炎の鳴き声
「やばいよ、これ。どうすりゃいいの?」
「知らないわよ!向こうじゃ戦いなんてほとんどなかったんだから!」
ミカサと背中合わせの一樹の目の前には、日本でいうゾンビが数え切れないほどたくさん。夏によく見るホラー映画のように手を前に出しながらどんどん近づいてくるゾンビたち。
なぜこんなことになったんだ。
僕とミカサは、神王邸の裏庭にあるゲートから、邪神界という、今までとは違う世界にやってきた。しかしそこは一面灰色の世界。風も吹いていないのに砂埃が舞って前もろくに見えないような不思議は世界。そこで僕たちは誰か話が通じる人に邪神王について教えてもらおうと思ったのだが、なんと一歩進んだ途端。
ビビーッ!
静かだったところにいきなり警報のような音が鳴ったと思ったら、この有り様だ。
瞬く間に、どこから出てきたのやらゾンビがうじゃうじゃ出てきて、逃げる暇もなく囲まれたのだった。
この絶望的状況の中、ミカサが冷静に解説した。
「これが邪神。元々は神で、こっちは消滅した後の、ニンゲンでいう魂のような存在よ」
「そんなこと言ってる場合かよっ!これどうするんだよ!ここで死んだらどうなるんだ?」
一樹の叫びにミカサはすこし考えてから、
「ええと、ごめんなさい、前例がないからわからないわ」
「なんで前例ないの?前に邪神界にきた神様はいないの?!」
僕は人間だからもっと前例ないと思うけど。
「いえ、いるんだけど。その時は、邪神王の使者さんが迎えに来てくれたらしくて」
「なんで今回はいないの?!まさかアポなし?!」
「神王様が伝えてあるって言ってたけれど、どうなってるのかしら」
「ふざけんじゃねえ、あのガキっ!!」
「それ、リサに言ったら怒られるわよ」
言い争っている間にもゾンビは近づいてくる。背中からミカサの震えが伝わってくる。こんな100年も生きている(?)彼女でも、この邪神界に来るのは初めてなのだ。僕はまだホラー系は得意というか、そこまで苦手ではないから普通でいられるが、遥翔ならとっくに逃げ出しているだろう。
「それより本当にこれどうするよ。僕ら武器も何も持ってないけど。ミカサ何か神の力でできない?」
僕の見た限り口でしか喧嘩しない神が攻撃する力を持っていることを期待して言ったのだが、
「神力はここでは使えないわ」
そういえば行く前に神王がそんなこと言っていたような。
もう死んだ。
「これ、死んだわね」
同じことを考えていたらしいミカサがつぶやいた。
神界には戻れないのか。
ゲートは僕らが通った後に消えてしまった。
ここで死んだら現実でも死ぬのだろうか。
それとも神として生まれ変わるのか。
いや、死んだのだから邪神としてか。
まあ、向こうでの約17年の生活は大っ嫌いだったから別にそれでもいっか。
諦めて目を瞑る。
キーンッ
痛い!
耳がとてつもなく痛い!
死ぬのってこんな感じなのか? でもなんで耳?
「ちょっと一樹!見て!」
何を見るんだよ。
そう思って目を開けたら、今までそこにいたゾンビたちが、いない。1人残らず消えている。
何が起こったんだ?
「あれは?!」
燃えるような赤い色をした鳥。シルエットはカラスのようだが、大きさはその2倍ほど。見た目だけで言うと、不死鳥とか鳳凰って感じだな。大きな翼を広げて辺りを飛び回っている。あいつがゾンビを倒したのか?
「きゅ〜るる」
なんだこの可愛い鳴き声。この世界は見た目と中身のギャップが大きすぎやしないか?
「きゅるっきゅるるる」
最後にひと鳴きすると、その鳥は僕の頭の上に乗った。
「痛っ」
すっかりボサボサになった髪の毛をその大きな足で掴んで、くちばしでつんつんと刺す。
「あっはは、可愛い!」
ミカサは気に入ったようだが。
灰色の世界で唯一鮮やかな色をもつこいつは一体なんなんだ?