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15 ヴィルの心境2


※ヴィル視点です。

 


 セレスタとともに『天使の座する庭』へ赴き、ロゼリント姫とティガを迎えに行く。

 そして、天使が去ってもルジアーロ王国に災厄が起こらないようにする。


 それが俺とソニアが国王陛下に託された使命だった。

 できればセレスタも生きて連れ帰ってほしいと言われているが……。


 何もかもが上手くいくはずがない。俺とソニアは何を犠牲にし、何を守るか選ばねばならないだろう。責任重大だ。


 厄介なことになったな。

 いや、思い返せば俺の人生は厄介な事態の連続だった。

 レイン王子、エメルダ、そしてソニア。揃いも揃って常識の外側で生きているような人間ばかりで、トラブルにばかり遭遇する。付き添う俺はいつも割を食っているような……。

 まぁ、好きで一緒にいるのだから文句は言えない。

 特に今は俺たちの過去と未来に関わる問題に直面している。一層気を引き締めていこう。


「さすが大陸でも屈指の長寿国。城の下にこのような古代遺跡が隠されているとは……興味深いですね……」


「にゃーん!」


 ……気を引き締めていくんだ、俺。


 コハクの鳴き声が岩で反響し、「にゃーん、にゃーん……」とこだましていく。思わず頬が緩んでしまいそうになるが、場の空気がそれを許さない。

 どうしてネフラとコハクが一緒にいるのかと言えば、ネフラが見送ると言って聞かなかったからだ。多分遺跡を見たかっただけだろう。

 国王陛下は面倒な問題を託したことへの罪悪感か、ネフラが地下遺跡の入口まで来ることを許してくださった。


 城の人間は残らず避難をしている。国王は城下の民にも避難命令を出すことを決断された。その準備に専念するようにソニアが伝えたため、ルジアーロの人間は見送りには来ない。


 コハクはさすがに預けてこようとしたのだが、頑としてネフラから離れなかったので仕方なく連れてきた。きっとこの子もロゼリント姫のことが心配なんだろう。たくさん遊んでもらっていたからな……。

 一方、この状況に陥れたセレスタに対しては、出会い頭から喧嘩腰だった。何度か飛びかかろうとして空中でネフラにキャッチされていた。いつになく獰猛だ。


「で、その魔獣は、ソニアのペット?」


「そうよ。コハクちゃんというの。可愛いでしょう?」


「猫は嫌い。私は鳥の味方」


「…………」


 ソニアとセレスタは絶妙な間合いを取りつつ、会話でお互いの腹を探っているようだ。あまり相性は良くなさそうだな。


 王城の地下深くにその入り口はあった。

 大きくくりぬかれたような空間に降り立ち、俺たちは周囲を見渡す。

 眼前にはどうやって造ったのか見当もつかない、巨大な岩の扉があった。


「ここが『天使の座する庭』の入口……天使へ至る扉ね」


「そう。ロゼリントはこの扉を開けて中に入っていった」


「確かにすごいエネルギーを感じるわね」


 扉の前にはつるりとした質感の石の台座が置かれていた。大理石とは少し違うな。黒の中に金の輝きが混じり、薄闇の中でも存在感があった。そして、ここに手を置いてくれと言わんばかりの窪みがある。


「セレスタ、念のために聞いておくわ。あなたは扉を開けられるのかしら?」


 ソニアの問いに、セレスタは気怠げに答えた。


「開けられたら、私はメリサに捨てられなかった」


「そう。ではやはり、もう当代の王家の血では天使に認められないのね?」


 ん? 


「王家の血が密かに途切れていた可能性もあるけど、九百年も昔の血の契約が正常に働く方が驚く。プラナティの時代に扉が反応したことが奇跡だと思わない?」


 二人の魔女の会話に俺は絶句した。


「おい、ちょっと待て。どういうことだ? 天使との契約はまだ続いているんだろう?」


「契約は続いていても、メルジンの血が薄まりすぎてしまって、子孫だと証明できなくなってしまったのではないかしら。とにかく、セレスタにはこの扉を開けられなかった。だから魔女メリサはプラナティの細胞からロゼを生み出したのでしょうね。扉を開けた実績のあるプラナティがいれば確実だからね」


 つまりメリサはユレーア妃から赤ん坊だったセレスタを預かるふりをして、実際は扉を開けさせて天使に捧げる生贄にしようとしたのだろう。

 その目論見が失敗したため、第二の計画としてロゼリントを造り出し、ユレーア妃に育てさせた。自らもロゼリント姫の師匠という形で王城の近くに住み、遺跡や天使の研究をするために。


 見ず知らずの故人を貶したくはないが、絵に描いたような悪しき魔女だな。一昔前の俺ならば、確実に魔女殺しの錆びにしていた。

 セレスタに殺されても自業自得としか言えない。


「それでは、どうするのです? 誰が扉を?」


 ネフラの言葉に、セレスタがちらりと俺を見た。


「可能性があるのは……ヴィルだけ。ソニアが引いているのはアンブルスの血でしょ。彼は王族じゃない」


「あら、アンブルスのことはどこで?」


「よくサロンに忍び込んでいたから。あの絵は、ボスにそっくりだったからすぐに分かった」


 セレスタは妖しげに笑った。


「……思った以上に、こちらの事情をご存じのようね」


「私とボスとの付き合いは結構長い。まさかルジアーロに関係のある人だとは思わなくて、びっくりした。運命の出会いだと言ってもいい。ボスのおかげで、私の人生は大きく変わったから」


「にゃ?」

「…………」


 コハクとネフラが同時に首を傾げた。いつの間にかこんなに息が合うくらい仲良くなっていたんだな。

 このような状況にも拘らず俺は複雑な気分になっていた。現実逃避かもしれない。


「いろいろと聞きたいことがあるのだけど、今は時間がないわ。ヴィル、試してみてくれる?」


「ああ」


 それにしてもセレスタが俺とソニアをお目付け役に指名したのは、扉を開けさせるためだったのか?

 いや、中に入りたいのならロゼリント姫が扉を開けたときに付いていけばいい。絶対に俺たちに見張らせるためではなく、何か目的があるはずだ。

 本当に姫とティガはこの中にいるのだろうか。

 騙されていなければいいが……まぁ、何にせよ、開けてみないことには何も分からない。


 自分の体にルジアーロの王族の血が流れているかもしれない。その事実はどうでもいい。父クロスにとっても俺にとっても、喜ばしいことではなかった。


 だが、今ここで役に立てるのなら悪くない。そう思える。

 これで開けられなかったら、ロゼリントとティガを救う手立てがなくなってしまうからな。

 俺とソニアが過去に整理をつけ同じ未来へ進むためにも、どこか自分たちに似たあの二人を救いたい。


 俺は腹を決めて台座の前に立ち、手を置いた。

 チクリと手の平に痛みが走り、同時に台座が輝き出した。驚くほど静かに岩の扉が開く。


 自分でも少し驚いた。

 本当に俺とソニアはルジアーロに縁のある人間だったんだな。


「良かった。じゃあネフラ、あなたも避難しなさい。コハクちゃんをよろしくね」


「かしこまりま……痛っ」


 コハクがその鋭い爪でネフラを怯ませ、大きく跳躍。放物線を描いて地面に着地した。勢いのまま扉の中へ猫まっしぐらである。

 俺たちは唖然として一歩も動けなかった。


「コハク!?」


「申し訳ありません……」


 青ざめる俺とネフラ。ソニアは眉間に皺を寄せながらも、扉に向かった。


「仕方がないわ。ネフラ、私たちが戻ってこなかったらルジアーロの陛下とサニーグ兄様への報告をお願い。決してルジアーロと険悪にならないよう、上手く伝えて」


「は、はい……」


「行くわよ」


 俺とソニア、セレスタは急いで遺跡に足を踏み入れた。また音もなく扉は閉ざされる。


 真っ暗かもしれないと魔道具を用意してきたが、必要なかったかもしれない。

 岩壁の苔が俺たちの周りだけ光っていた。


「私たちの魔力に反応して光る仕組みのようね」


 俺たちはゆっくりと周囲を見渡す。

 広い通路だった。三人並んで歩ける。

 洞窟のような雰囲気だが、地面はしっかりと均されている。魔獣などの気配はない。ただ、奥の方から圧のようなものを感じる。これは天使ルインアリンの気配か、それとも。


「にゃーん……」


 岩陰から申し訳なさそうな鳴き声が聞こえてきた。こちらの顔色を窺うように、コハクの金色の目が揺れている。そんな怯えた顔をされたら、叱る気も失せてしまう。


「もう……心配するでしょう?」


 ソニアに抱っこされ、コハクは居心地悪そうにしていた。柔らかくて落ち着かないんだろうな、と考えて俺は邪な妄想を急いで頭の隅に追いやる。

 俺が抱えて連れて行ってもいいが、魔女殺しを抜く可能性がある以上、両手は空けておきたい。我慢してもらおう。


「一本道のようね。進みましょう」


 俺たちは走りたい衝動を堪えて歩き出した。

 苔が光る範囲は狭く、三歩先の闇に何があるか分からない。焦って落とし穴にでも落ちたら目も当てられない。


「それにしても、驚いた。お母様……ユレーアのことを糾弾しなかったのはなぜ?」


 セレスタがソニアの顔を見ずに問いかけた。


「ユレーアとメリサは、あなたかヴィルのどちらかを生贄にしようと企んでいたのに」


 俺は驚かなかった。事前にソニアとその可能性を話し合っていたからな。

 俺たちの父親の基がルジアーロの王墓に眠る偉人であると知ったときから予測できた。

 ユレーア妃はソニアに「どうか、どうか、ロゼリントとこの国をお救い下さい」と告げたらしい。裏の意味を考えるとぞっとする。ひどい話だ。

 

「やはり、私たちの出生の秘密を知っていたのね。情報源はメリサ?」


「そう。メリサは、黒艶の魔女スレイツィアの弟子だった。緑麗の魔女ジェベラの妹弟子よ。でも、心配しないで。メリサがユレーアに告げたのは、あなたたちが『ルジアーロ王族の血を引いている可能性がある』ということだけ。人造生命の子どもだなんて、ユレーアは知らない」


 おそらくユレーア妃は俺たちのことを、何代前かの王の隠し子の子孫とでも思っていたのだろうな。七大禁考の産物というよりも、そちらの方が現実味がある。

 ソニアの腕の中で、コハクがもぞもぞと落ち着かなさそうにひげを動かしている。真剣な話をしているんだ。もう少し我慢してくれ。


「スレイツィア亡き後、ジェベラはアンバートの存在を知る他の弟子たちを葬っていった。メリサも殺されかけたらしいけど、幻影魔術のおかげで逃げられたみたい。メリサのそれは一級品だったから。私がメリサの弟子で良かったと思ったのは、自分の姿を偽る方法を覚えられたこと」


 なるほど。その弟子であるセレスタも幻影魔術の使い手となり、アンバートの虐殺から逃れたのか。因果なものだ。


「それで? ソニアも気づいていたはず。ロゼリントを犠牲にできないユレーアたちが、その代わりにあなたたちを生贄にしようとしたこと。どうしてあの場で言わなかったの?」


「……言ったところで、厄介なことになるだけよ。私とヴィルの血の秘密を話さなきゃいけなくなる」


「でも憎いでしょ? 怒りに任せて殺したくならない? 私は腹が立った。最終的に泣いて、被害者ぶって、殺されても仕方がないことをしているくせに」


 物騒なことを言う。

 ソニアは俺をちらりと振り返り、目を細めた。


「それができてしまっていたら、私はヴィルを手に入れられなかったわ」


 そうだな。もしソニアがあのとき――レインとの婚礼の場で怒りを爆発させていたら、俺はここにいなかっただろう。未来永劫、魔女と敵対する道を選んだ。


「私、みっともなく怒るのは嫌いだし、あまり責め過ぎると国際問題になりそうだもの。今回は事前に防げたのだし、あれで許してあげることにしたの。それに美味しいところはロゼに任せるわ。その方がユレーア様も堪えるでしょう?」


「それは言えてる。ロゼリントの平手打ちと『お母様大嫌い』発言に期待」


 ふふふ、と少々暗い声で笑う魔女たち。ちょっと怖いんだが。


「私の問いにも答えてもらえるかしら。そろそろあなたの本当の目的を話して」


 今度はソニアがセレスタに問う。

 セレスタは髪を指でいじりながら、鼻で笑った。


「本当の目的というほど、悪いことを企んでいるわけじゃない。でも、そうね。このまま王家の歴史の闇に消えていくだけじゃ面白くないかも。特別に私のこと、話してあげる」


 セレスタはポツリポツリと己の半生について語り出した。




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