41話 朝チュンですか?お嬢様。
「今、なんて……」
「混乱するのも無理はないね。ここ数年の話なんだが、魔法学園に不穏な動きがある。学園には独自の自治権こそあれど国の一領地なんだ。それが、内密に魔法使いの軍を募ったり、禁術の開発や実験を行なっているとの情報が入った」
さっきまでの告白ムードがなんだったのかというレベルでの情報量。頭がついていかない。
「エリスの……カリスハート家の役割には闇魔法を使っての秘密捜査も含まれていた。ジャックは知らないよ。エリスに捜査を依頼したのは他でもない俺だからね」
またそうやってジャックを蚊帳の外にする。
「ジャックに言って我慢できると思うかい?あいつの性格だと正面から調べようとするから向いてない。適材適所だよ」
「じゃあ、エリスさんが狙われたのは」
「捜査がバレた……もしくはエリスが邪魔だと考えた連中の仕業だろう。俺の失態だ」
エリスさん。おっとりしたイメージあったけどバリバリの女スパイだったのね。
エースは重い息を吐く。後悔しているのか苦い顔になった。
「大丈夫よ。お師匠様なら……って、エリスさんの治療をお師匠様がするのはいいの?疑いがあるって」
「マーリン先生は今年になって教師になったからね。そこまでマークしていないよ。ただ、これからの調査次第でどうなるかだ」
そうだよ。お師匠様はずっと私と一緒にいたし、そんな国家反逆罪に該当する事なんてしてないもん。
「だから君は十分に注意してくれ。学園職員から何かされそうになればすぐに報告を。俺が君を守るから」
「大丈夫よ。私がどれだけ強いか知らないエースじゃないでしょ?」
腰に手を当て胸を張る。
今更、どんなのがこようと怖くないわよ。
なんたって私はマーリンの弟子よ。
「だから心配なんだ。君は一人で先走って俺達の届かない場所に行ってしまう。問題に気づいた時には手遅れに……7年前のように」
「あれは、」
「クローバー家からは魔法の修行の旅に出たと言われたが、貴族の令嬢にとって幼少期の交流は成人後の付き合いに大きく影響する。そんな大事な時期に領地を離れるなんてありえなかった。何があったかは容易に想像出来たよ。クローバー家を妨害しようとしていた者達がいた。違うかい?」
クラブといいエースといい、自力で真相にたどり着く。名探偵かなにか?
お父様とお母様の二人が考えた計画はあっさりバレてしまって、私としても気まずい。
「俺達が原因なのは理解できたよ。でも、だからこそシルヴィアが頼ってくれれば幼い俺でも力になれた。君を守ることができたはずだ」
「それは違うわよエース」
「何がだい?」
「私は、守られるだけじゃなくて守りたかったのよ」
エースの言葉の中から優しさを感じるわ。
私がいなくなったことで自分を責めているのもわかる。
だけど、小さな私だと誰も守れなかった。家族に何かあっても対処できない。ソフィアの時がそうだったように。
「それは今でも変わらないわ。もし誰かが私の大切な人達に手を出そうとしたら私はそれを潰す。それが学園の先生や凄い魔法使いでも、偉い貴族でも、私は私のためにこの魔法で守ってみせるわ」
力づくのごり押し。そのくらいしかできないし、それが私にはお似合いだ。
「……ははっ。君は本当に面白い人だ。俺の想像の何倍も上を行く。そんなことしたら王族として君に対処しなくちゃいけないよ」
「あら?その時は頼るわよ私。我儘で身勝手に暴れて後処理は任せるわ。私を守ってくれるんでしょ?」
「こらこら。都合が良すぎるよ。俺の胃まで破壊するつもりかい?」
胃を破壊なんて失礼ね。
私が誰かの胃を破壊したことなんて今まであったかしら?
「惚れた弱みってやつだね。いいよ。それで君を守れるなら俺はそのために力の使い方を学んだんだ」
「それを言われると、告白の返事に非常に困るんだけど……」
今さっきまで何の意識もしていなかったのに、今ではエースの表情や動きに目がいってしまう。
「それは嬉しいね。折角だし、このまま話を続けようよ。今晩は誰も部屋にこないように言ってあるし」
「私も同じね。もう寝ていることにしてあるわ」
明日は授業がない休日。
夜遅くまで夜更かししても何の問題もない。
私とエースは7年間の溝を埋めるように朝方まで語り明かした。
出されたお茶も、茶菓子も普段なら食べられない高級品ばかりだったけど、遠慮なくいただいたわ。
7年間で貴族達に何があったのか、ジャックがエースの手伝いをしようとして失敗した話。
私がお師匠様と旅の途中で見た絶景や珍百景。変わった風習の村の話。
私がいなくても、今度はジャックに振り回されて苦労していたクラブの話。
お師匠様の信じられない特訓とエカテリーナ成長記録についての話。
話題は尽きることが無かった。
***
「それで、そのまま寝てしまったと」
「はい。面目ありません」
「朝から大騒ぎですよお嬢様。男子寮の、それもエース王子の部屋に招き入れられた貴族令嬢がいたと皆んなが騒いでいます」
うぅ。寝落ちした後にエースの側近が朝からやってきた。
昨夜は誰も部屋に来ないようにしてあっても今朝は違う。
私の方もアリアとソフィアが起こしに来てベッドの中に私がいなくてバレた。
「用を済ませたらささっと帰るつもりだったのよ。それが予想外のことがあってそのまま……」
「クラブ様とジャック王子のお耳にも情報が入っていると思いますので、そちらの対処はお嬢様自身でお願いしますわね」
怒気を含んだソフィアの笑顔。
完全にお説教モード突入状態になってる。
「お嬢様が殿方と仲良くなられるのは別に構いませんよ。魔法学園で将来の旦那様をお探しになるのも悪くありません」
自分のベッドの上だけど、正座してソフィアの話を聞く。
叱られる時に正座するクセがしっかり付いてしまったのは悲しい。どれだけお説教されれば気が済むのか私は。
「問題はお付き合いもされていない方の部屋に、深夜に忍び込んだことです。お話だけしかしていないと言っても信じない人もいらっしゃいます。それによってお嬢様の悪い噂が広まり、クラブ様やマーリン様、学園の外にいるクローバー家の方にまでご迷惑がかかることを想像していなかったわけではありませんわよね?」
「も、勿論よ。だから、」
「バレる前に帰ってこれましたか?」
はい。無理でした。
エースのベッドの上ですやすや眠ってました。
起きたらベッドの端に腰掛けていたエースから撫でられて満更でも無かったし、それを目撃した生徒が全力で叫びながら寮内を走り回ってくれたおかげで、今後の対応が心配されます。
「お嬢様には今一度、伯爵令嬢としての振る舞いや、淑女とは何であるかを一から覚え直していただかないといけないようですね?」
「お手柔らかにお願いします」
主従のパワーバランスが逆転してしまった私は、ソフィアからの愛の鞭を受けてメソメソと泣かされてしまいました。
足が痺れて立ち上がれなくなってもお説教は続き、折角の休日だというのに半日は解放されることがなかったとさ。
うぅ。メイド怖いよぅ。
「おい。どういうつもりだ」
「何が?」
「今まで何もしてこなかっただろ」
「あぁ。油断しているようだから隙をつかせて貰ったぞ」
「シルヴィアと恋仲だという噂も流れている」
「いずれは……だよ」
「負けんぞオレは」
「俺だって譲るつもりはないよ」
「シルヴィアはオレのモノだ」
「なら、それを早く伝えなよ」
「………わかった」