彼女とケンカして目覚めたら、なぜか異世界で女勇者になっていた
「もう! 雄大なんて知らない!」
透き通るような白い肌に、怒っているせいか少し赤みを帯びている頬。
長く艷やかな黒髪を風になびかせ、か細い肩を震わせながら踵を返す。
そんな彼女を前にして、頭が真っ白になり動けないでいる大馬鹿のヘタレ野郎こと俺。御鷹咲雄大。高一。
「椎菜っ……その」
なんとか声を絞り出し、縋るように右手が空をかく。
しかし、それ以上どうしたらいいか分からず、「その」だとか「あの」だとか、どうでもいい言葉しか出てこない。
結局何も言えないまま黙ってしまった俺にしびれを切らしたのだろう……幼馴染であり、一週間前から付き合い始め彼女となった女の子。烏芽椎菜。
「もういい!」
「椎菜!」
椎菜は吐き捨てるようにそれだけ言うと、俺の顔を見ようとせず走り去って行った。
「椎菜……」
そして俺はただ、呆然とその後ろ姿を見送るしかできなかった。
そもそもケンカというか、椎菜が怒った原因だって俺は納得いってないし、むしろ理解したくない。
だって、椎菜が怒った理由って――
「あの、なんかスイマセン。気軽に道とか聞いちゃって」
「いえいえ! 困ってる時はお互い様ですよ! こちらこそ変なとこ見せてスイマセン!」
そう言って俺に頭を下げたのは大学生くらいのお兄さん。
下校途中たまたま道を尋ねられ、知らない場所だったため地図アプリを見ながら検索した。その時、お兄さんに説明するために、一緒にアプリを覗き込んでいただけなのに……
『雄大!』
『え! なに?』
『ちょっと顔が近いんじゃない!』
『…………………………、は?』
俺は(ついでにお兄さんも)、頭上にデッカイはてなマークを飛ばしわずかに眉をしかめた。
いや、だって本当に意味がわからなかったのだ。
どうやらその態度は不正解だったらしく、椎菜は口を尖らせ涙目になり、冒頭にいたる。
「はあ……もう十年以上幼馴染やってるけど、未だにアイツの怒りポイントがわかんねぇ」
お兄さんとは気まずいまま別れ、帰路をゆるゆると歩く。
椎菜とは家が隣なので、急げば追いつけるかもしれないが、なんとなくそんな気分にはなれなかった。
「あーあ! もう少し分かりやすくなってくんねぇかなー」
そう口にしながらも、頭の片隅で無理だろうなと思う。
「アイツの家めちゃ厳しいし。女が思ったこと言うなんてはしたないっ……とかって訳わかんねえ理由で怒られるもんな」
もう少し彼女の周りが生きやすい環境であればいいのに。
そんなことを考えながら家に帰った。
(一日空いたら熱も冷めてるかな? とりあえず、あした……はな・・・)
そうして俺は深い眠りにつき、眩しい太陽光に目が覚めた。
「は?」
寝ていたはずなのに、道のど真ん中に立っていた。
道って言うか、人の行き交う街のど真ん中。
「え? は? ほわっつ!!!?」
しかも辺りは「どこ、ここ! 特撮? なんかの撮影現場?!」と叫ばずにはいられないほどには、住み慣れた町とはかけ離れた場所だった。少なくとも俺んちの近所にこんな場所はない。
赤いレンガ作りの家や、セメントみたいなものでのたくったみたいな石壁の家。色とりどりの旗みたいなのが垂れ下がっており、紙吹雪まで飛んでいる。どうしよう、近所どころか日本ですらないかも知れない。
「何? 祭り! 外国の祭り的な!?」
辺りをキョロキョロと見回し、そして俺はようやく気が付いた。
広場には大勢のコスプレ集団が集まっており、なんとその人々は俺を囲むように人垣を作っていた。
しかもなぜか俺に向かって花やら紙吹雪を投げつけてくる。なに? ゴミは各自で責任を持ってお持ち帰りください!
「◎▲◆×!」
「え? 何語? 英語? パードゥン!」
「◎▲◆×!」
「英語が2の俺にはさっぱり全然これっっっぽちも、何言ってるか分かんない!」
だって想像してくれよ。
いきなり大勢の外国人に囲まれて、理解できない言語でまくしたてられる。あれ? そうか夢か! そりゃそうだ! さっきまで寝てたのに、いきなり海外に居るなんてあり得ないものな。なら安心だ!
そう思い俺は胸を撫で下ろして、固まった。
――ふやん
「は?」
――ふやふやふや
急に町のど真ん中で、自分の胸元を揉みだした俺。しかも真顔。
端から見たらシュールだろうに、どこか意識の遠くで聞いていた人々のざわめきも収まらない。
いや、今は周りのことなんてどうでもいい! なんか、あれじゃないですか?
これは、まだ椎菜のすら触ったことのない俺には、断言できないが……
そうしてそろり、そろりと視線を落とせば。大きく膨らんだ二つのお山。しかも中々なサイズではなかろうか!
「お、俺?! 俺、女になって……あ! そっか、夢だった! そうだ焦ったー!」
――ふやふやふやふや
っていつまで自分の胸揉んでんだよ、俺! いい加減痛くなってきた。
「夢なのに凄いなー。ちゃんと柔らかかったり、痛かったり……て、痛い?」
ひゅっと息を呑み、瞬時に自分の頬を思いっきりつねる。
「いってぇー!!!!」
「◎▲◆×ー!」
思わず頬を押さえながらかがみ込む。
そうしただけなのに、なぜか歓声が起こった。
「なに? なんなの? 意味わかんない! 痛かったんですけど? 夢じゃないの? え? え???」
「◎▲◆×!」
「はわ!?」
急に目の前に影が差したかと思うと、腕を掴まれ引き上げられる。
視界が反転し、身体が宙に浮く感覚に恐怖を感じ身を固くする。
「◎▲◆×」
「なに! あんた誰! つかちけーよ!」
急に金髪イケメンのドアップが映り込み、反射で鳥肌が立った。俺の腕を引いたのはやたら整った顔と服装の若い男で、それに周りから感嘆の声がもれ聞こえてくる。
いや、男が男に抱き上げられても絵面的にキモいだけだろうが! あれ、俺いま女か? それとも胸の生えた俺でしかないのだろうか? 今の自分の姿を見たわけじゃ無いから分からない。
「って、そんな事はどうでもいい! ちょっ、とにかく降ろせ! キモっ……つーかどさくさに紛れて胸揉んでんじゃねー」
ぞ! と言いかけて、目の前の金髪イケメンが姿を消した。
消したと言うか、物凄い轟音と共に吹き飛んだ。
土煙が舞い、一瞬の静寂。そして――
「※※×□*!!」
「◆×▲▲※ー! ××○!」
劈くような悲鳴をよそに、目の前には見覚えのある黒。
真っ黒のはずなのに、つやつやと光を反射し眩しく見える俺の一等好きな色。
先ほどとは違う、むしろゴツゴツした大きめの腕が俺を片手で抱えていた。真白い肌はむしろ血の気がなく、青白い。
覗き見える横顔からは、鋭い牙と角。角?!
そして血管を浮き立たせながら怒りを抑える口元は、長く強靭な己の牙に貫かれ血を垂れ流している。あれ? なんかめっちゃ怒ってるよ。つーか……
「お前……」
声をかけようとして嫌な予感に気づく。
見上げた異形の男は、俺を抱えていない方の腕を振り上げ、あのイケメン金髪が吹き飛んだ方へと振り下ろした。
「私の雄大に……何してくれとんじゃー!!!!!!!!!」
「ちょっと待てー!!!!」
瞬間、俺達の周りに光の壁が出来上がり、二度目の轟音と爆風にのまれた。
光の内側にいた俺たちだけに。
どうやら男が何らかの攻撃を仕掛け、この周りの光の壁がそれを遮ったみたいだ。
「雄大! なんで邪魔するの!? あのセクハラ男を、完全に消し炭にしてやれたのに!」
「ちょっと、まてまてまてまて!」
「またない! 今すぐにでも消さないと私の気が」
「お前……椎菜なのか?」
青白い顔の異形の男。その男の両頬を掴み、自分の方へと向かせる。
俺の知っている、ちょっとヤンデレ入ってるけど、華奢で泣き虫で、ワガママで意地っ張りで……。怒りポイントが意味不明の幼馴染兼恋人。
「あ……あんまり、見ないで」
俺の手を引き剥がそうとして腕を上げ、椎菜は変わり果てた自分の手を見て眉根を寄せる。
長く伸びた爪は、俺なんて簡単にひき肉に出来そうだ。
「なんでかな……? わた、し、朝起きたら、こんな……」
「俺もそうだよ」
うつむこうとする椎菜の頭を抱え込んで己へと引き戻す。
きっと今の椎菜の力なら俺なんて楽に振りほどけるのに、それをしないのは――いや、出来ないのは震えているせいか。
椎菜は人間で言えば眼球の白い部分が黒く染まり、代わりに瞳が澄んだホワイトベースの水色になっている。その不思議な色合いをした目から大粒の涙を零し、泣き出してしまった。
「怖い、でしょ? キモチ悪いでしょ! 私、こんなっ」
「まあ、確かに怖い」
「っ――!」
「でも、椎菜だから気持ち悪くない」
そう言って頭を抱えるように抱きしめて、背中を擦ってやる。
昔から厳しい両親の前では泣けない椎菜を、こうやって抱きしめてやるのが俺の役目。
椎菜は最初自分の手を見て、俺を抱きしめ返していいか悩み、結局両腕を下ろして頭だけを俺に預けてきた。
ふん。なんだよ。俺だって、男だぞ。ちょっと傷つくくらい……って今、身体は女か。ややこしいな。
まあいいかと、しばらくの間、よしよしと甘やかしてやっていた。
――らだ。
「*****ーーー!!」
「◎▲◆×ー!」
急に地面が割れんばかりの歓声に、ビクリと身体を跳ねさせる。
「え? 何? 何事!」
「………………」
「椎菜、お前何か分かるか?」
それまで俺の胸元に顔を埋めて甘えていた椎菜だったが、ものすっっっうごく不満そうに周囲の民衆を一瞥した。
「いいとこだったのに、迷惑な」
「え? なんて言った」
「何でもないよ☆」
にっこり笑顔に戻ると、嬉しそうに俺を抱え自身の肩に乗せる。
いや、俺男なのに。なにが悲しくて一週間前に付き合いだした彼女に、軽々と抱っこされないといけないんだ。
俺が抗議しようと口を開いたのと、本日何度目かわからない大歓声が起こったのはほぼ同時。
訳がわからずキョドっている俺に、椎菜が不思議そうな表情で見上げてくる。
「もしかして雄大、コイツ等……周りの人達の言葉が分からないの?」
「え! 椎菜は分かるのか!」
「うん。目が覚めてすぐ、魔王のやつから魔力ぶん取って来たから! その時なんか色々なスキルも盗っちゃったみたいなんだよね」
「は?」
俺はこの時、とても間抜けな表情をしていただろう。
うん。言葉が通じるのに、俺の彼女の言ってる事が理解できない。
「なんかね、今の私魔王の眷属の悪魔? 魔族? 的なものらしくってね、目が覚めたら魔王城にいたの」
「MA・O・JYOー!!!?」
「そう。その時は私も言葉がわからなかったんだけど、急に悪寒というか……嫌な予感がして。雄大のとこに行かなくちゃって思ったら、魔王ぶっ飛ばして力奪っちゃってた」
てへ☆ みたいな言い方しても、笑えないから!
そしてやっぱり意味が分からない!
嫌な予感がして、俺のとこに来るために、魔王をぶっ倒して力を奪う。
「それ私が言ったことを区切って言っただけだよね」
「お前心まで読めるの!」
「うん! 相手に触って集中してる時だけね!」
「そこは否定してほしかった!」
よく分からん! よく分からんが、もう疲れた!
「それでね」
「まだあんのかよ!」
「周りの人が騒いでる理由なんだけどね」
椎菜がそこまで言って、俺は静かに聴く体制に入った。
そうだ。椎菜はこの外人さん達の言葉が分かるんだから、今の状況も多少理解ってるんだ。
この際、魔王とかは置いておこう。俺のキャパはそこまでデカくない。
俺は真剣な表情で椎菜を見つめ、言葉の続きを待った。
椎菜は何やらプルプル震えていたが、昔からよくやる動作だ。問題ない。なんでもたまに起こる発作みたいなものらしい。
しばらく震えていた椎菜だったが、深呼吸し、優しげな表情で俺へと向き直る。
姿形は違えど、こういう表情をされると椎菜だなと思ってしまう。
「あのね」
「うん」
ようやく話し始めた椎菜に、俺も素直に頷く。
「今の私って、どこからどう見ても悪い魔物みたいに見えるでしょ」
「そんな事無い! 椎菜は椎菜だよ」
また椎菜が震えだす。今度は顔を、空いてる方の手で覆い天を仰ぎながら。
いいけど、俺はいつまで待たされるの? 焦らしプレイですか?
「ありがと、雄大。まあ、私は雄大がそう思ってくれるなら、周りはどうでもいいの。でね、とにかく今の私はここの人たちには悪い魔物に見えるのよ。とにかくこの前提で話すよ」
「…………」
同意はしたくなくて、無言で返す。
「ふふ。それで、周りの人達はさっきから「勇者様ー!」「王子を傷つけた魔物に、勇者様が勝ったぞ!」とか言ってるの」
ん?
「つまり――
《勇者》である雄大が《悪い魔族》である私より強者で、襲ってきた悪魔を勇者が屈服させ従えた……って感じみたい」
んんんん?????
「さっぱり分からん!」
「えー。そうかなー」
俺が勇者? 何言ってんの?
そもそも椎菜やっつけてないし。つーか、最初に吹き飛ばされた金髪セクハラ男は王子だったのか。過ぎたスペック持ちやがって。ざまーみろ。
「で、雄大に提案があるんだけど」
「え? 何?」
色々限界値突破気味の俺に対し、意外と冷静な椎菜。
彼女は嬉しそうに俺を肩に抱き上げたまま、俺へと視線を固定する。
周囲の観客は椎菜が怖いのか、一定の距離以上近づいて来ないので完全に二人だけの空間だ。
「私達なんでここにいるか分かんないし、帰り方も分かんないよね」
「そ、そうだな」
「で、雄大は《勇者》で、《悪い魔族》に勝って使役するって実績を作っちゃったから、これからも勇者としての活躍を期待されると思うの」
確かに。
「しかも私は私で、魔王からは反逆? 盗人? 的なあれで、狙われるかも知れない」
「なんだって! それは駄目だ!」
「大丈夫よ。ぶっちゃけ今の私、魔王より強いと思う」
女子高生より弱い魔王って……。いや、外見は細マッチョ体型のお兄さんだけど。
ちくしょう! 男だった時の俺より背が高いってどういうことだよ! あと、絶対顔面偏差値については触れてやんねーよ! どちくしょうが!!!!
俺が一人脳内百面相(顔にも出ているが)の最中、椎菜は大人しく待ってくれていたようでニコニコ俺を眺めている。
「話の腰折っちゃってごめん」
「いいよ! ぜんっぜん気にしないで!」
なんでそんなご機嫌なんだ。
「でね、私が何を言いたいかと言うとね、このまま二人で旅に出ようって事」
「旅?」
「そう! どうせじっとしてても、帰る方法も分かんないし。魔王を倒す旅でも、ただの観光旅行でもいい。私、雄大といろんな景色を見たいの」
「椎菜……」
堅苦しい家のお嬢様だった彼女。
このまま元いた場所に戻ったら、また椎菜は意思表示を制限される息苦しい生活に戻されるのか。
それは嫌だな。
せっかく椎菜がやりたいことを伝えてくれたのだから、なるべく叶えてやりたい。
「そうだな。帰る方法探しながら、旅するのもいいな!」
俺がそう言うと、椎菜はこれでもかと嬉しそうに笑った。
――――かくして、俺こと《勇者》と、その彼女である《魔王のスキルを持つ魔族》の不思議な旅が始まったのだった。
「ふふ、雄大ったらホント私に甘いんだから。これからは私が雄大の事、どんなことからも守ってあげなくっちゃ」
「へぶちっ! ん? 椎菜なんか言った?」
「なんでも無いよー♪」
思いつきで書いたネタ小説。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。