三話 魔法学園への道のりと理事会
「ほらほら!チンタラしてたら始業式に間に合わないわよ!」
「シルヴィアちゃん、マジ半端ねーな」
旅の仲間にシンドバットを加えて一週間。
態度やノリは軽そうな人だと思っていたけど、根性はあるようで、大粒の汗を流しながらも私のすぐ後ろを歩いている。
「アリアさん。姉さんの真似しちゃいけないよ」
「こればかりはわたしも無理です」
「何か言ったかしら?」
私の背中でボソっと呟くアリア。
今、私達は魔法学園への最後の難関である山越えを決行している。
一般の人達は迂回したり、行商人達の列に混ぜてもらったり、湖を船で渡ったりする。
間違っても私達のように少人数で、しかも背負子に人を乗せて険しい山道を登らない。
「いや〜、まさか肉体改造からとか思わないじゃん?」
「シンドバットは元から基礎があるから魔法の練習よりも、魔力を流す体の強化ね」
魔法を使うのが下手だと言っていたけど、実際に実演してもらうとそこそこの腕前だった。
クラスで例えるならDクラスって所ね。半分より劣るけど、そんなに悪くない。下位の貴族や筋のいい平民が在籍している。
「魔力っていうのは体の内側を流れるエネルギーなわけよ。肉体の成長と共にある程度の最大量は増加するけど、個人差があるわ」
まぁ、その差が著しく大きいのがアリアね。
一方で私ことシルヴィアは肉体の成長による魔力の増加は平均並みだった。仮にお師匠様式のトレーニングをしていなかった場合はすぐに魔力が空っぽになっていたはずよ。
「魔力の最大量を意図的に増やすには、肉体の活性化が効果的。病弱より健康な人の方が体力があるように、魔法使いも体力ある方が体内で魔力が多く生成されるのよ」
ところが、それを知らないのか、体を動かすのが怠いのか貴族の子供達は生まれながらの才能にかまけている。
平民で体を動かす子の方が持っている魔力が多い事もある。
「あー、でも平民の方が成績低くない?」
「当たり前でしょ。道具と同じで魔力は使わないと体に馴染まないわよ。貴族は入学する頃には魔法を使うのを苦痛に感じないし、文字の読み書きも出来て知識の吸収が出来るからよ」
入学式後の振り分け試験が良い例だ。
的に当てるには魔力の流れをコントロールしなくちゃいけない。威力を高めるにはどの形が適切かなんてのも考えないといけない。
授業が始まっても最底辺のクラスは文字の読み書きからする子だって少なくない。
そりゃあ、差が出るよ。
「凄腕の魔法使いを数多く揃えたいなら、子どもの頃から英才教育しないとダメね。本人のモチベーション次第な部分もあるでしょうけど」
私の場合はそれが高かった。
強くならないと家族に会えない上に破滅フラグに負けて死んじゃう可能性だってあったから。
「シンドバットは何を目的に強くなりたいのかしら」
「オレっちは……認められたいからかな?」
少し考えてから口に出された言葉には重みがあった。
このちょっと期間で感じた彼の人柄からは想像付かないような、そんな重み。
「てっきりモテたいからと思ったわ」
「酷っ!?シルヴィアちゃんはオレっちを何だと思ってんのさ〜」
「ごめんなさいね。まぁ、誰かにモテたり気を引きたいからって理由で魔法を極めるなんて不純よね」
「ーーうっ」
クラブが呻き声を出したけど、大丈夫かしら?
「魔法学園にはそういう人もいるんじゃねーの?」
「そんなのは下位の貴族だけよ。上位貴族や王族は国や民のために魔法を磨くのよ?私利私欲だけで成績トップクラスなんて無い無い」
「ーーーふぐっ」
クラブが胸を抑えているけど大丈夫よね?なんだか顔色が悪くなっているけど。
「お姉様、その辺で。わたしだって強くなりたいのはお姉様の側に居たいからなんですよ?」
「知ってるわよ。アリアは特殊な例としても、他にそんなキワモノいないでしょ」
誰かを好きになっただけでモチベーションが上がって強くなるなら私の7年間が報われないわよ。
こっちは命をかけてたんだから。
「キワモノって……」
「事実よ。アリア、貴方ってば自分がどれだけ凄いのか理解してる?」
平民でありながら光の巫女に選ばれ、最初から魔力の総量は上位貴族並み。呪いは効かないし、どんな呪いの解呪も可能。教えた事をスポンジみたいに吸収するし、呼び出した召喚獣も最高レア。頭だって悪くない。
まさしく主人公に相応しいチートっぷりね。
「自分がどれだけ周囲に影響力があるかを把握しないと、いつの間にかとんでもない事に巻き込まれたりするわよ。悪目立ちしないようにお淑やかに慎ましく振る舞う事をオススメするわよ」
例えば私みたいね。
「ソウデスネー」
「素直でよろしい」
表情が見えないけど返事があった。
無自覚にフラグを回収しちゃうのが乙女ゲームにありがちなわけよ。
そういうのに詳しいんだから私。
「ははっ。シルヴィアちゃんってやっぱおもしれー女だね」
「そうよ。私くらい良い女なんていないわよ」
そんな私と婚約したお師匠様は世界一の幸せ者よね。
見た目だけは一流だけど、中身はダメダメなんだから。私くらいしか惚れたりしないわよ。
「さて、お喋りはこの辺までにして本気出すわよ」
「……ジーマー?」
「シンドバットさん。いざと言う時はユニちゃんで運びますから」
「アリアちゃん、マジ頼んだ」
魔法学園の中にある会議室。
高い防音性を有するこの場には私を含め、たった数人の魔法使いしかいない。
「それでは最初の議題についてじゃが、」
ひりついた空気の中で、アルバス・マグノリア理事長が司会として話し始めた。
その喋りは流暢で、緊張感など無いといった様子だった。流石は歴代の中でも最長の在任期間を更新し続ける人だ。
魔法使いとしての実力も、権力者としての実力も高い。
「ちょっとよろしいか、マグノリア理事長」
「なんじゃ、ヴラド?」
ヴラドと呼ばれた人物が手を上げている。
彫りの深い顔で、白髪混じりの初老の男だった。昔は精悍な顔つきの若者だったのだろうが、眉間に刻まれたしわがどのような道のりを歩いてきたかを証明している。
「ここは学園都市を運営する最高意思決定機関である理事会の場。そこにどうして半魔風情がいるのか」
半魔。久々に聞いた蔑称だ。
「ヴラド理事、それは」
「半魔が口を開くな。神聖な場が穢れる」
大人しく口を閉じる。
目線をマグノリア理事長へと向けると、こちらへ気の毒そうな苦笑をしていた。
「ヴラドよ。先の事件でホーエンハイムが学園を去った。彼はその代理じゃよ」
「報告は受けている。しかし、吾輩は認めていない」
知っていながらあの態度だったか。
ジェリコ・ヴラド。学園理事の中でも貴族派の中心人物として活動している。
本人も名家の出身で、貴族社会に知り合いが多く、貴族の当主達は自分の子供を学園に入学させる時は、この男によろしくお願いしますと挨拶をする習慣があるくらいだ。
彼に媚を売らないのは王族やそれに連なる家、そして彼に価値無しと判断された下級貴族。
「代理を任命する権利は儂にある。伝えるのが遅れたのはすまんがの」
遅れたというのは間違いで、わざと遅らせた。
そうでなくては確実に横槍が入ってしまうから。理事長がエリザベス先生のこれまでの貢献に報いた形として。
それに気づいていないヴラドでは無いだろう。
「他に代理を任せられる人材がいる筈。吾輩の側近達ならば十分に務まる。それに裏切りもない」
ヴラドはこう言っているのだ。
ーーートムリドルに気付けなかったエリザベス先生は無能で、その代理を半魔如きに任せられるかと。お前の席など無いと。
悔しいがその通りだ。
私は今まで権力争いとは無縁の生き方をして来た。何かあれば自分の魔法だけでどうにか出来る、研究成果があれば何処でも通用すると。
しかし、これからはそうはいかない。
逃げる事は出来ない。守るべき者達がいる。
その家族に手を出させない。エリザベス先生のように責任を押し付けられる人を出したくない。
シルヴィアに会って、自分の境遇を振り返り、王都で夢を叶えるマイトに再会した。
ーーーもう、私のような辛い思いを子供達にさせたくない。魔力を持つ者達が誰しも平等に学べる世界を実現したい。
「ヴラドの言う事も尤もじゃの」
「ならば即刻、解任すべきだ」
私を睨みながら、ヴラドは断言した。
何かを言い返さなくてはと焦っていると理事長が口を開いた。
「じゃが、彼の研究を手放すのは実に惜しい。……ここは一つ、賭けをせぬか?」
「賭けだと?」
「そうじゃ。期間は次の理事選まで。儂らが出したお題をマーリン先生が達成できるか」
私は何も聞いていないが、理事長の独断か?
だが私に口を挟む事は出来ない。
「例のクラスの担任と、残りの回収でどうかの?」
「………一つ付け加えを」
「認めよう」
「失敗した場合は半魔の学園追放と、マグノリア理事長、貴方の辞任だ」
「よかろう」
理事長が頷くと、会議室内が騒めく。
あのマグノリア理事長の首が、二年目の新人に委ねられたのだ。
現時点でマグノリア理事長に次ぐ権力を手にしているのはヴラド。つまり奴は学園の権力全てを狙っている。
私の身だけでは無く、理事長まで。
万が一の場合は平民上がりの魔法使い達が学ぶ機会を奪われる恐れがある。
ヴラドは貴族のみが魔力を持つに相応しいという思想の持ち主だ。
「では、その時を心待ちにしておきます」
勝利を確信したと言わんばりの言い草でヴラドと他の貴族派の理事達は立ち上がり会議室から出て行った。
残された者もいそいそと立ち去る。
まだ湯気の立ち上るティーカップ達が私と一緒に残されてしまった。
「理事長……」
「心配無いじゃろう。例のクラスは君にも利点がある。彼女さえコントロール出来れば、」
「それが出来れば苦労はしていません。他国の皇子の件もあります。必ず何かが起きます」
「………早まったかもしれんの」
髭を触り出した理事長の額に汗が浮かんだような気がした。
私ならば手綱を握れるとでも考えていたのだろう。
ーーー頼むから大人しくしていてくれシルヴィア。
私は、この場にいない婚約者に祈りを捧げるのだった。