第七話 初日からアクセル全開ですわ!
去年のような心躍る新鮮な気持ちは無いけれど、新しい教室や変更のあったクラスメイトにはちょっぴり気になるわけで。
「お久しぶりですエース様!」
「今年もよろしくお願いしますジャック様!」
「やぁ、クラブ。有意義な休みは過ごせたか?」
……うん。誰も私の所に来ないな。
同じクラスの王子と弟の元へはクラスメイト達が駆け寄って来て楽しく会話しているというのに。
「どうかしましたかお姉様?」
「私って嫌われてるのかしらね」
隣の席に座るアリアくらいしか私に話しかけない。
桃色のふわふわした髪の毛は今日も肌触りがいいので、思わず撫でる。
するとアリアは気持ち良さそうに目を細めた。
「もうこのクラスにお姉様を嫌う人なんていないですよ」
「だけど、なーんか距離があるのよね」
遠巻きにこっちを見る人はいるんだけど、目を合わせると逸らされる。
面と向かって喧嘩を売ってきたのはベヨネッタ達三人組くらいだった。その三人と仲の良かった人々はお貴族様の戯れで勉強を疎かにしていたせいか、もれなくBクラスに落ちている。
「まぁまぁ。放課後には下のクラスの子達が待ってますから。みんなお姉様に会えるのを楽しみにしているんですよ」
下のクラスの子達とは、アリアと同じ平民で文化祭の時に一緒に遊んだ子達だ。
旅が長くて感覚が庶民派の私としてはそっちの方が馴染みやすい。
あちらはどう思っているかは知らないけど、今のところは仲良く出来ていると思うわ。
「…………それに連中は所詮二桁以下の会員……」
「アリア、何か言った?」
「何も言ってないですよお姉様!それよりもマーリン先生が担任なんてドキドキしちゃいますね!」
私の気のせいだったのか、一瞬アリアから寒気を感じたのだけど。
そんな事よりお師匠様が担任……嬉しいような悲しいような。違う意味で心臓がドキドキよね。
「お待たせ〜。まだ遅刻じゃないよね?大丈夫だよね?」
「シン様が寝坊するからですよ。早く席に」
始業チャイムの直前に慌てて入って来たのはシンドリアンの二人。
Aクラスに来たのは二人だけみたいね。他の人はどうしてるのかしら?
「全員揃っているか。確認のために出席を取る」
チャイムの鐘の音が鳴ると同時にお師匠様が入室して、教室内の空気が静かになる。
普通の教師と同じ魔法のローブからグレードアップして、かなりお高そうな素材に変わって、デザインも変更。襟元には理事の資格であるピンバッジが付いている。
また徹夜をしたのか、クローバー領に居た頃よりも目元の隈が黒くなっていた。
「二年Aクラスの担任になったマーリン・シルヴェスフォウだ。私が担任になったからには成績の低下やクラスの降格は許すつもりが無いので、勉学に励むようにしなさい」
さらっと恐ろしい事言ってますけど?
「知っての通り、私は学園理事との兼任をしている為、個人の生徒へ割く時間はほぼ無い。非常時や緊急時を除いての面談等は事前に申請を出すように」
うぐっ。つまりは普段から自分の力でどうにかしないと困った時のお師匠様頼みは不可。
それなのに成績を落とすと厳しいお叱りが待っているなんて……さっきまでの楽しい気持ちが台無しね。
「生徒同士の交流や勉強会は推奨するので、まずは自分より成績上位の者へ質問しなさい。他人の意見も聞かずに悩んでいては停滞したままだ。皆には私のようなお堅い大人にはなって欲しくないのでな」
そう言って僅かに口角を上げたお師匠様。
自虐ネタを使ったお師匠様なりのジョークだったわけね。騙されたわ。
緊張でカチカチになっていた他の生徒も、息を吐いて肩を下ろした。
掴みは上々だけど、普段とのギャップに顔を赤くしている女の子がいるのはちょっと嫌な感じ。
お師匠様だって顔は悪くないし……私の中では一番だし?別にもう婚約しているから心配はしてないけど?
面白くはないわね。
「では、早速授業に入ろうと思う。教本の二ページ目を開きなさい」
だけど、聞き取りやすい声でハッキリと話し出すお師匠様は前よりもずっと先生が似合っていた。
過去の境遇を知る私としては、その事がとても嬉しくて誇らしかった。
いつかの泣きながら道に迷っていた少年は、立派な大人として私達の前に立っているのだから。
「あぁぁぁぁ……終わった……」
机の上に倒れ込む私。
人様にお聞かせできる声じゃないけれど、教室に残っているのは私だけだから心配無し。
「初日でやる内容じゃないわよアレ」
お師匠様のスパルタっぷりは最初からアクセル全開で、私はお手本として魔法をガンガン使わされた。
あの人、私を婚約者じゃなくて都合の良い教材の的当て人形と勘違いしてるんじゃないの!?
そのせいで片付けにも時間がかかり、こうやってひとりぼっちになってしまった。
男子達はそれぞれの派閥に別れて出て行ったし、アリアには伝言係として先に待ち合わせ場所へ向かってもらった。
「少し遅れているから急ぎましょ」
荷物をまとめて抱え込み、私は誰も残っていない教室を後にした。
校内には人がチラホラと残っていて、その横を通り過ぎて校舎の外へ出る。
待ち合わせのカフェは校舎のある場所を出てすぐの場所、例のマッチョな生徒がアルバイトしているお店だ。
他学年も混じって歩く道を進んでいると、丁度道の真ん中で誰かが立っていた。
腕なんか組んで、あんな場所だと他の人の邪魔になるのにね。
私はその隣をスイスイと避けて先を急ごうと、
「ちょっとお待ちになりなさいですの」
誰かを待っていたのか。まぁ、関係ないからさようなら。
「待てって言ってるのが聞こえないんですの!そこの悪役顔!」
「あぁん?」
回れ右して私のコンプレックスを馬鹿にしてくれた人物を睨む。
近くを通った男子生徒が「ひぇっ!?」と驚いて腰を抜かしたが、私の知らない話だ。
「ようやく会えましたですの。シルヴィア・クローバー」
不敵な微笑みを浮かべていたのは、髪の毛を両サイドで結んだツインテールの少女。
特徴的なのは、女性の平均より高めの私より遥かに低い胸元くらいに顔がある。
小柄なアリアより更に小さい。小学生くらいかな?
「どうしたの?迷子?」
「この制服が目に見えないんですの!?わたくしはれっきとしたこの魔法学園の生徒ですの!!」
地団駄を現実で踏む人を初めて見たわ。
小さな女の子は確かに制服を着ていて、サイズもピッタリなので何処ぞの子供が悪戯で着ているようではない。
「その年で飛び級なんて凄いわね」
「アナタより一つ下の年齢ですの!!さっきから身長で子供扱いしないで欲しいですの!!」
許さない。私はこの悪役顔が嫌いなのだ。
そちらからネタにしたなら仕返してやるのが作法というもの。
「で、何かしら新入生。というより誰なの?」
オレンジ色の髪をしたちびっ子。顔つきは童顔なのにちょっと吊り上がっている目のせいで、生意気に見える。
こんな印象的な子に会っていたら忘れそうにないけど、私は知らない。
もしかして昔参加したお茶会で会ったことあるのかな?でも、私ったら覚えてないのよね。美味しいお菓子に夢中だったし。
「会うのは初めてですの。わたくしはキャロレイン・ダイヤモンド。公爵家の令嬢ですの」
うん。知らない子だ。
ダイヤモンド公爵家にも心当たりが無い。
「公爵家のご令嬢が何の用かしら?私は貴方の事なんて知らないわよ」
約束の時間は過ぎているから、無視してこのまま行っちゃおうかと私は思った。
「そのようですわね。では、こう言えば話を聞いて貰えそうですの。わたくしはダイヤモンド家の養子で、古い名前はキャロレイン・シザース。姉の名前はベヨネッタ」
しかし、公爵令嬢が口にした名前を聞いて、私は完全に足を止めた。
その名前には聞き覚えがあったからだ。
「アナタによって取り潰しにあったシザース侯爵家のベヨネッタ・シザース。その妹ですの」
もう一度、ツインテールの少女は不敵な笑みを浮かべた。