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第五話 シルヴィアさん、お説教です。

 

「それで、どうして君はこうも面倒な事に関わるんだ」

「今回ばかりは私のせいじゃないですよ……」


 昨年までエリちゃん先生が使っていた研究・職員棟の上層階で、私は正座していた。


 シンドバットの衝撃のカミングアウトの後、学生寮に行く前に真っ直ぐココへ行くようにアリアとクラブから言われたのだ。

 一ヶ月ちょっと振りにお師匠様に会えると期待していたら、旅の道のりを説明している途中から機嫌がみるみる悪くなって床を指差された。


「よりによってシンドリアンの皇子か……」


 自分のこめかみを指でぐりぐりしながら重い息を吐くお師匠様。

 眉間に皺が寄っているわね。


「前に話した内容を覚えているかね?」

「ピーター・クィレル達が逃走用に用意していた船の行き先がシンドリアン皇国だったって話ですよね」


 王都で表彰式に参加した時にお城エース達から聞いて、お師匠様も後から会話に参加していた。


「国の意思なのか、個人の思惑なのかは分からないが、このタイミングでの留学だ。無関係だとは思えない」


 心配そうに悩んでるお師匠様だけど、私はあのシンドバットにそんな悪そうな事が出来るとは思えない。

 一緒に過ごした期間は長くないけど、チャラチャラしてそうだけど中身は芯のある真っ直ぐした人物だと思いたい。

 泣き事を言いながらも私の鍛練について来た訳だし。


「大丈夫ですよお師匠様」

「自信がありそうだが、根拠はあるのか?」

「無いです!しいて言うなら私の勘とか?」


 むぎゅうっと私の頬を掴むお師匠様。

 痛い!痛いって!


「君は勘や運に頼りがちだ。そうやって今まで何度迂闊に首を突っ込んで痛い目に遭った」

「えっと……よく覚えてないです」


 昨年度だけで数回。お師匠様との旅や、その前の実家、日本にいた頃も特に考えなしで行き当たりばったりで生きてきた。

 最終的にはこうやって幸せな生活に恵まれているからそれでいいじゃないかと思うんだけどなぁ。


「この世界は君の元いた世界とは違う。権力者の機嫌を損ねれば首が飛び、他人と違う所があれば迫害される。どちらも容易に行なわれるんだ」


 民主主義なんてお構い無しに偉い人の判断で死が決まる。

 魔法を使って人を殺そうとしたりする悪い連中だって沢山いる。

 日本よりも治安が遥かに悪い場所だ。


「その辺については私だって理解してますよ。だから鍛えて強くなったんですから」


 学年で一位の成績。一対一の決闘だって、先生達にだって負けるつもりは無い。


「はぁ……。なんだか君を見ていると昔の私を思い出すな」


 昔のお師匠様。それって学生時代の?

 トムリドルとの決戦の中で私はお師匠様の深層心理に触れた。そこで見たのは彼の過去。


「お師匠様よりはマシですよ。友達だっていますし」

「その友達まで巻き込む事になるのだ。君の周囲には替の効かない人が多い。何かあれば責任は取れるか?」


 光の巫女であるアリア。初代国王と同じ光の魔力を持つエース、多重属性のジャック、エリスさん。そして、風魔法の天才であるクラブ。


 誰もがこの国の将来を担う人材だ。


「それに代わりがいないのは、シルヴィア。君も同じだ」


 優しい目で私を見るお師匠様。


「どれだけ私がハラハラしているか知らないだろう?他の誰よりも、私にとっては君が一番大事なのだ。だから危険な事には関わらないでくれ」

「お師匠様……」


 私を守ると誓ってくれた人。

 その為に魔法の研究だけでなく、エリちゃん先生から理事の座を引き継いで権力争いに身を投じてくれた。

 ずっと私の憧れであり、一番身近な場所で安らぎを与えてくれる。


「まぁ、今年度は私が君達の担任だから余計な事が出来ないようにみっちり指導するが」

「げぇ!?」


 口から貴族のお嬢様っぽく無い声が出てしまう。


「なんだね。その驚嘆は」

「前に言っていたじゃないですか。理事の仕事があるから授業担当はしないかもって……」


 理事の仕事は多岐に渡る。

 そもそも魔法学園という小さな国みたいな都市を運営するにあたって、諸々を判断・協議して承認するのだ。

 貴族の領主と変わらない仕事量。それプラスに魔法についての研究や論文の発表もあり、生徒の面倒なんて見ている暇が無い。


 一部の弟子として認めた生徒くらいしか魔法を教えないので、上を目指す生徒は教師や理事から個人的なレッスンを受けるために媚を売る。

 去年のアリアだってお師匠様からの推薦でエリちゃん先生の弟子にしてもらったのだ。


「君が来る前に理事会があった。そこで私を理事の代理として認める代わりに君達の担任に指名されたのだ。どうも連中は私が失敗すると思っているようだが……フフフッ」


 あ、お師匠様がとっても悪くて怖い顔をして笑い出した。

 これは機嫌が悪いというか、怒っているわね。

 そんな事をすればお師匠様が好きな研究の時間が減るから恨みを買うだけなのに。


「シルヴィア。私の授業を楽しみにしているといい。これまでの学園の歴史で最高位の成績にしてみせようじゃないか」


 ひぇっ。私は辛うじて付いていけるけど、それって去年のFクラスにした補習よりキツいんじゃ……しかも一年間継続って。


 地獄へのレールを敷いてくれた誰かにお礼参りしてやりたい気分をグッと抑えて、私はこの後もお師匠様のお叱りを受ける事になった。












「大丈夫ですかお嬢様?」

「心配無いわよソフィア。ただちょっと足腰が」


 数時間後に解放され、荷物が運び込まれている学生寮に戻った。

 学年が一つ上がった事で去年よりも校舎に近くなり、お店が立ち並ぶエリアが近くになった。

 これで毎朝起きる時間も少し遅くしていいわよね。


「おいシルヴィア。まさか、」

「いくらなんでもまだ早過ぎるんじゃないのかい?」

「お、お姉様の……」


 同じクラスになった友達と、内部の作りはほぼ変わらない寮の談話室に集まっている。

 なんでか皆んなが青い顔をして、ソフィアなんて顔を赤らめているけど、どうしたの?


「姉さん。何があって足腰に力が入らないのかきちんと言って」

「決まってるじゃない。正座して痺れたからよ」

「そんな事だろうと思ったよ」


 やれやれと首を振るクラブと、明後日の方向へ顔を背けるアリアと王子達。

 何か変な事でも言ったかしら私?


「それで聞いてよ。お師匠様が私達の担任になるのよ」

「マーリン先生がかい?」


 エースの言葉に私は頷いた。


「お師匠様を良く思わない理事が嫌がらせで押し付けたらしいのよ」

「マーリン先生を気に入らない理事か……」

「おいエース。それってジェリコ・ヴラドじゃないのか」

「そうだろうね」


 ジェリコ・ヴラド?

 頭上に?を浮かべる私に飲みかけの紅茶をテーブルに置いてクラブが説明する。


「姉さんは知らないだろうけど、貴族の間だと知らない人はいないくらい有名な人だよ。ヴラド公爵家の元当主で、長年理事をしているんだ」

「貴族の当主って魔法学園で働けないんじゃなかったかしら?」


 トムリドルしかり、ピーターしかり、彼らは貴族の次男坊や三男坊。家督を継げなかった者が学園で教師をしているパターンが多い。

 それは、当主が学園で働くと領地の運営が疎かになりかねないからという理由の他に学園は国とは別の自治権を持つ独立した組織でありたいという思惑があるから。

 魔法学園は国と対等なお友達で従属では無いというスタンスだ。


「その通りだ。だが、オレ様が聞いた話ではジェリコ・ヴラドは息子が生まれた直後にその家督を引き継がせ、自らは学園へとやって来たそうだ」


 えー、そんなの子供が可哀想ね。物心もついてないのに当主にされるなんて。


「だけどそれじゃあ、公爵領の方が危ないんじゃないの?」

「その辺は抜かりなかったらしいぞ。信頼できる補佐官を残して、ジェリコ自身も手紙などで指示を送っていたそうだ。理事になり、息子が成人してからはその勢力を拡大している。一大派閥の完成だ」


 その影響力は王族でも無視できないとジャックは言う。


 彼らの掲げる思想は同じ。

 魔法使いは貴族のみで構成され、魔法学園は王国の統治下に置かれるべき。

 貴族の子息には最上級の教育を。

 貴族でもないのに魔力を持つ者は異端であると。


「なんですかそれ!それじゃあ、わたしみたいな平民は」

「ここから出て行け。もしくは奴隷として飼い殺されなさい……って所だね。俺もどうかしていると思うよ」


 エースが疲れた顔で紅茶を飲む。

 ソフィアが淹れたのが美味しかったのか、少しだけ頬が緩んだ。


 それにしても、そのジェリコ・ヴラドって人はとんでもない傲慢ね。

 そして厄介そう。お師匠様は実力は確かだけど人付き合いが苦手だし、何かと嫉妬されやすいから敵が多い。


「あと一つ、悪い情報があるな」

「何よジャック」

「……ジェリコ・ヴラドとエリザベス・ホーエンハイムは犬猿の仲だったらしい」


 うわ……それはもうダメね。

 どんなに優秀でも、エリちゃん先生の後釜ってだけで嫌われてそう。


「何か私達がお師匠様の力になれたら……」


 これから先の未来が不安だと心配してしまう。

 肩を落とした私に、エースが提案を出す。


「方法はあるよ。マーリン先生が担任になるというなら、俺達が誰にも文句を言わせないような成績を取ればいいのさ。シルヴィアと俺達がいるからきっと出来るよ」

「そうだよ姉さん。姉さんは成績だけは凄いから、きっと先生の助けになるよ」

「お姉様。わたしも頑張ります!」

「オレもだ」


 皆んなが励ましてくれる。


「お嬢様。くよくよ先の心配するなんてらしくないですよ」


 私の肩を持ち上げて、ソフィアが微笑んだ。


 そうよね。そんなの私らしくないもの。

 思い出しなさいシルヴィア・クローバー。


 やりたい事は全部やって、その瞬間、瞬間を必死に楽しく生きる。

 それが私の夢、生き様にしたいこと。


 誰から見て、それが悪い子に見えてもお構い無し。

 だって私はあの悪役令嬢シルヴィアなんだから。


「よーし、そうと決まればビシバシ鍛えて今よりもっと強くなるわよ。目標は全員お師匠様越えね!」

「「「「「えっ!?」」」」」

「それくらい理想は高くていいじゃない。大丈夫だって、私と同じトレーニングを毎日続けていればかなり近づけるから。クラス全員がそうなれば国の一つくらい落とせるわよ」

「「「「「落とすな!!」」」」」


 この後、少しは常識を学んでくれないと死人が出ると皆んなに囲まれて怒られた。


 なんでか、学園に来てからこんなんばっかりなんですけどー!

 私が何をしたっていうのよ〜!!








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[一言] マジで国落とした方が手っ取り早そう
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