第二十四話 水中神殿での決戦・前編
「あら。随分とお早い到着ですの」
水中神殿。入り口に辿り着くのも一苦労だし、中に入るにも大量の魔力を消費した。
しかし、そこには先客がいた。
「……キャロレイン?」
オレンジ色のツインテールで小柄な、小学生みたいな見た目の少女が目の前に立っている。
「どうして貴方がここに?」
いつからいたのか。いや、それよりも何のために?
「シルヴィアちゃん。あの子って」
「キャロレイン・ダイヤモンドよ。公爵家の令嬢で入学早々私に喧嘩を売ってきた。……でもどうして彼女が?」
ここにあるのは建国前の神々が暴れていた時代のアイテムが隠されている場所。
シンドバット達は故郷に伝わる伝説を調べてこの場所に目星をつけたけど、トランプ王国の普通の貴族令嬢が知り得るはずが無い。
俯いて表情がよく見えない彼女の元へ一歩踏み出す。
何か事情があるのかもしれないし、とりあえず話を聞こう。
「ーーーシルヴィアちゃん避けろ!」
シンドバットが叫ぶより先に、私は真横へ跳んだ。
私が立っていた場所には岩石の砲弾が命中していた。
「ちょ、何するのよキャロレイン!」
我ながらナイス反射神経。
無意識のうちに魔法を避けるなんて流石私ね!って、自画自賛してる場合じゃない。
「あらあら。避けられてしまいましたの」
杖を構えて私達を狙う少女。
声にいつもの甲高さも抑揚もない。
自らの意識が無いような、そんな感じ。
でも、彼女が鍛えたきた魔法は凄まじい。
「これでもくらえ!」
モルジャーナさんが前に出て魔法を発動させる。
水球が複数飛んでいくけど、キャロレインの土壁に阻まれた。
「シルヴィアちゃん。どうなってんのあの子!」
「私が聞きたいわよ。なんだか様子が変だし、いきなり攻撃して……元からそういう子だけど今日は違うの」
転がって倒れていた私をシンドバットが起こしてくれる。
モルジャーナさんの援護が無かったら殺されていた。
「見た感じだとモルジャーナより強そうなんだけど、シルヴィアちゃんはどう思う?」
「純粋な戦闘だと私に引けを取らないわよ。魔力はこっちが多いけど、さっきの壁のせいで残量が少ない」
私が万全の状態なら勝てたけど、今は五分五分かそれ以外。
モルジャーナさんとシンドバットはここに来るまでに魔力と体力を消耗している。
「くそっ…」
水球と石礫の打ち合いはキャロレインに軍配が上がり、モルジャーナさんは吹き飛ばされてしまう。
それでも皇子の護衛だけあって受け身はしっかりとっている。
「モルジャーナ!」
「私は大丈夫です。それより早くお逃げください!」
逃げたいのは山々だけど入り口はさっきの水中だし、狭い洞窟を土魔法で塞がれたら生き埋めだ。
「私がやるわ。期待しないでね」
「シルヴィア・クローバー……殺す」
攻撃対象を私に定めたようで、石礫が機関銃のように放たれる。
洞窟の中だなんて土魔法を使うキャロレインには絶好のポイントだ。
「簡単に殺されてたまるもんですか!」
身体強化をして走りながら魔法を避ける。
当たりそうになれば魔法障壁で防ぎながら隙を伺う。
前回の戦闘で遠距離同士の魔法の打ち合いは泥仕合になるし、今は魔力が少ない私の方が不利。
ならば近づいてケリをつける。
「うおりゃあ!」
とても女の子が出していいような声じゃないけど、私は叫びながらキャロレインに近づく。
飛んでくる攻撃は全て魔法障壁で受け止めながらゴリ押しする。
あまりにも過激な攻撃のせいで障壁にヒビが入るけど許容範囲よ!
「もらった!」
弾幕の内側、キャロレイン側に飛び込む。
ごめんだけどちょっと寝てなさい!
『【ママ、あぶない】』
一発お見舞いして気絶させようとした瞬間、死角から魔法が放たれた。
「っ!?」
ボーン!!
ヒビ割れながらも展開していた魔法障壁が役に立って吹き飛ばされるだけで済んだ。
ただ、それでも不意打ちだと受け身は取れずに地面を転がされて呻き声が出る。
「無様ね」
暗闇に伏兵がいたようだ。
深くローブを被った人物がゆっくりと歩いて出てくる。
ただ、その声には聞き覚えがあった。
「パーティー以来かしら」
「ベヨネッタ・シザース!!」
フードの下には金髪縦ロールの女の顔があった。
どこかキャロレインと似た面影は二人が姉妹であることを証明していた。
「なんで貴方がここに……」
「国外追放に侯爵家の取り潰しなんて酷いわよね。新しい国の女王になる筈だったわたくしに対して」
「どの口が言うのよ」
エース達からの話では身包み剥がされて国外追放。行く宛もないまま彷徨う事になるって。
それがどうして学園に戻って来てるのよ。
「いい眺めね。わたくしを偉そうに見下していた女がボロボロになっているのは」
口に手を当て高笑いするベヨネッタ。
ご機嫌よさそうね。私の知らないどこかでひっそり暮らしていればいいものを。
「さぁ、やってしまいなさいキャロレイン」
「……シルヴィア、殺す」
仲が悪いと言っていたのに、姉の言葉に従うキャロレイン。
やはり様子が変だ。まるで操られて……。
「闇魔法!?でも、何も見えないわよ」
「当然。これは新しい魔法だからよ」
闇魔法であるなら同じ闇魔法使いには黒いモヤが見えるはずなのに、それが無い。
そもそもベヨネッタは闇魔法使いじゃ無かったわよね!?
「これで終わりですの」
「させねーぜ!」
石礫が私を貫こうとした時、足元から間欠泉のように勢いよく水が噴き出した。
その隙に私は立ち上がって逃げる。
舌打ちをするベヨネッタの追撃があったが、再度展開した障壁は打ち破れなかった。
体勢を立て直したシンドバットが私の元へやってくる。
「危なかったなシルヴィアちゃん」
「助かったわよ。モルジャーナさんは?」
「壁際で休ませてる。っても、逃げ場ないけど」
ちらりとそっちに目線を向けると、脇腹を押さえて苦しそうにしているモルジャーナさんの姿が見えた。
服も脱いでいるし肋骨が折れているのかもしれないわね。
「シンドリアンの皇子様までその女の毒牙に……お可哀想ですわ」
「誰だか知らねーけど、モテねぇタイプだよアンタは」
初対面でベヨネッタの気にしている事を見抜いたシンドバット。あいつの眉がピクリと反応した。
「シンドバット。挑発はありがたいけど、あの女はAクラスでも上位の実力だからね」
「……ジーマー?」
「マジよ」
後ろで偉そうにしているだけの女じゃなくて、魔法はそれなりに強い。
私の身の回りの人物と比べると雑魚なんだけどモルジャーナさんといい勝負するくらいの魔法の実力はある。
「ただ人を操るような魔法は使えなかったと思うんだけど、どんな卑怯な手を使ったのよ」
「あらあら、よく吠えますわね。冥土の土産に教えましょうか?この新魔法について」
「そうしてくれると助かるわね」
私が苦戦して焦る姿が楽しいのか、口を漏らすベヨネッタ。
「闇魔法を持つ者同士は互いにバレてしまう。しかし、闇の力が宿る魔道具を使えばその限りでは無い」
思い出したのはピーター・クィレルやトムリドル。
連中は闇魔法ではなく、闇の宝玉とやらを使っていた。そのせいで最後まで見つけられなかった。
「我々の開発した新魔法は人を魔道具として運用する事で闇魔法の反応を消す事にしたんですの」
ベヨネッタが袖をまくって腕輪を見せる。
そこに魔力を流し込むと私の目でも僅かにしか見えない黒いモヤの糸がキャロレインにへと伸びている。
「……うぅっ……」
苦悶の声を出すキャロレイン。
そこで私は初めて彼女の顔に気づいた。
「その刺青が魔法ってわけね」
「魔法刻印ですわ。仕込みさえ終われば少量の闇の魔力で支配して操れる。オフにすれば力の流れは見えないので闇魔法使いでも気付かないのよ。いかがかしら?」
「クソッタレな話ね」
今までの闇魔法での洗脳以上に吐き気がする。
刺青入れて魔力流して操るなんて道具扱いじゃん。
姉が妹にする仕打ちじゃないわね。
「難点は近くにいて命令しないといけない事ね。まだまだ開発途中でどんな不具合が起きるかは分からないけど」
オマケにとんでもない事をサラッと言うベヨネッタ。
「それでも姉なのアンタは」
「姉?こんな穢れた血の化け物なんて畜生以下に決まっているわよ。金で売られたくせにわたくしよりいい暮らしなんて許せないわ」
腕輪に更に魔力を流すと、キャロレインが頭を押さえて苦しむ。
心の頭の中を好き勝手にされる苦しみは私も知っている。早く解放してあげないと。
「でもまぁ、役には立ったわ。お前を殺せるのだから!!」
キャロレインが杖を構えた。
シンドバットも側にいるので一人逃げるわけにもいかない。
「死になさい!」
石礫ではなく、地面から盛り上がった土の柱が私達を押し潰そうとする。
万事休すか!?
「……ざけんじゃねーぞ」
怒りに満ちた声は隣に立つ少年からだった。
「下の子を守るのに命張るのが姉貴だろうが!!」
シンドバットは己の拳に全ての魔力を込めると、土柱をぶん殴った。
ビキビキと音がしたのは拳か土柱か。
「ば、なんて無茶してんのよ!」
「いやね。これくらい言わねーと死んでも死に切れねぇのよ」
ボタボタ血を流すシンドバット。
殴りつけた拳は使い物にならないだろう。
「くだらない。無駄な抵抗ですわね。見苦しいからさっさと死になさい」
シンドバットの怒りを見苦しいと言い捨てたベヨネッタ。
シンドバットは姉のために海を越えてこの魔法学園に来た。怪しまれようとも、国を背負う覚悟をして必死にこの場所を探した。
チャラチャラしたノリの軽い性格だけど、顔が赤くなるくらい恥ずかしがりながらも家族の事を考えていた。
とってもお姉ちゃん思いの彼の怒りをこの女はくだらないと言った。
許しちゃおけないわね。
「キャロレイン。次は外さず必ず殺しなさい」
「……はいですの」
唇が震えながら苦しそうな顔で、身体を好き勝手操られている少女の過去を私は詳しく知らない。
でも、彼女が腕磨いて強くなったのはこんな事して人を殺める為じゃない。
今は妹思いの義兄さんだっている。私やアリア、エリスさんだってもう友達よ。
ーーーベヨネッタ・シザース。絶対に許さないわよ!!
再度襲いかかる土の柱。今度は複数が伸びて来た。
「潰れて死んでしまえ!」
シンドバットが目を逸らし、モルジャーナさんが叫びながら手を伸ばす。
『【ママ、よんで。なまえを】』
声が聞こえた。
『【いつもみたいに】』
初めて聞く幼い声。でも、知っている声。
ーーーそうだ。いつも一緒にいてくれた。
ふぅーっと息を吐いて私は召喚する。
「エカテリーナぁあああああああああああっ!!」
足元で影が爆発した。
「【シャアアアアアアアアアアアーーーッ!!】」
全身が真っ黒な鱗で覆われた、三つ目の大蛇が顕現した。