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13 本物の偽物

 


 ロゼとティガが失踪してから丸三日。

 国王の命を受けた騎士と術士によって王都中で捜索が行われたけれど、見つけることはできなかった。それどころか目撃情報一つ出てこない。


「予想以上に厄介な事態になっているようですね……さすがです」


 銀縁眼鏡の青年が訳知り顔で頷いた。


「ネフラ……何が“さすが”なのかしら?」


「お師匠様は動けば動くほど自分を窮地に追い詰めるという数奇な運命をお持ちでしたが、ソニア様もなかなか……血の繋がりは尊いですね……素晴らしい」


「ふふ、今はあなたの戯言に丁寧に対応している余裕がないの。とりあえずヴィル、黙らせてくれる?」


「任せろ」


 ヴィルが前に出たところでネフラが真顔で謝罪したので許してあげた。


 全く、痛いところを衝かれてしまったわ。

 私は今まで“あにめ”を再現しないように慎重に生きてきた。だけどもうシナリオはない。自由に動けると選択肢が無限大で、一つの判断ミスが後に予想外のトラブルを引き起こす。

 良い勉強になったわ。高いリスクを払う羽目になりそうだけど。


 ロゼの誕生パーティーが近づき、ミストリア王の名代としてネフラがルジアーロにやってきた。

 手駒……もとい、戦力が増えるのは喜ばしいけれど、相変わらず掴みどころのない男だわ。


「ソニア様、そんな胡散臭いものを見るような目をしないで下さい……心外です」


「おい。なぜ少し嬉しそうなんだ」


「ヴィル、もういいわ」


 まともに対応していたら疲れるだけ。ただでさえこれから大仕事が控えているのだもの。流せるところは流しましょう。

 お互いに有益になりそうな情報交換をした後、ネフラが恭しく頭を下げた。


「お師匠様の名誉のためにも最大限の協力をさせていただきますよ……ご指示を」


「そうね。とりあえずコハクちゃんを預かってもらえるかしら? 一人にしておくのは心配なのよ。でも、連れて行くわけにもいかないから」


 私は森の館から連れてきていたコハクをネフラに預けた。コハクは少しだけしょんぼりした顔をしているけれど、特に抵抗はしなかった。ネフラには妙に懐いているのよね、この子。


「分かりました。必ずお守りします」


「ありがとう。お願いね」


「にゃーん……」


 私とヴィルはコハクの頭を撫でた後、王たちが集まる会議室に向かった。






「どうして!? どうしてあなたがいながらこんなことに! このままではロゼが……!」


 美しい顔を歪ませ、涙を流すユレーア様。ほんの数日ですっかりやせ細ってしまっている。一国の王妃から叱責を受けても、私は眉一つ動かさずに佇んでいた。

 ここで私が謝っても何も進展しないもの。ちょっといろいろあってムカついているし、いっそ言い返したい気持ちもあるのだけど、冷静さを欠いたらダメよ。


「やめないか、ユレーア。あの手紙は間違いなくロゼの筆跡であった。ロゼが自分の意志で行動している以上、ソニア嬢を責めるのは筋違いである」


 私を庇ってくれたのは、ルジアーロの国王陛下その人だった。

 ……なんというか、カッコいいおじ様だわ。一目で分かる鍛え抜かれた肉体と凛々しく精悍な顔立ち、人を惹きつけてやまない力強いオーラ。普段は陽気でお茶目だけど、緊急事態になると途端に頼もしい男に変身するタイプと見た。若い頃からずっとモテモテだったのではないかしら。


「そうです。今は一刻も早くロゼリントを見つけることに注力しましょう。ソニア嬢にも手を借りなければ」


 泣き崩れるユレーア様をオリビア様が支え、席につかせた。

 室内の視線が私とヴィルに集まる。ルジアーロの直系王族が勢ぞろいしている場に、私とヴィルも同席していた。この三日で調べて分かったことを報告するために。


 うーん、さすがに緊張するわね。ヴィルも落ち着かない様子。

 だけどもう悠長にはしていられない。

 ロゼを助け、ルジアーロを災いの予知から救うためにはここで全てを明らかにしなければ。

 ここにいるのはロゼが魔女だということを知り、城にメリサがいたことを知っているごく少数の方々。遠慮なくお話しさせてもらいましょう。


 私はちらりとヘイルミーネに視線を向けた。

 腹違いの妹が失踪したというのに、興味なさそうに指先を気にしている。相変わらずの黒い服で、ロゼを心配する人々の神経を逆なでしているわね。


「それで、ミストリアの客人。ロゼリントの失踪について何か分かったのか?」


 第一王子のアストラル様に問われ、私はおもむろに二つの箱を取り出した。

 魔女メリサの部屋から発見した黒い箱。

 失踪したロゼが部屋に残していった白い箱。

 二つは色違いでほとんど同じ構造のものだったわ。

 前世には、“ぱんどらの箱”という言葉がある。この白と黒の箱がまさにそれだった。たくさんの災厄が詰め込まれている。ロゼが姿を消すのも無理ない。


「はい。ロゼリント様がどうして姿を消したのか。その理由が分かりました」


 白い箱には封印が施されていなかった。けれど、箱の内側に封印の術式が記されていたわ。その魔術構造を参考にしたら、黒い箱の鎖をはずすことができ、あっさり開けることができた。まるで誰かがご丁寧にヒントをくれたみたいであまり良い気はしなかったわ。まぁ、助かったけど。


 中身を検めたとき、本当に驚いたわ。

 そして、腹が立って仕方がなかった。


「この箱の中には、魔女メリサの遺した研究資料が収められていました。白い箱の方が古く、数十年前から、黒い箱の方がその続きでごく最近のものが入っていました。かなり刺激的な内容だったのですが、この場でお話ししても?」


「待って! 待ちなさい! それは……!」


 ユレーア様が再び取り乱し、私に向かって手を伸ばした。尋常ではない様子に誰も彼も驚いたが、国王陛下自らユレーア様を抱き留め、私に向かって一つ頷いた。


「構わない。今は一刻を争う」


 私は頷いて白い箱の中からガラス片を取り出した。王族の方々が覗き込んで首を傾げる。

 これは北国の魔女が発明した無限文字盤という道具。光の魔術を織り込み、紙と比べれば無限に近い量の情報を書き込むことができるの。

 前世で言うところの“たぶれっと”みたいなものかしら。私も実物は初めて見るわ。少し欲しい。


 私は使用人にお願いして室内を暗くしてもらい、透明の文字盤に魔力を注ぎ込んだ。

 宙に光の文字が浮かぶ。おお、と国王陛下が感嘆の息を漏らす。

 私が言うのもおかしいけれど、近未来的よね。“えすえふ”っぽい。


「まずはこちらをご覧ください。ルジアーロ王国の建国にまつわる伝承が記されています。おそらくは、意図的に欠失させられた歴史の一部だと思います」


 私は簡潔に初代王メルジンと天使ルインアリンの契約について話した。 

 メルジンは荒廃した大地を楽園にするため、甘き血と引き換えに天使の力を土地に浸透させた。天使は傷ついた体を癒やし、己の罪が忘れる日まで王国の地下で眠りにつくことにした。

 メルジンの子孫から甘き血の供給が立たれたとき、契約は終わり、天使はこの地を去ってしまう。


「そのようなことが……」

「信じられないわ」

「そのような重大な事柄が、隠されていた理由はなんだ?」


 投げかけられた疑問に答えるべく、私は無限文字盤を念じる。


「こちらは、魔女メリサの研究日誌です。関係ある部分だけを抜粋して説明します。このメルジンと天使の契約の伝承が欠失したのは三百年前、ルジアーロの救国の魔女プラナティの死後のようです」


 プラナティ姫には兄がいた。

 彼は妹が天使との契約のために甘き血を捧げ、若くして命を落としたことを大層嘆いた。

 そして、プラナティが個人的に天使と取引をして、雨乞いの魔術のような大魔術を使ったことからある懸念を抱いた。

 もしも後世に天使を利用し、己の欲望を満たそうとする者が現れたら……。

 ……何も己の命を取引材料に使う必要はないようなのよね。魔力を宿す王族の子を生贄にして天使と取引すれば、いくらでも悪用できるわ。


 兄王子は決意した。

 もはや天使との契約など不要。

 これから文明が発展していけば、魔力の川の恵みが少なくとも生きていけるはずだ。

 自分の子孫には辛い役目を負わせたくない。


 そう考えた兄王子は王位を継いだ後、長い時を駆けて天使に関する記録を抹消していった。

 並々ならぬ想いだったのでしょうね。

 天使が去った後、ルジアーロの国土がどうなるか分からないのに。

 ただし、天使の記録を完璧に消し去ることはできず、言い伝えと「天使の座する庭」という断片が残ってしまったようだけど。


「一方で、プラナティの師匠に当たる魔女が密かに天使の伝承を引き継いでいました。彼女はプラナティの死を悼んでいたがゆえ、弟子の死が無駄にならぬよう天使に関する研究をしていたようですね。彼女が他の弟子にその研究資料を託していた。そしてある日、魔女メリサが偶然その資料を手に入れた。彼女は天使の存在を知ると、ルジアーロの王族のことを徹底的に調べて近づきました」


 国王陛下が苦々しい表情を浮かべた。


「メリサが天使の力を手に入れるために、ロゼの師として王領地に入り込み、機会を窺っていたというのか? あり得ん。ロゼの師を選び、招いたのは我々だ。メリサからの接触はなかったぞ」


 よほどメリサのことを信頼していたのでしょうね。

 この八年、メリサはロゼにとって良い師匠だった。それは国王陛下も認めるところだったのだわ。

 私は俯いて震えているユレーア様を一瞥した。


二十年前・・・・、魔女メリサはとある女性に天使の契約のことを告げ、取引を持ちかけました」


『あなたのお腹の中にいる子どもは国王の血を引く魔女。もしも天使のことを誰かに知られれば、どうなるだろうねぇ? なに、心配なら私が隠し育ててあげよう。その代わり、私に協力してくれないか』


 二十年前という単語に、国王陛下とオリビア様が目を見開いた。


「あのときの子は……死産であったはず」


「まさかユレーア、あなた――」


 非難の視線を浴び、ユレーア様は髪をかき乱して叫んだ。


「仕方がないでしょう! だって、そうでもしなければ、あの子は……! 私はあの子がどこかで生きていてくれさえすれば、それで良かったのよっ!」


 王家に天使の扉についての言い伝えが残っていたために、ユレーア様は天使の話を信じ、メリサの誘いに乗ってしまった。

 生まれてきた子が魔女だと確かめた後、死産だったことにしてメリサに渡したのよ。

 どっちみち魔女だった以上は、城には置いておけない。

 二十年前と言えば、隣国ミストリアでジェベラによる王都襲撃があった頃。魔女への恐怖が最も高まっていたもの。天使のことがなくたって、生まれてくる子が要らぬ中傷を受けることは目に見えていた。


「なんということだ……」


 この世界のどこかに王女がもう一人いる。しかも魔女である。

 その衝撃の事実に会議室のざわめきが大きくなった。

 だけど、ここまではただの前置きよ。

 ユレーア様の犯した罪はこんなものじゃないわ。


「ユレーア様、あなたは本物の王女様をメリサに預けた。そして十二年前、メリサの野望に協力するため、救国の魔女プラナティの細胞から造られた人造生命を、自分が産んだ娘とした……それがロゼリント姫ですね?」


 ロゼは偽物の王女だった。

 確かにその身には王族の血が流れている。三百年前に国を日照りから救った魔女プラナティと同じ肉体だもの。

 だけど、当代の王族ではない。国王陛下とユレーア様の子どもではないのよ。


 私は人造生命について簡単に王族の方々に説明した。一部を除いたほぼ全員が呆然としていたわ。

 まぁ、そうよね。普通は信じられない。細胞片から過去の人間を復元するなんて。

 私だって自分の父親が人造生命じゃなければ信じないし、信じたくない。


「研究日誌によると、当初メリサはロゼリント姫に扉を開けさせ、天使と取引するのが目的だった。ついでに姫を生贄に捧げ、ルジアーロ王国を救うことも考えていたようですね。ユレーア様は王妃の一人として、その企みに乗らざるを得なかったのでしょう?」


 天使との契約を継続するために、王族の誰かを生贄に捧げなければならない。

 ならば、自分のお腹から生まれた子ではなく、魔女の七大禁考が生み出した人造生命を身代わりにすればいい。

 なんて残酷な発想かしら。


 ロゼは生贄になることを運命づけられた王女だった。

 そのために産み出された存在だった。

 それを知ったがゆえに、彼女は姿を消した。自分の役目を果たすために。


 私は誰にも悟られぬように息を吐いた。


 ねぇ、ロゼ。私は、あなたの気持ちが痛いほどよく分かる。

 自分と似ているような気がしていたのは勘違いじゃなかったのよ。


 あなたはもう一人の私によく似ている。

 何も報われぬままお母様に全てを奪われ、時空の彼方に消えた一周目のソニア・カーネリアン。


 重ね合せることが愚かだと言うことは分かっている。そんな感傷、下らないわよね。私らしくないという自覚もあるし、余計なお世話なのも重々承知よ。

 だけど、ごめんなさい。


 見捨てることなんてできないわ。



 



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