④真夜中の若い女性
④真夜中の若い女性
谷沢さんのにぎっている白い封筒には、差出人の名前が書かれてありませんでした。それに切手もなければ住所もなく、あるのは宛名だけなのです。
「望田しげる様……ってこれ、駄菓子屋のおじいさんの名前だよね」
ポーくんがおそるおそるたしかめると、谷沢さんは腕ぐみをしながら口を開きました。
「いったい、どんな理由で、こんなことするんだろうなあ。しかも、相手は亡くなられている人だし……」
「でも、よほどのことだよ。だって、あんなにおいしい手紙だったんだから……」
ポーくんは、ちょっと考えてから言いました。
「ねえ、谷沢さん。この手紙、配達できないんでしょ? だったら、もうしばらく、ぼくにあずからせてくれない?」
「どうして?」
「おじいさんからの返事が来なかったら、あの子はもう一度、手紙を出しに来るような気がするんだ。こんなにおいしい手紙だもの。おじいさんからの返事を待ってるにちがいないよ」
「そうか……。じゃあ、しばらくそうしておこう」
谷沢さんは、白い封筒をもう一度、ポーくんの口に入れました。
それから数日たった真夜中のことです。
行き交う車の音も止み、すべてが静まりかえった中に、かすかな足音が聞こえてきたのでした。
うつらうつらしていたポーくんは、はっと目を覚ましました。
最初はぼうっとかすんだ人影が、だんだんくっきりと見え始め、やがて、目の前に現れたのは、女学生ではなく、薄桃色の和服を着た若い女の人でした。
「あなたにたのんだら、願いはかなうのよね……」
その女の人は、祈るような瞳でじっとポーくんを見つめました。
(あれ? この前も、たしか同じこと聞いたよね?)
思い出す間もなく、白い封筒がふたたび口の中に入れられたとたん、またもやポーくんは身動きできなくなってしまったのでした。
さあっとからだをかけめぐる清涼感。
身体のすみずみから元気がわきあがってくるようなおいしさに、ポーくんは思わず目を閉じました。
そして、次に目を開いたとき、女の人はいなくなっていたのです。
女学生のときと、まったく同じでした。
「ええっ? そりゃまた、どういうこと?」
次の日の午前中、集配に来た谷沢さんは、二通目の白い封筒を手に小首をかしげました。
一通目と同じ、やはり差し出し人なし。切手なし。宛先はやはり、《望田しげる様》なのです。
谷沢さんはちょっぴりポーくんを責めるような口ぶりで言いました。
「どんな人なのか、たしかめてほしかったのに、ポーくんたら、どうしていつも肝心なときに眠ってしまうんだろうね?」
ポーくんも負けじと言い返しました。
「だって、だってさ、今まで食べたことがないくらいおいしい手紙なんだもん。つい目を閉じてしまったんだよ。そしたらもう影も形もなかったんだ。うそじゃないよ。本当だよ」
ポーくんは、とつぜん、あることを思い出しました。
「そういえばさ、二人とも同じこと言ってたんだ。『あなたにたのんだら願いがかなう』って……。
ねえ、谷沢さん、それってなんのことだろ?」
谷沢さんは、二通目の手紙を、もう一度ポーくんに戻すと念を押したのでした。
「とにかく、今度こそはぜったいに目を閉じないで……しっかり相手を見ておくんだよ。わかったよね? ポーくん」