積み重なった勘違い
「で、ティナと、リー?私たちを神王様に案内してくれるのがあなたたちの役目じゃなかったかしら?」
「あ?!そうだったな!」
「忘れてた忘れてた!すまんな!」
あ、忘れてた。このふたりの治療としゃべりに引っ張られてそのままになっていた。
いや、この短い時間で忘れちゃいます?
自分でもつっこみたいし。
まあ、100年以上、という長い年月を過ごしている神にとっては、この時間はさほど短くないのかもしれないが。
このふたりと話しているとそういう効果があるのか?
「今から歩ける?一応、怪我したのは手だけみたいだから、大丈夫だと思うけど……」
「いや、あ、歩けますっ!大丈夫ですっ!」
変な心配するんじゃないっ!しっかり歩けるし走れるよっ!
「あ、そう?んじゃ、あと3分くらい、頑張れや」
3分?!そんなに歩くのか?!
「しゅっぱーつ!目的地、スピ様邸!」
「あの、ちょっといいですか?」
気になることは聞いた方が早いことを、僕はさっき知った。
「さっき神に家はないって、おっしゃってたと思うんですけど、神王邸っていうことは、神王様は家に住んでるんですか?」
「おおー!ええ質問やね!解説は、リーはん!」
「ほーい、解説のラリーゼどす!」
……変なノリ。解説って、今やってるのはサッカーの試合じゃないぞ?!
「一樹っちは、神王様が運で決まるっちゅう話は聞いとる?」
「はい。さっき、この神に聞きました」
「じゃあ議会の権力の件は?」
「係とか、課とか、庁なら、聞きました」
「そんなら」
ラリーゼは、「あ、タメ口でいいで!」と断ってから、説明しだした。
「くじで決まった神王様でも、運に任せず、神王様の仕事をせんといけへん。神王邸は、議会最高権力をもつ、神王様の仕事場なんだ」
「仕事場……」
「そう。その仕事場を、人間の家に憧れとった昔の神王が、ここは自分の家みたいなもんだって言うて、みんなが勝手に神王邸って呼ぶようになった。そやし、別に家ではおまへんよ」
人間の家に憧れた神…。家の何がいいんだろう。
「そこから、神王はんは、その仕事場を大改造してな、今ある、こんな形になったんだ」
もしかして、神王が見た家というのは…中世ヨーロッパの宮殿とかなんじゃ……。
「人間の世界だと、この家が普通なんだって、神王は言うたらしいけど、ほんまにこんな感じなん?」
どこの家もこんな感じだったら土地がなくなるっ!!!
「いや、あういうのに住んでるのは王様とかだけだから……」
「そうなんか?!普通やないやんっ!」
僕の言葉に、僕が驚いてしまうほどびっくりした様子の2人に、思わずミカサと笑ってしまった。後で聞いた話、ミカサはこのことを知っていたらしい。まあ、言語係なのだから聞く機会はいくらでもあったのだろう。
僕は、歩きながら、この神界についてもっと知ろうとたくさん質問した。ラリーゼが答えて、カレスティナが答えて、その繰り返しだった。
「やっと着いたねっ! 疲れたー! 一樹、大丈夫?」
生憎、僕はなぜか、軽音楽部なのに毎日筋トレをしているんですよ、本当になぜか。まあ、それのおかげで太らない体型になったわけですけども。だから、
「全然! あと3往復しても大丈夫ですよ」
「こら、病み上がりなのにそんなこというんやない! ウチの治療の意味なくなってまうやん!」
僕の言葉にラリーゼは、むすっ、として言った。
そういう彼も、少し息が上がっているが、まだまだ大丈夫みたいだ。
「うちも、全然大丈夫やわ。さすがに3往復は無理やけどな」
とカレスティナ。ふたりとも見た目の割には体力があるみたい。
ミカサはというと、
「ああー!もうだめっ!つかれたよー」
へとへとだった。もしかして、体力も神力が影響してるのかな。
「まあ、ついたし。中入ったらシア復活薬使えば大丈夫やろ」
神界って、変なところだなー。
だんだんこの世界が、幻覚でも夢でもないような気がしてきた。
本当に神はいて、僕はその神たちと話をしている。
僕らの生きている元の世界は、ここの神たちが調整して成り立たせてくれている。そう思うと、やっぱりタメ口は使えない。
「一樹、緊張するか?」
神王邸の入り口についたとき、ラリーゼが僕に聞いてきた。
わけのわからない場所に来て、わけのわからない場所に行かされて、やったことも見たこともない仕事をさせられようとしている。そんなときに緊張しない人はいるのだろうか。
「落ち着けって!あんたには、ミカサっちゅう頼もしい神がついてるやんか!」
カレスティナは軽く言う。
でもミカサは、そんなに頼りになる神じゃないと思う。
それに、中学校の合唱コンクールの伴奏を(お前習ってるだろ、という理由で)やらされたときも、高校に入って組んだバンドで(ちょっと発表してみろよ、と言われて)発表をしたときも、そのままの勢いで(遥大がやっちゃおうぜ、と言って)路上ライブで演奏させられたときも、僕は全然緊張しなかった。緊張したことがほとんどない僕に、今の状況がどれだけ苦しいか!みんなわかってないんだっ!
「ほら、行くよ、一樹」
見るともう、みんな中に入って行ってしまっている。ミカサは微笑みを浮かべて、僕の方を振り返っていた。
「私だって緊張してるんだから、もう」
え?
ミカサはさっきから、ずっと笑顔だ。それで緊張している、なんて。
変に思ってもう一度よく見ると。
ミカサの手は、震えていた。
震えているけど、それを隠していたのだ。
それを見ただけで、ホッとしたのはなぜだろう。