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第二十二話 捨てられた少女

 

 産まれた時に、まず存在を否定された。

 泣き崩れる母親はいつも決まって自分を睨みつけてこう言った。


『あんたなんて産むんじゃなかった!』


 住んでいた場所は寂れた街の一角。

 太陽の下を歩く真っ当な人間達から離れた日陰者が住む地区だった。

 母親はそんな場所でも価値のある存在で、毎日のように違う男が出入りしていた。

 与えられていた食事は残飯だったり、彼女の客として来た男が渡してきた何が入っているか分からない代物達。


 一度、裁縫用の針が入っていた時は心底怯えたが、食べなければ死ぬので慎重に食べた。

 住居は一部屋のみだったので、夜に彼女が客を取る時は狭いクローゼットの中で息を殺しながら待っていた。


 よく生きていたものだと思っていたが、人として最低限の生活はそんなに長く続かなかった。

 自分は遊び相手がいなかったから土をこねて泥人形を作って遊んだりしていた。

 そしてある日、その泥人形が動き出したのだ。


 その時に初めて知った。自分には普通の人間には無い特殊な力があると。

 運が良かったのから悪かったのか、母親に見つかってしまう。だけど彼女の態度は一変し、自分に服や髪の手入れをしてくれた。

 この力があれば愛してもらえるのか?と思っていたら、ある日見知らぬ男が現れ、自分は連れて行かれた。


 母親は貴族に自分を売り渡したのだと知った時は子供ながらに笑った。

 愛情なんてとんでもない。彼女は少しでも高く自分を売るために小綺麗にしただけだったのだ。

 売られた先は自分の父親である男の家。魔力持ちだから買い取られたのだと初日に教えられた。


 ーーーやっぱり、この力があれば捨てられはしないのか。


 ならばこの力を鍛えて必要とされる人間になろうと決心した。


 貴族の家では、娼婦の子であるという理由で普通の子供達とは雲泥の差の扱いを受けたが、狭いクローゼットの中と違って自分専用のベッドがあり、毎日三食の食事もあった。

 いずれは魔法学園に入学させてもらえるという話もあったので、マナーや普通の勉強についても叩き込まれた。

 大変ではあったが、頑張り続ければ寝床と食事は提供され続けるので苦痛では無かった。


 家には自分の他にも一つ上の腹違いの姉が住んでいたが、顔を合わせる事は無かった。

 基本的には自室から出ていなかったし、食事は一人で食べていたから。

 孤独ではあったが、使用人との会話はあったし、勉強を教える家庭教師もいたので人との触れ合いはあった。


 貧民街と比べれば幸せだという考えはある日終わった。


 順調に成長し、力をつけてきた自分に父親を名乗る人物が命令した。

 どれ程の実力なのか実演してみせろと。

 結果次第では生活の質を改善してくれると言ったので、自分は張り切って魔法を使った。


 それが間違いだった。


 家庭教師は魔法使いであったが、その実力は魔法学園の最低辺であり、放任主義で実技については自分一人でやるように放置していた事。

 そんなわけでいつも一人で誰とも比べる事なくのびのびと魔法の鍛練を積んだ事。


 数メートルサイズの土の人形を作り上げた時、父親は腰を抜かした。

 しかも自分はその人形を自由に操り、試しにと大岩を破壊した。

 既に父親である男よりも魔力も魔法の熟練度も上回っていたのだ。


 そうなれば屋敷での自分の扱いは変わる。変わってしまった。

 物置部屋から本邸の隅の部屋へと移動し、食事もグレードアップした。

 一番の誤算は同じ本邸に住む姉と同じ家庭教師に教わる事になった事だろう。


 姉は優秀ではあった。魔法の属性も二つあって侯爵家を継ぐにふさわしいとの評判だった。

 一方の自分は天才だった。魔力量は家庭教師を凌駕し、侯爵家なんかにいるのが勿体ないと言われた事がある。


 同期のクラブ・クローバー、王子達二人にも並ぶ実力があると家庭教師は褒め称えた。

 雇われで、自身も貴族の子息である家庭教師に悪気は無かったのだろうが、自分がいかに凄いかを姉に話すのだけは止めて欲しかった。


 当然、姉は嫉妬し、怒り狂った。

 娼婦の子で貧民街出身の卑しい存在である腹違いの妹が憎かった。

 妹の食事をワザと溢すのは日常茶飯事。服を破り捨てたり、授業用のノートや教科書を燃やしたりした。

 一応は父親に相談してみたが、当たり前のように申し出は却下、それどころが自分が悪いと言われた。


 天才だろうと、あくまで自分は妾の子。家にいて生活をさせていただいている身分なので、姉に逆らうなんてとんでもなく悪い行為であると。


 孤独だったら感じなかった人付き合いの難しさにぶち当たった。

 忖度しろというのだ。


 魔法の鍛練で姉の機嫌を損ねないように手加減し、程々切り上げて負ける。

 最終的に姉が勝てば問題ないでしょ?と割り切っていたが、またこの姉が質悪かった。

 僅差での勝利ではなく圧倒的な力の差。愉悦感に浸りたがるのだ。

 敵を蹂躙し、屈服させ、痛めつけるのが大好きだという歪んだ人間性。


 最初に生まれて一人娘として育てられてきた姉の自尊心は何よりも大きく醜かった。


 しかし、それに従わなければ生活は貧民街に逆戻り。

 一度知った贅沢を捨てられるような覚悟は無かった。


 受け身の練習や傷の手当てを学び、姉から痛ぶられる生活が始まった。

 見える部分に傷跡が残るとのちに自分の売り物としての価値が下がるので、服の下の普段見えない場所にあざを作った。

 火傷、切り傷、骨折、歯については抜けても乳歯だったので助かった。


 何のために自分は生きているのだろうか?


 死ぬより辛い目に遭って、心を閉ざして、泥水を啜って生き延びて、その先に何があるのか?


 死ねば楽になる。死は救いなのではないか?


 まだ二桁にもなっていない子供が考えるような事ではなかったが、受けた仕打ちを振り返れば当然の結果だ。

 姉はどこぞの貴族の娘が気に入らないようで、その八つ当たりも受けた。

 父親にはその貴族の消去をおねだりするような事を言っていた。


 それから少し経って養子の話が来た。

 格上の貴族が養子を募集していて、出来れば血縁が望ましいと。

 母親は平民だが父親は腐っても貴族。父方の母は公爵家の令嬢だった。この身に流れる祖母の血に感謝した。


 蝶よ花よと育てられて来た姉を養子に出すなんて事はせず、父親は迷う事なく自分を差し出した。

 父親の経営力の低さや姉の豪遊で家の財政は大きく傾いていたので、資金援助を条件に売り飛ばされた。


 二回目ともなると、何の感情も湧かない。

 虐待する相手が変わるだけで、自分はどん底にいる。

 迎えに来た見知らぬ男に連れられて侯爵家を出た。


 新しい住処は本邸の一室。食事も豪勢な物が出された。

 女児が自分だけなので服を破り捨てられる事は無く、使用人達も一流の腕と誠意を持っていたので冷めた扱いは受けなかった。

 養父と養母は強い接触をしてこなかったが、食事は美味しいか?や足りない物があれば用意するのでいつでも言いなさいと言っていた。


 聞かされた話では自分はこの家に住む跡取り息子に何かがあった場合の保険であり、息子次第では公爵家を継ぐのでそれにふさわしい立ち振る舞いをしなさいと言われた。


 やる事は侯爵家に引き取られた時と同じだと理解した。

 救いがあるのは義兄は歳が離れていて、一緒になって授業や魔法の鍛練をしない事だった。

 嫌がらせをされても痛ぶられる事はない……しかし、男であるならば襲われるかもしれない。

 思い出すのは産みの親。あのクローゼットの中で見た母親の仕事。


 ああはなりなくない。せめてこの身くらいは綺麗でありたい。


 まぁ、そんな考えは杞憂だった。


『君が義妹だね。見たところつまらなさそうな顔をしているけど楽しみは無いのかい?』


 義兄は馴れ馴れしく話しかけ、私に興味津々だった。

 死んだ目が知り合いに似ていると言っていた。


『家庭教師に呼びたかったけど、行方知れずでね。代わりに僕も世話になった人を呼ぶよ』


 新しい家庭教師はヨボヨボのお爺さんだったが、かつては魔法学園で教壇に立ち、権力争いにこそ負けたが理事になれる人材だった。

 歴代の家庭教師の中で一番の当たりだった。


『ところで君の強さはどれくらいだい?あぁ、手加減しなくていいからかかって来なよ』


 義兄の気まぐれで勝負をする事件があった。

 忖度をしようとすると、義兄は不機嫌になったので嫌々ながら本気を出した。


『凄いな。僕以上だ……でも、』


 義兄に負けた。

 魔力量も使う魔法の威力もこちらが上だったのに義兄はそれらを物ともせずに立ち向かって来た。

 なんでも格上相手にいつも喧嘩していたから戦い方が分かるとか。


 優秀であり、公爵家の次期当主である義兄より強い人物とは人間と呼んでいい人物なのだろうか?


『狭い世界しか知らなかったんだね。この世界は君が思うより広いよ。いつか自分なんて大した事ない凡庸な才能だって気づく日が来るさ。僕みたいにね』


 そんなのは夢物語だ。

 自分は物のように売り買いされ、扱われ、籠の中の鳥として飼い殺される。


 最高峰の教育と公爵家令嬢にふさわしい生活に違和感を覚えながらも育てられた。

 社交界にも遅れて顔を出すようになった。

 そこであの姉を見たときは気分が萎えて、今すぐにでも帰りたい衝動に駆られたが、見違えた姿に姉は気づかなかった。

 それとももう興味が無いからと忘れられたのか。


 そんな日々の中、ある事件が起きた。


 他所の領地に舞踏会で参加した帰り道、乗っていた馬車が盗賊に襲われた。

 命を狙われるのは初めてで、強い魔力も恐怖心の前では役立たずだった。

 あぁ、ここ最近はマシだったけど自分の人生もここまでか。


『丁度いい所に盗賊がいるな。あれで実践しなさい』

『盗賊を実験動物と勘違いしてません!?まぁ、襲われている人もいるからやりますけどさぁ!』


 馬車の中で震えていたせいで顔は見ていないが、男性と自分と年の近い少女だった。


『あー、中の子大丈夫?』


 ーーーだ、大丈夫ですの。


『なら良かった。盗賊は連れて行くからもう安心して。御者さんの手当てもしたから』


 盗賊に果敢に挑み、全て倒してしまう強い少女。

 弱虫で流されるままの自分とは違う凛とした明るく元気ある声。


『じゃあ、私達は行くわね』


 ーーーあの、お名前を!


 そう思って馬車の窓を開けたが、そこには誰もいなかった。

 怪我をして気絶している御者と、助けてくれた誰かが忘れたクマのぬいぐるみが落ちていた。

 誰かのプレゼントにしようとしたのか、ぬいぐるみには赤いリボンが巻いてあった。


 捨てるのも忍びなかったので、ぬいぐるみにはサンダースと名付けて持ち帰る事にした。


 その後は無事に家に辿り着き、何があったのかを義兄に話すと彼は頭をくしゃくしゃにしてきた。

 怒られはしなかったが、その晩の食事は自分の好物ばかりが並んでいた。


 ーーーあの子は強かった。


 夢にまで出てくる正体不明の少女。

 大の大人を数人倒すくらいの実力者であり、男性と二人で旅をしているような会話も聞こえた。


 あんな風に逞しくなりたい。

 もう何かに怯えて暮らすのは嫌だ。


 自分もーーーわたくしも彼女のように強くなれば未来は明るくなるのでしょうか?


 心変わりするには充分な時間と環境があった。

 公爵家に来た事で心に余裕ができ、将来について考えるゆとりがあった。

 盗賊の一件で、自分がいかに精進不足で自分より凄い人がいるかを知れた。


 負けていられない。

 そもそもどうしてわたくしがこんな目に合わないといけないのですの?

 あの姉なんてわたくしより劣るのに!!






 その数年後、社交界にとんでもない少女が誕生する事になった。




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[一言] それ絶対シルヴィアやん!?
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