灰色の人生、灰色の世界
邪神界へのワープゲートは長方形の上だけがカーブした形の枠に見えた。大きさは、ミカサより背の高い僕が普通に通れるほど余裕がある。丸く刈り取ったかのようにそこだけ全く草の生えていない砂の地面で、1cmくらいしかない細い枠だけが何の支えもなく立っている姿は不気味そのもので、一樹に異界ということを思い出させる。
スピーウィ神王に言われた通り代理者証という名のただの紙を、ゲート上部についた赤い宝石のような綺麗な結晶にかざすと、その枠の中央で黒い煙のようなものが渦巻いてそれが広がり枠の全体を黒く染め、やっとゲートらしさを帯びた。
「ここを、通るのね」
「そうみたい、ですね」
ゲートに近づいただけで背筋が凍るような寒気を感じた2人。
「私たちってあの子、じゃなくて神王様の代理者よね。なんで本人は行かないの?」
実はそれは僕がミカサに聞きたかった。
「神王っちゅうのはみんなが思っとるより仕事が多いねんよ。この前スピ様が少し休暇を取ったせいでやらんとあかん事が更に積もってしもてな」
「それは、自業自得なのでは…?」
「それで、代理者を見送りもしないのね」
そう、神王本人は見送りにも来ていない。
「まあまあ、あれでもこの世界はちゃんとまとまっとる。あんまり文句言わんといてくれるか?」
ラリーゼは笑って言った。でも、彼の目だけは今までに見せたことのないほど真剣に光っていた。
「じゃあ、行ってくるわね、ラリーゼ」
「ああ、気をつけてな。無事に戻ってこれたら、挨拶に来てな」
「はい、もちろんです。必ず無事に帰ってきます」
一樹は勇気を出して、足を出した。
氷のように冷たいゲート。顔と体を無理やり煙に突っ込んで、視界が真っ暗になる。体が軽くなって、浮いたような感覚になる。だんだんと力が抜けてきて、僕は煙に身をまかせる。
頭が痛くて目を開けた。そこは、灰色の世界だった。
空は曇り、灰色の砂埃が舞い上がり、それに隠れるように平屋のような天井の低い建物がずらっと並んでいる。
ゲホッ、ゲホグホッゴホッ
変な音の咳が聞こえて横を見ると、灰色の世界で唯一色のあるミカサが頭を抱えて座り込んでいた。
「痛い。頭も喉も全部痛いわ。ついでに肌もピリピリするかも」
おかしいな。僕は頭は痛くとも喉は痛くないし、肌もピリピリしない。これが人間と神の差というものだろうか。
「ここが、邪神界ね。変な感じがするわ」
「空気が歪んでる感じ、がしますね」
何もしていないのに目が回る、といえばわかりやすいだろうか。
「カズキ、そろそろ敬語やめないの?変な気分よ」
驚いた。ミカサの方から変な気分と言ってくるのはこっちが変な気分だ。
「え、じ、じゃあ、やめます…じゃなくてやめるよ」
ミカサのことだから「私は神なんだから、もっと敬いなさい!」とか言いそうだったのに。
「さて、これからどうする?見た感じ、誰もいないんだけど」
「私たちって、一応偉い神王の代理よね。誰からも歓迎されないし、迎えにも来てくれてないのはどういうことかしら」
「そう、だね」
見渡す限り、そこには誰もいなかった。