一話 学園へ行こう!
第3部。魔法学園2年生編がスタートです。
話数も101話ではなく、新しく一話としてカウントします。
よろしくお願いします!
「クラブ、遅れてるわよ。きびきび歩きなさい」
「ま、待ってよ姉さん……ちょっと休憩を」
だらしなくもその場に座り込むクラブ。
大粒の汗を掻きながら荒い呼吸を繰り返す。
「大丈夫ですかクラブさん?」
そんなクラブに水筒を差し出したのはアリア。
こちらはクラブ程ではないけど、疲れた顔をしている。
「二人とも、そんなペースじゃいつまで経っても学園に着かないわよ」
旅路は半分を越えたが、新学期までの時間を考えると無駄に出来る時間は少ない。
「姉さんはよく平気だね……」
「わたしも体力にはそこそこ自信がありましたけど、お姉様とは比べ物にならないです……」
一度座り込むと立ち上がるのが嫌になる。
体より先に精神の方が折れちゃったようなので、仕方なくここで休憩にしよう。
「こんなの、お師匠様と旅した時よりマシよ。あぁ……お師匠様に会いたい」
時は一か月前に遡る。
「えー!もう行っちゃうんですか!?」
「あぁ。昨年度の事件や理事代理への就任関連で仕事が増えてしまった」
領主の屋敷。その離れでいつもみたいに話をしていると、お師匠様が学園都市に戻るなんて言い始めた。
最近はお父様と二人で町に行ったり、リーフも少しお師匠に懐いてきたのに。
それに新学期が始まるまで時間はまだまだあるのに……。
「クローバー領でも今までお仕事してたじゃないですか」
疲れを取るための自作エナジードリンクを飲んでまで働いていたのを私は知っている。
「直接目で見て確認する代物や理事同士の打ち合わせ、授業の準備は学園でしか行えないんだ。わかってくれシルヴィア」
くっ。これが日本ならオンライン会議とかで遠距離でも仕事出来るのに!
「まだまだお師匠様としたい事が沢山あったんですよ?」
「私もまだ君と一緒に居たかった……だが、理事の役目は私に託された仕事だ。シルヴィアやアリア君のためでもある」
「……はーい」
トムリドルのせいでエリちゃん先生が責任を取って辞任した。
学園都市は非常に厳しい目で見られている。貴族の中には子供を危なくて任せられない!という人まで。
それでも、学園都市は魔力を持つ人の拠り所。
私の好きな乙女ゲーム?の【どきどきメモリアル!選ばれしアナタとイケメンハーレム】通称【どきメモ】の舞台でもある。
まぁ、本編のシナリオを前倒しする形で悪役令嬢として破滅するはずだったシルヴィア・クローバーは人間と妖精のハーフである魔法使いマーリンと婚約しました。
破滅フラグの攻略キャラ達との交友関係は良好だし、何の心配もない。
だからもう何も心配しなくていいわよね!私は安息を手に入れたのよ!
「結局、ロクに魔法の指導も出来なかったな」
目の前で立っているお師匠が呟く。
そういえば、そんな約束をしていた。アリアの魔法の師であるエリちゃん先生の代わりにお師匠様が指導する事になった。
ただ、想像以上に理事の仕事は大変だったみたい。
「まぁ、宿題を残してあるからアリア君やクラブと取り組みなさい」
「分かりました」
お師匠式の特訓。あの二人に耐えられるかしら?
そんな考えをしながら、私はお師匠様の前に立って胸に顔を埋める。
「……すぐ会えますよね?」
お師匠様と離れ離れになるのが嫌だ。
この世界に転生して一番長い間、私の側にいてくれた人。
「シルヴィア、寂しいのは私も同じだ。顔を上げなさい」
優しい声が聞こえた。
未練がましくお師匠様の服を摘んだ状態で私は上を向く。
そこにあるのは私の好きな人の顔。
長いまつ毛。万華鏡のように輝かしい瞳が私を真っ直ぐに見つめていて、
「んっ……」
弱音を吐いた私の口を一瞬だけ塞いだ。
「次は学園で再開した時だ」
「……ズルいですよお師匠様」
満足したのか私の頭を乱暴に撫でて部屋から出て行った。
一人残された私は、まだ熱を持った唇にそっと指を当てるのだった。
ーーー何回やっても慣れないなぁ……。
もうお師匠様成分を摂取してない期間が長くて禁断症状が出そう。
あの時のキスの感触ももう薄れてしまいそうだ。
学園の制服の上から羽織っているコートは彼のお下がりだけど、匂いが私のに上書きされかけてしまっている。
会いたい。会ってお喋りして、お互いの熱を感じていたい。
「お姉様」
「なに?アリア」
「マーリン先生の事考えてましたね」
「バレたかしら」
「お姉様の考えてる事くらいお見通しです」
焚き火の番をしているとアリアが隣に座って来た。
クラブは疲れてぐっすり眠っている。
ジャック達と一緒に鍛えていたとはいえ、慣れない旅は疲労が溜まっていたようだ。
「アリアは寝なくていいの?」
「いざという時はユニちゃんの上で寝ますから!」
ユニちゃんというのはアリアの召喚獣のユニコーン。性別はオスだと思うんだけど、可愛いニックネームね。
なお、お師匠様を助けるために使用したユニコーンの象徴である角はまだ新しく生えていないからただの白馬にしか見えない。
「私もエカテリーナに乗ろうかしら?」
でも、それだと宿題をこなした事にならない。
お師匠様が出したのは体力・魔力・精神力を鍛えるためにクローバー領から学園都市まで交通機関を使わずに移動するという内容だった。
似たような事を去年やった私と初挑戦のアリア。そして、何でか自ら志願したクラブ。
ソフィアは魔力を持っていなくて過酷な旅になるから先に馬車で学園に戻っている。新入生の学生寮の準備もあるから早めの行動だ。
「それだけは止めてくださいねお姉様」
「やっぱ駄目よね」
私が乗れるサイズのエカテリーナを召喚すると通り道の村や町の人が腰を抜かしてしまう。
巨大な化け物が現れたと騒ぎになるからだ。
「疲れたら私もユニコーンに乗せて貰うわね」
「はい。是非二人で!お姉様が前で私は、」
「ロープで引き摺るわね」
「酷いですお姉様!」
いや、だって抱きついて胸を触る気満々でしょ貴方。
前に二人で乗った時にスーハースーハーって匂い嗅いで「フヒヒヒ」って笑った事忘れてないからね。
とんだ変態に育ったけど、それで良いのか原作主人公……。
「あ、そろそろ薪が」
野宿をしていると野生の獣が出やすいし、寒いので火は燃やし続けておきたい。
魔力で火を出し続ける手もあるんだけど、日中は身体強化の魔法を使い続けながら移動するので無駄に消費はしたくない。
朝食作りにも使うから焚き火には消えて欲しくは無いわね。
「手頃な木の枝を拾ってくるわね」
「はい。火の番は任せてください」
立ち上がって近くの林に立ち入る。
近代文明の社畜さん達が照らしてくれる素敵な夜景なんて存在しない世界なので街灯なんてごく一部でしか普及していない。
森の中には何も光源が無いので火の魔法で小さなランタンに灯りを灯す。前回王都でゼニー商会に立ち寄った際に購入した魔道具だ。
原理としてはランタンの中に魔力に反応する魔石があって、それに火をつけると魔石の中の魔力が放出されて火魔法を使っているのと同じ原理で灯りがつくとか。
魔石は大きさによって中に貯蔵されている魔力の量が違う。そして貴重で高価だ。電池みたいな道具なのに庶民には手が届かないくらいには。
「落ちてる木の枝が少ないわね」
足元を照らしながら歩く。
木の枝を折って薪にするのも出来なくは無いけど、灰が凄いし煙たくなるし、と面倒だから遠慮したい。
数十分後。私は苦戦しながらもなんとか丁度いい枝を集めた。
これくらいあれば明日まで持ちそうだ。
「アリアも待ってるし、そろそろ戻ろ」
そう口に出して野営地へ戻ろうとした時だった。
ぐにゅ。
足元に変な感触があった。
何かを踏んだようだ。
ーーまさか野獣の糞とか!?
だとしたら最悪よ、と足元を再びランタンで照らすと……
「うぅ……食べ物プリーズ」
人だった。
ただ気になる点がある。
うつ伏せに倒れている背の高い男性はどうして全裸なんだろう?
「き、きゃああああああああああ!!」
夜の森に私の悲鳴が木霊した。