第1話 大商業都市 ロッカ
《大商業都市 ロッカ》の街の中心部には、時計塔が立ち、その周りには大都市としてはかなり広めの公園で囲まれている。
中央公園に響き渡る荘厳な鐘の音。七回ほど鳴らされたところで、遠くの山脈からやまびこが聞こえてくるほどの余韻を感じさせる。
この鐘は、ロッカの時計塔の頂上付近に設置されているもので、太陽が真上に来た事を報せている。式典の開催などの時にも鐘は鳴らされ、この街をいつも見守っている為、住民達からは愛されている時計塔なのである。
この《ロッカ》自体は、エウシュタット王国内に存在しており、《王都エウシュタット》に次いで二番目に大きい都市として発展している。
隣国などから商人が集まり、王都への交易拠点として栄えている街である為、国中の人と金、様々なモノが必然的に集まっていく。
この都市は、隣国とを分け隔てている山脈の麓に位置しており、山脈を迂回して来た隣国の商人達にとっては無くてはならない拠点なのである。
さらに、山脈から流れている大河もすぐ隣に位置している。
都市の北側には山が、西側には大河が、東側には丘陵と森が、南側には草原が広がっている。
交易ルートが四方にいくつも存在していることが、この都市をさらに重要交易拠点として押し上げている一因である。また、各方面に適した都市構造であり、住み分けも存在している大都市。
それが、大商業都市ロッカである。
遠くからの鐘の音を聞きながら、アルは考え事をしていた。
ここは街の東側にある小高い丘の上で、道から外れた草むらの上だ。道の傍にある比較的大きな木が木陰を作り、心地いい風を感じながらアルは寝転がっている。
昼寝にちょうど良い、柔らかく短い芝生が生えている位置で寝そべっていた。旅の疲れを癒しているわけでも、昼寝をしているわけでもない。ただただ遠くの彼方を飛んでいる鳥をボーっと眺めているだけであった。
「おっと、先約とは珍しいな。お隣いいかね?ここは私のお気に入りでね」
道の方から声をかけられる。
声だけ聞くと、とても落ち着いた聞き惚れるダンディな声であった。
「ああ、ここは街が一望できて静かだしな」
「そうさ、眺めもいいし、気持ちよく昼寝ができる、絶好スポットなんだ」
寝転がっているアルの横にドサッと腰を下ろし、あぐらをかく男。遠くに見えるロッカの街並みを、優しい眼差しで望む、ヒゲダンディなオッサンがいた。
見た目は声同様、掘りの深いダンディな顔立ちだ。アゴヒゲだが、ちゃんと手入れされているところも男前を演出している。服装はこれから旅に出るのか、見た目から感じる気品とは似合わない、すこし年季の入った薄汚い格好である。
「さっきから上ばかり見ているが、鳥が好きなのかい?」
オッサンは、飛んでいた鳥を指差しながら聞いてきた。
「いいや、あんな不自由な生き物に興味はないさ。俺は風を見てたんだ。この辺りはいい風が吹く」
「面白い事を言うもんだな、鳥が不自由だなんて。君は旅人だろ? 自由に憧れているんじゃないのか?」
「だってあいつら、空しか満足に移動できないんだぜ。地面には天敵がいるから、上に逃げてるだけに過ぎない。それに、空にも竜族がいて不自由そうだしな」
人の住む領域にはあまり竜種は出現しないが、危険な竜種ではない限り、むしろ人の生活に馴染んでいる。なにしろ、オッサンが降りてきた馬車のような乗り物も、引いているのは巨大なトカゲというべき全長5メートルほどの四足歩行で、ずんぐりむっくりな愛らしい竜種だ。名前は蜥蜴竜族。
この竜族は、人懐っこく力もあり、持久力に優れている為、よく車を引いている。竜籠と呼ばれているものだ。
「確かにな! 逃げているだけの仮初めの自由は、自由なんて言わないか! アハハハハ!」
笑いのツボに入ったのか、なかなか笑いから抜け出せずに、涙を浮かべるほど笑っている。
それからオッサンに気に入られ、オッサンが王都とロッカを往復して生計を立てている商人だということ、家はロッカに構えており奥さんと二人の娘さんがいること、王都へ旅に出ている間は家を留守にするため家族が心配だということ。
そして、先ほどロッカを出発したところでこのお気に入りの丘から、しばらく見ることができないロッカを眺めたかったこと。そういうことを話してくれた。
「おまえさんは当然、ロッカにはしばらく滞在するのだろう?そうしたら、時間が出来たらで構わないのだが、南通りにある『風草の薫り』って食事処に、顔出してほしいのだが、もちろん礼は渡す」
(食事処か、広い都市ともなるときちんとした料理をだしてくれるところは少ないからな)
そうアルは思い、一応確認はするが顔を見せるくらいならと受ける前提で話を進めることにする。
「なるほど食事処か、うまいんだよな?」
「ああ、もちろんだ! 味は私が保証する! あの辺りじゃ美人がやってる安くてうまい店として評判なんだよ」
なぜか、自分のことのように自慢するオッサン商人。美人とやらにご執心の様子だ。
「なるほど……それが奥さんってわけか? うまい飯屋が難なく見つかったんだ、顔見せるくらいなんだってないさ、それに店の名前のセンスがいい!」
「ああ、ありがとう。やっぱり心配なもんでな……それにあの辺りでは最近厄介な事件が色々起こっている。そういう意味でも君も気をつけるといい」
その時のオッサンの表情は、嫌なことを思い出した時のような苛立ちと、だれかを心配に思っている様子であった。
言い終わると立ちあがり、竜籠の中の荷物をガサゴソと探っていくオッサン。アルは思わずつられて立ちあがりオッサンに近づいていく。
「これも何かの縁だし、私も商人だ。君は私の頼み事まで引き受けてくれた。これはその報酬だとでも思ってくれ」
そう手渡ししてきたのは、片耳だけにつけるタイプのイヤリングだった。
「高そうには見えないが、さすがに貰えないぞ? それにオッサンは情報をくれた、商人としての取引ならそれで十分だ。旅ってのは情報が命だ。だから情報をくれたんだろ?」
すこし困った顔の演技をしつつ、オッサンに問いかける。
「ああ、だからそれは縁の方の分だよ。私はキッチリしてる方なんでね。妻と娘たちを頼むよ」
そう言い残すともう用が無いとばかりに竜籠に乗り込むオッサン。
「本当にキッチリしてるな。旅人に依頼して縛るなんて、ちゃんと見合った報酬なんだろうけどさ」
その声ももう聞いてないのだろう。オッサンは手綱を持ち竜に指示を出す。
「そうだ、まだ名前を名乗っていなかったね。
私の名前は、ギルバート・ロッペン。君の名前を尋ねてもいいかね?」
「ただのアル。旅人のアルだ」
二人はそれ以上の言葉を交わさずに反対方向へと進み出す。
さきほどすこし離れた所を飛んでいた鳥はギルバートが向かう方向へと飛び去っていた。
「面白い少年だった。あの少年ならあの魔道具を使わなくても良いのかもしれないが…」
そういうギルバートの口元は緩んでいた。
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