②赤いバイクの谷沢さん
② 赤いバイクの谷沢さん
谷沢さんは、赤いバイクに乗って、一日に三回必ずやって来てくれました。
働きはじめて二年目。谷沢さんは夢咲郵便局のまだ若い配達員なのです。
元気のないポーくんのおなかを、トントンとたたいて、いつもはげましてくれます。
「いくら、ケイタイ電話の時代が来たって、手紙やハガキを待ってる人は、きっとまだまだたくさんいるよ。元気出して! ポーくん」
もちろん、駄菓子屋のおじいさんもポーくんの心強い味方でした。おじいさんは、手紙を書くことが何よりも好きだったのです。
「ポーくんや。おまえさんのおかげで、わしは安心して手紙を書いて、こうやって出すことができるんだ。きょうもよろしくたのむよ」
そう言っておじいさんは、決まって墨で書かれたぶ厚い封筒をポーくんに食べさせてくれました。
きりりとした墨の味。ふっくらとした和紙の甘さ。季節ごとの便りの文字にこめられたおじいさんの気持ちがなんとも心地よく、ポーくんのおなかをじっくり温めてくれたものでした。
そんなおじいさんがいなくなってからは、ポーくんはもうあんなに美味しい手紙を味わうことはできなくなってしまいました。
それでも、今日こそはだれかが、おいしい手紙をたらふく食べさせてくれないかしら。
そう願わずにはいられないポーくんでした。
半年前におじいさんが亡くなってから、しばらくの間、駄菓子屋はおばあさんがひとりで切り盛りしていました。けれども、ここ一ヶ月近く、店のカーテンはずっと閉じられたままでした。
厳しかった残暑も、だんだんと遠ざかってきたある日のこと。
手紙の集配にやってきた谷沢さんは、ふと塀越しに銀木犀を見上げて、つぶやきました。
「また、この季節が来たね」
そういえば、昨年の今ごろは、おじいさんもおばあさんも、まだまだ元気いっぱいでした。
「おばあさん、身体の具合が悪いんじゃないかしら」
心配そうなポーくんを安心させるように谷沢さんは明るく答えました。
「だいじょうぶだよ。この前、小包を届けに行ったとき、おばあさん、ちゃんとハンコをくれたし」
「そう。それならいいんだけど……。ひとりきりでいるのは、きっとさびしいよね」
谷沢さんも、うなずきました。
「たしか、となりの町に、娘さん一家が住んでいるはずなんだ。いっしょに暮らせたらいいんだけどね」
おじいさんといっしょにいたころは、一日中、はつらつと動き回っていたおばあさん。
毎年、銀木犀の香りがただようころには長いこと、二人寄り添って、この木のそばで語り合っていたものです。
想い出の季節が訪れようとしているのに、おばあさんはだいじょうぶなのかしら?
毎日、閉めきった家の中でたったひとり、いったい何をしているのだろう?
気がかりでならないポーくんなのでした。