の調達や洋服のチェックをするために市場を歩いてる。
ヒソヒソとこちらを見てくるのは一年生ばかり。今朝の話なのに噂が広がるの早すぎるでしょ。
「でもお姉様が婚約者になったら王妃様になるんですよね?」
「王妃なんて柄じゃないわ」
「どちらかというと女王様ですもんね」
お?調子に乗ってないアリア?
「お、お姉様……その関節はそっちには曲がらないです!」
「大丈夫。脱臼しても治せるから私」
「あいでてててて!!」
人混みの真ん中でサブミッションを決める私。
魔法だけだと思った?こう見えて格闘術も修めているのよ。
「冗談ですよ冗談」
「私はね。自分で悪人面とか悪役令嬢なんて言うのは気にしないけど他人から言われるとイラッとするのよ」
「理不尽……でもそこが素敵ぃ」
瞳の奥がハートになって息が荒くなるアリア。
田舎出身の大人しめヒロインってどこに行ったっけ?私の知ってるアリアというキャラは私の着替えを覗いたり過剰に洗いっこを要求してくるような変態ではなかったはず。
Fクラスが血反吐を吐いたシルヴィア式地獄マーチも涼しい顔でクリアしたし、もうか弱い女の子だなんて言えないわね。
アリア曰く、お師匠様が相手だったら無理だったけどお姉様と一緒に汗を流せるなら本望です!って。
「ねぇ。アリアはエースのことどう思う?」
私とエースがそういう仲になったとしたら、アリアの攻略対象が一人減ってしまうことになる。
今の段階でアリアがエースに気があるなら私は断った方がいいのだろうか。アリアとの間に亀裂が入るのは嫌だな。
「お姉様に近づく恋敵?」
「私にそっちの趣味は無いわよ」
手遅れだったわ。
何をどうしてこうなった⁉︎
「そんなに直接関わったりしてませんからね。エリちゃん先生には光魔法について指導して貰ってますけど、エース王子ってその指導を断ったらしいんですよ。折角、理事から教えて貰えるのに勿体ないですよね?」
あのお婆ちゃん、エースにも声をかけていたのね。
稀少な光属性だし、才能もあるから教えるのも楽しそうだものね。ただ、エースには学園の先生達を信用できない理由がある。
「最近だとトムリドル先生も特訓に付き合ってくれるんですよ」
「あー、あのお師匠様に負けた人。何の科目だったかしら」
「魔法薬学と魔法生物についてです。眠り薬や痺れ薬、媚薬……何でもないです」
いや、アウト。
これからはアリアが用意するお茶を飲まないようにしよう。
「違います!媚薬については材料が無いから用意できないんです!」
「材料があったら作るつもりなんだ。へぇー」
しまった!みたいな顔してるけど許さないわよ。
全く、なんて物を教えているのかしらあのハゲたおじさん。
「お姉様も参加しませんか?」
「私は結構よ。お師匠様だったら大抵の科目を教えれるし、学園で習うような授業は一通り済ませたもの」
「……何のための学園ですか?」
「学生を満喫して青春を謳歌するためよ!」
実のところはお師匠様基準で勉強させられた結果なんだけどね!
在学中に新魔法や魔道具の開発をしろって指示があった時は白目を剥いたよ。
だって、それって学園で長年研究している人達が生涯に一つ二つ作り出せるかどうかの代物なのに三年以内で作れって馬鹿なの?
「だったらお姉様の願い事って叶ってますね」
「そうかしら?」
「わたしという友達がいて、王子様に惚れられて、勉強のことを気にしなくていいんですから」
そうね。少なくとも日本にいた頃とは雲泥の差よ。
なんだか最近は誰かと一緒にいることが当たり前で、やりたい放題して楽しかったけど、これが幸せっていうものなのかもね。
私の腕に抱きついてくるアリアをそのまま無視して街中を歩く。
学園都市は広いから目的地を決めて進まないと、迷子になってしまう。
都市の外縁部を一周するのは一日じゃ足りないし、店の入れ替えも激しくて道も入り組んでいる。
校舎内であれば青い鳥の案内もあるが、街中だとそうはいかない。最近は寮の近くでも見かけるが、そこじゃ迷わないしね。
「アリアは次の試験、大丈夫なの?」
「どういう内容でしたっけ」
「最初の試験とは違って実戦に近い内容よ。ペーパーもあるから両立をしないと年度末に響くわよ」
もうすぐある中間試験。
そこで赤点を取ってもすぐに降格にはならないが、貯金をしておかないと年度末にある昇級試験に影響がある。
総合的な年間の成績や授業態度、魔法の成果で二年生に上がれるかが決まる。ダンスパーティーやその他のイベントが重なる年末から年度末には勉強時間の確保もキツいから中間試験は軽んじてはいけない。
「ペーパー……椅子に座ると眠たくなるんですよね」
「それはわかるわ。でも、赤点取ったら許さないわよ?」
「じゃあ、お勉強会しましょうよ。みんなで集まってお菓子食べながら」
それはいいかもね。
クラブの勉強も見てあげたいし。あの子、最近は心配事があるのか疲れた目をしていたし。ジャックの世話のせいかもしれないわね。
エリスさんなら去年の問題や傾向を知っているはずだろうし誘ってみたい。
そこにお師匠様がいれば怖いモノ無しね。
「何やら楽しそうだな」
声をかけてきたのはナンパ師ではなく、いつも顔を合わせる銀髪の王子だった。
珍しく一人で立っている。
「あらジャック。とうとうみんなに見捨てられたの?」
「貴様が派閥に関係していない一般人なら首を跳ねられても文句が言えない不敬罪だぞそれ」
大丈夫大丈夫。そうなる前にジャックの口を封じるから。
「側近やクラブは留守番だ。いても邪魔だからな」
「部下たちを労わないと嫌われるわよ。反逆されて追放とかシャレにならないから」
「こう見えて仲間達からの信頼は厚いんだがなオレ様は。……話が進まん。単刀直入に言う、小遣いをやるから席を外してくれないかアリア」
ん?アリアに用があるの?
「あー……お断りしない方がいいですねコレは」
「王族として、俺個人としてそうしてもらえると非常に助かる。他にも必要なら後から礼をするぞ」
「はぁ、逆らえませんね。お姉様、わたしは急用を思い出したのでここで失礼しますね」
何かお互いに理解した体で話を進めるアリアとジャック。
不服そうな顔でジャックからいくらかのお金を貰うアリア。何の取引なのかしら?
そのまま人混みへフェードアウトしてしまった。
「もう。なんのつもりよジャック」
「意外と聞き分けが良かったなあの女。もっと粘るかと思っていたが」
余計な事をしてくれた。
アリアは予定を変えたり、約束を破ると拗ねてしまうので髪を乾かしてあげたり、同じ布団の中で慰めてあげないと不機嫌なままになっちゃうの。それがどれだけ大変かも知らないで。
ソフィアもいたらそれが二倍よ。寮の個室って何だったかわからなくなるわね。
「用がないないなら私も帰るわよ」
「いや、それは困る。シルヴィアには頼み事がある」
「何よ?」
エリスさんのことだろうか?
それとも派閥について?
お師匠様が診察してから治療について話し合うつもりだし、エースがああ言ってきたけどクラブにそのつもりが無いならクローバー家としてはジャック側にいてあげたいし。
ここにきて新たな問題が発生すると対処できなくなりそうね。
「その、なんだ。少し買い物に付き合え」
「普通は女子から男子に頼む事よそれ。私に荷物持ちさせようっていうの?」
「そんなつもりはない。……色々と選びたいものがあるから貴様の意見を聞きたい」
ほうほう。
女子の意見を聞きたいってことは誰かへのプレゼント選びとかかしら?
側近の男子達やクラブがいないってことは女性向けか女性受けが良い物をお探しってことだね。
アリアを外したのなら相手については知られたくはない……それも貴族相手かしら?
ジャックの身の回りでそんな相手なんて一人しかいないわね。エリスさんよきっと。
隅におけないわね。でも、そういうの嫌いじゃないわ!
「はー、やれやれ。仕方ないわねぇ」
「その割にはニヤけているぞ。まぁいい、行くぞ」
恥ずかしいのか頬が少し赤くなったジャックは、私の手を引いて歩き出したのだった。