第3話 変態紳士と幼女誘拐
今回、残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
さきほどの東門でのトラブルを華麗にスルーして、修羅場の横でせっせと入門許可申請の受付は行われていた。いかにもできますオーラ全開のメガネ美人に促され、アルも入門許可申請を提出する。
審査は短時間で終わるのが現状で、申請の列や申請書を書く方が時間がかかる。
アルも列に並び申請書提出まで三十分ほどかかったが、五分もしないうちに待合室から別室へと呼ばれ、手荷物と身元の確認を口頭で受けた後、サインすればあれよあれよという間に、街中へと入れた。
警備がザルに見えるが、いろんな魔道具を使い何重にも審査しているみたいであった。
門に入ってすぐ横にいたあくびを噛みしめているやる気のなさそうな衛兵に聞いたから間違いない。
俺もよく分かんないって、その衛兵が最後に付け加えていたが、気にするアルではなかった。
東門周辺は衛兵の詰所や、宿屋などが密集しているようだが、これはどの門でもきっと同じだろう。とりあえず街の中心部へ向かう為、中央の時計塔へとまっすぐ伸びる東通りを意気揚々と歩き出す。
アルの心中ではスキップでもしたい気分だが、まだ10代とはいえもう青年として数えられる年でもある。そこはグッと堪えイカした顔をキメて歩くのが、アル流大人の街の歩き方だ。
その顔は気持ち悪い、と不評ではあるのだが。
宿屋が集まる一角を抜けると、今まで見てきた町や村などではあまり見かけなかった武具店や、派手な衣装をショーウィンドウに飾ってある服屋など、興味をそそられる物ばかりだった。
その中でも一番目を引いたのは、女性向けの武具店だ。
女性向けと言うだけあって防具の細かい装飾に拘っている品物がショーウィンドウにある店だった。一品一品にすこしのオシャレ要素が入っている。
アルが注目したのはそれら雑多なものではない。
注目すべきは、人体として守るべき部位。
胸部以外を削れるだけ削り、同じく守るべきである腹部の鎧部分すら解き放った。
最高の改良型軽鎧 『おっぱいアーマー』
の、横にある魔女ッ娘スタイルの魔法使い装備である。
魔女ッ娘スタイルとは、近年とある都市で爆発的に流行し、従来の黒マントに黒のトンガリ帽子という有り触れた魔女のイメージ、これは主に魔族の女性の格好を真似していた格好、を一新したデザインである。
とあるデザイナーが開発したもので、野暮ったいイメージだった魔法使いの服装を、ピンクや黄色、明るい色を取り入れたミニドレス風でフリルがふんだんに使われている。さらに、可愛らしいその見た目とは裏腹に、へそや太ももなど露出も兼ね備えた代物。
アルに言わせれば、パーフェクトデザインだということらしい。
「うっひょおおおおおお、最高だぜ! 魔女ッ娘!」
大通りで叫び声をあげるアル。アルを避けるように歩く通行人達。
アルと通行人達の間には、住む次元の差があるのかもしれないほどの距離感があった。
「魔女ッ娘を連れて旅をする、此れ中々に乙である」
と、ワケのわからない事を言っていると
「なぁ、君はこっちの乙には興味はないのか?」
と、『おっぱいアーマー』と書かれた商品を指差す男性が隣でハァハァいっていた。
全身黒い格好をしている。
黒い外套、黒いシルクハット、黒い革靴、黒いケースバック
アルに話しかけているはずなのにこちらを向かず、おっぱいアーマーを見つめ続けている。
横顔でよく分からないが、それだけでもかなり顔立ちがいい事が分かるほど、筋が通った鼻先が見えた。
(ヤバい! この人関わっちゃダメなタイプの人だ!!)
アルは自分を棚に上げ、変態レベルが勝る猛者を見る。アルの中での警戒度を最高レベルに引き上げ、半歩左足を下げる。
「心外だなー、そこまで警戒しなくてもいいのに」
そう言うと、あちらはこちらに向け左足を半歩前進させる。
顔はやはり美男子と称してよいほどの美人顔であった。そこらへんの町娘たちであれば嬌声をあげること間違いなしの二枚目である。
だが、彼の本質を垣間見れば悲鳴に変わること間違いなしだろう。実際、アルも悲鳴をあげたいのを我慢しているくらいだ。
「俺が女なら、警戒よりも恐怖すら抱いているだろうがな」
「そうかな? 恐怖よりも歓喜すると思うけどなー」
「どうも俺が想像している女とは別の生き物なのかも知れないな」
綺麗な顔に青筋を立てる変態。どうやら変態の気に障ったらしいと感じるアル。
「僕はレディーに対しては、とても紳士であると思っているのでね。君のような粗雑な男性には理解し難いのかも知れないな」
次は、アルが凍りつく。
ここまで侮辱されては跡が引けない。
男の寛容さを見せつけなければならない。
「ちなみに俺は、おっぱいは全て愛する派だ!!!」
「同志よ!!!」
彼らの中で共感するものがあったのか、がっしりと腕を交差するかのごとく固く握手するアルと変態紳士。無事、分かり合えた様子の二人である。
しかし、彼らと通行人との距離感がさらに二歩半ほど離れるに至っている。歩く速度も若干速くなったようにも感じられるくらいだ。
すると、突然・・・
「キャッ! 助けてええ!」
大通りの反対側、少し離れた路地へ二人の男が少女を引っ張り込もうとしていた。否、すでに路地に連れ込まれてると言ってもいい。
男二人の風貌は、まさに盗賊かのような服装をしており、明らかに怪しげなその様子には周りもざわつく。
「おら、暴れんなって! 大人しくついてこい!」
少女の腕を掴んでいる男が乱暴に少女を振り回す。少女にしては小さめのその身体は、男の力に為すすべもなく路地の奥へとどんどん移動させられているようだ。
先に動いたのは、変態紳士だ。
一足で、大通りである道を跳躍し、引きずりこもうとしていた男の1人を蹴り飛ばす。その時、蹴り飛ばされた男は顔面を蹴られたせいか、鼻血程度ではない量の血が路上に飛び散った。
その時のアルはと言えば、完全に思考が停止していた。そして、過去を思い出し、記憶が流れ出すと混乱し始める。今の状況と、過去の光景が重なる。顔や首筋、額には大量の汗が噴き出して、手は妙に温かい、むしろ熱いといってもいいくらいの熱を感じているにも関わらず、足元は凍えているかのように冷たく、足もガクガクと震えだす。
「あ……ああっ! うぁあああああああ!」
自分の過去。その時の光景がフラッシュバック。思わず目を閉じるが、過去の光景の再生がとまることなどなかった。
汚らしい手が女性の白い手を引っ張る。
血に染まる馬車、首から上がない男の姿。
泣き叫ぶ自分。先ほどの白い手が千切られる光景。
血と青アザで顔がゾンビのようになっている女性。
眼球が零れ落ちている。その眼と目が合う。
自分の泣き声が、恐怖の声と変わる。
あの時の光景が。悪夢が。恐怖が。
すこしアルの思考が戻ってくる。四歳の頃、アルは誘拐された。というよりも、親を殺され盗賊たちに身柄を委ねるしかなかった。誘拐に殺人、それに監禁。それらはアルが幼い頃に経験した闇の記憶であった。それからは、誘拐という事自体に憤りと恨み、怒り、悲しみ、それらの負の感情を抱くようになる。それらは、日に日に膨れ上がり、次第にそれらは盗賊たちへの殺意へと変貌していた。
しかし、あることがきっかけでそれらはなくなったとアル自身は思い込んでいた。思い込むようにしていた。今の今まで、あの時の出来事を心の奥底にしまいこみ、過去を清算できた、トラウマを押さえ込めたとすら思い始めていたのだ。
今このロッカの街の中で白昼堂々、誘拐を起こす盗賊たちを見るまでは。
一番初めにアルに浮かんだ感情は、疑問だった。なぜ誘拐などする必要があるのだろうか。
次に、思ったのは悲しみだった。だれも幸せになどしない犯罪行為がこの世には存在している。
さらに、次に感じたのは恐怖だった。明らかに目の前で犯罪が行われているのに助けに行こうとしている人物がほとんどいなかった。ただ一人、黒い格好の男が飛び込んだことはうっすらと見えていた。
爆発的に広がる感情の波、過去のトラウマを解決しないまま溜めに溜め込んでいた心の奥底から湧き出る感情たち。それらは次第に、歪み、変貌し、そして。
___________憤怒へと変わっていった。
ちょうど1人を蹴り飛ばし、さらに追撃でもう1人を殴ろうとしていた黒い男。
道向こうからの殺気を感じ、そのとてつもない殺気の圧に自分に向けられているかの様な錯覚すら覚えた。
そして、瞬時に判断する。
「っく、キミ! こちらへ!!」
殴ろうとしていた勢いのままで、男ではなく少女に覆い被さるように、身に纏っていた黒い外套で包み込む。
瞬時にその外套は黒い繭となって膨張する。
その刹那
路地裏へと続くはずのその入り口は抉りとられた。
残っていたのは、漆黒の繭だけ。
側にいたはずの男はいなくなっていた。
いや正確には、抉り取られたように地面に走る幾千の線状痕の溝に溜まった、赤い液体とぶよぶよした物体に変化しているだけだ。
「無茶苦茶だな! おい、君!」
先ほどまで、のらりくらりと軽い雰囲気だった全身黒い姿の男に変化があった。血のように紅く、深淵のように暗い、その瞳に。
その脇には、何が起こったのか分からない表情の少女を抱えている。
黒い男は、その紅い瞳でこの状況を生み出した人物を睨んでいた。その視線の先は、先ほどの場所から一歩も動いていないアルの姿だった。
どうでしたでしょうか?
ある意味チャレンジした内容になっております。
残酷な描写をわざわざ入れる事に躊躇いはやはりありますが、ここは必要だと判断いたしました。
今後主人公の回想などに入りますが、極力残酷な描写を用いないよう努力いたします。
苦手な方はこれより先の閲覧をお控えください。