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12 王女の語りごと

更新が遅れてすみませんでした。


コハク視点です。

ソニアとヴィルがお茶会に行っている間の出来事です。

 

「じゃあコハクちゃん。お留守番は任せたわよ」


 おめかししたソニアが振り返った。ミストリアらしいデザインの綺麗なワンピースドレスに身を包んでいる。……よく似合っているな。

 傍らにはびしっと正装に身を包んだヴィルもいる。うん、格好いい。男前に磨きがかかっているね。


「良い子にしていろよ」


「にゃーん」


 ソニアとヴィルは第一王妃主催のお茶会に行くらしい。

 いきなりの招待だ。何もないといいんだけど……面倒くさそうな第一王女と揉めないことを祈るよ。

 心配だから僕もついていきたかったけれど、猫が同伴したら二人が顰蹙を買うかもしれない。仕方ないね。

 黒い箱や研究資料はソニアが隠してしまったし、やることがないなぁ。


「あ、コハクちゃん……おいで、おいでー」


 ロゼリントが小声で僕を部屋に呼ぶ。ぷい、と無視したいところだけど、この子はいろいろと気の毒だし、少しだけ遊び相手になってやるか……。


 やれやれとロゼリントの部屋に向かい、さまざまな猫グッズに翻弄された。いつの間に揃えたんだ。心地よい疲労感に抗えず、そのままソファーでお昼寝することにした。

 良い仕事をした。猫も楽じゃない。そんなことを考えながらうにゃーと背を伸ばして寝返りを打つ。


 ロゼリントと遊んだせいで、ちょっと切ない夢を見てしまった。

 猫の姿の僕が十二歳のソニアと遊ぶ夢だ。ソニアは見たこともない無邪気な笑顔で僕を撫でた。夢の中でくらいアンバートの姿でいたかった気もするけれど、実現不可能なんだろうな。

 言いたいことがたくさんあるのに「にゃー」しか言えなくて辛かった。


 しばらく夢の中でもがいていると、ぼんやりと声が聞こえてきた。


「……お姉様? ど、どうして? どうやってここに?」


「別にいいじゃない。そんなどうでもいいこと」


 僕は薄ら目を開ける。眠気でぼんやりした瞳に映ったのは、全身黒のドレスを身に纏った奇抜な美女。あれ、僕、まだ夢を見ているのかな?


「それにしても、お姉様、ね。あなたにそんな風に呼ばれるなんて、ものすごい違和感」


「…………」


 俯いたロゼリントの顔は真っ白だった。

 あ、もしかしてこの女がヘイルミーネ姫?

 噂通り性格に問題がありそうだなぁ。

 それにしても本当にどうやって現れたんだろう、この女。不自然だ……ああ、ダメだ、眠くて頭が働かない。


「お、お茶会は、どうされたのですか?」


「あんなつまらない催し、最後までいる必要はなくってよ。それよりもあなたといた方が面白いと思って」


 にやりと見下したように微笑むヘイルミーネ。


「退屈しているでしょう? 一つ、面白い昔話を聞かせてあげるわ」


 僕は夢か現か分からぬまま、唐突に語られた伝承に耳を傾けた。






 昔々、不毛の大地がありました。

 大地の恵みたる魔力の川は細く、荒れ果てた地平がどこまでも続いています。

 花一輪どころか草の一本も生えない土地で、人々は僅かな資源を巡って争いを続けていました。

 ほとんどの子どもは大人になれない。少しでも体力が衰えれば死ぬ。他人から奪わなければ自分や家族が命を落とす。

 人々の心も世界と同じく荒れていました。


 ある日、戦いに明け暮れていた一人の青年が、大地のひび割れに落ち、一体の天使に出会いました。

 その天使は罪を犯し、天を追われて傷つき、息も絶え絶えでした。魔力を補給しようにもあまりに細い魔力の川に天使はなす術もありません。

 しかし青年は異形の姿に怖気づくことなく、天使を介抱――すなわち己の魔力のこもった血を捧げました。


 天使は人の願いを聞き入れ、力を授けてくれる存在だと信じられていました。

 青年は天使に願えば、枯れた故郷を救うことができるのではないかと考えたのです。

 核を持つ青年の血は魔力に満ち、その甘さが天使の身を癒していきました。一命を取り留めた天使は、青年とある契約を交わします。


『我は体を癒すためにこの地で眠りにつく。甘き血を捧げ続けよ。さすれば我の力で汝の願いを叶えよう』


 天使が魔力の川と繋がるためには、その土地の人間の血が大量に必要でした。

 しかし天使の力が土地に染み渡れば、枯れた大地を恵み豊かな園に造り変えることができるというのです。


『私は願う。この地を楽園にしてほしい。人々が争わず、子どもが笑っていられるような、そんな美しい国を築きたい』


 青年は自らの他に、親兄弟の血をも天使に捧げました。

 弱っていた家族の大半が死にましたが、青年は莫大な力を得て王となりました。土地は見違えたように美しくなり、生き残った者は幸福を享受しました。

 王国の誕生です。


 傷が癒えてしまえば、天使にとってこの王国はもう用済み。しかし、王との契約がある限りはこの地に留まり、豊穣を約束する。

 地下に長く幽閉されることは、天使にとって贖罪の意味がありました。

 自らの存在が忘れられたとき、己の罪もまた忘れられ、天へ還ることも叶うだろう、と。


『汝の血族が契約を忘れたとき、我はこの地に満ちる幸福を糧に再び天へ羽ばたくだろう』


 そう言って天使は王国の地下で眠りにつきました。

 以来、王の子孫は数百年ごとに甘き血を捧げてきました。天使との契約を果たすために、そのとき王族の中で最も強い魔力を宿す者を生贄として捧げてきたのです。






 ヘイルミーネは何を考えているのか分からない暗い瞳でロゼリントを見た。


「青年の名はメルジン。天使の名はルインアリン。二人の契約によって築かれた国は、ルジアーロ王国というのよ」


 そうだろうね。冒頭から既にこの王国の話だってことは分かっていたよ。

 ロゼリントは小刻みに震えながらヘイルミーネを見上げた。


「で、では……今まで王家は生贄を……」


「えぇ。近いところで言えば、救国の魔女プラナティがそうよ。彼女は契約の継続の他に雨乞いの魔術を使えるだけの力を天使に求めたようねぇ。そんな取引ができるということは、おそらく天使の傷はもう癒えているのでしょう」


 僕は小さく唸った。だいぶ頭がはっきりしてきたぞ。

 天使が地下で眠ることで大地は豊かさを得たけれど、お空のことまでは面倒見切れない。プラナティは自らの命と引き換えに日照りを解消させたってことか。


「あれから三百年。天使の元へ行った王族はいない。そろそろ天使が契約は終了したと判断してもおかしくないわ。天使がルジアーロを離れて羽ばたく。つまり、この土地は再び魔力の枯渇した大地に戻る……かもしれない。少なくとも今までのように楽園と呼ばれることはなくなるでしょう」


「そんな、でも……じゃあ、わたくしは……」


 ロゼリントは察してしまった。

 当代の王家で最も強い魔力を持っているのは誰か。それは間違いなく魔女であるロゼリントだろう。

 天使との契約を継続するのなら、ロゼリントが甘き血を捧げなければならない。


「お父様や、お母様は、このことを……ご存じなのですか?」


「お父様はご存じないのでしょうね。全く見当はずれなことばかりしているもの」


 じゃあなんでお前は天使との契約のことを知っているんだよ。おかしいだろう。

 僕はそう問いかけたくてたまらなかったけれど、あいにく「にゃー」としか言えない。ロゼリントに代わりに問い詰めてほしいところだけど、彼女はそれどころではなさそうだ。

 ヘイルミーネは意地悪そうな顔をさらに歪めて言った。


「でもね、ユレーアは全てを知っているはずよ。知っていて、平然とあなたを育ててきた。彼女、とっても優しくしてくれているでしょう? それはあなたが逃げ出さないため、あるいは同情心からかもねぇ。生贄になる運命の娘を憐れんでいるのよ。……そんなの、本物の愛じゃない」


「お母様が? ……う、嘘です」


「あら、私が嘘を吐いているとでも? 心外ねぇ。私はあなたを心配してあげているのに」


 ヘイルミーネはどこからともなく白い箱を取り出した。あの箱、ものすごく嫌な感じがする。というか、もしかして魔女メリサの部屋から出てきた黒い箱と同じものじゃない? 鎖は巻きついてないけどさ。


「それは……?」


「少し早いけれど、誕生日プレゼントをあげましょう。あなたが十二歳の誕生日をまともに迎えられるとは思えないから」


 狼狽えるロゼリントに、ヘイルミーネは箱を手渡す。


「可哀想なロゼリント。何も知らない本物の偽物。そんなあなたに真実をあげる。何百年も昔の錆びついた伝承ではなく、あなた自身に直接かかわる秘密を知るがいいわ。そして、選択して。あなたの命をどう使うのか」


 ヘイルミーネはバルコニーから外に出た。

 カーテンのはためきに隠れ、ヘイルミーネの姿が消えた。え、ここ、二階だよ!?

 僕はソファーから飛び起きてバルコニーに向かう。既に王女の姿はなく、地上にも人影がない。


 あいつ、ただの悪趣味な王女じゃない。

 もしかしたら……。


 とりあえず僕はロゼリントの傍に戻った。青ざめた顔、震える指先で、ロゼリントは箱を空けて中身を取り出す。


「これは、魔術の道具、なのでしょうか……?」


 手の平サイズの透明なガラス片だった。魔術円サークルが刻み込まれている。おそらく魔力を注ぎ込めば魔術が発動するんだろう。多分記録系の魔術かな?

 早く使ってみて、と急かすようにロゼリントを見上げると、彼女は僕をそっと抱き上げた。


「コハクちゃんはお部屋の外にいて。何が起こるか分からないもの。危ないわ」


「にゃ!?」


 抵抗も空しく、僕は部屋の外に追い出された。


「にゃーん! にゃにゃーん!」


 開けろー、僕にも見せろー。気になるじゃないかー!

 抗議の声を上げ、いけないと分かっていつつもドアをひっかいていると、ティガに見つかった。

 こいつは猫に話しかけるタイプの人間じゃない。舌打ち交じりに首の後ろを摘ままれ、別の部屋に放り込まれた。


 お前な! 今まさにお前のご主人様がとんでもないことになってるんだぞ!

 せめてお前が様子を見に行け!


 それからソニアたちが帰って来るまで、僕が解放されることはなかった。誰にもロゼリントに迫る危機が伝わらない。


 その日からロゼリントは気丈に振る舞うようになった。

 ソニアはその変化に気づいているようだけど、深く踏み込むことはない。ソニアはソニアでどこか上の空というか、考え事が多くなった。お茶会で何かあったのかな?


 僕はロゼリントとソニアの間を行ったり来たりして、様子を窺った。

 ロゼリントとティガが何やら二人で話しているところを目撃した。会話の内容は聞き取れなかったけれど……。


 まずいな、どうしよう。

 ヘイルミーネからもたらされた情報や彼女の正体を、ソニアに伝える方法はないだろうか。


 文字を書いてみようと頑張ったけど、子猫の体では無理だった。ペンが持てないし、前足で書こうとしたら「足を怪我したのか」とヴィルに心配された。

 僕が何か変な行動をすると、悪戯だと思われて止められちゃう。何もできなくてもどかしい。


 そうこう言っているうちに、ロゼリントとティガが姿を消した。

 ……ああ、なんて無力。

 僕はしょんぼりと項垂れた。




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