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11 遺伝子の箱

 


 私の父親、アンバートは前世風に言えばクローン人間だった。

 彼の基になった人間がいて、それがルジアーロの建国に関わったアンブルスかもしれない。


 オリビア様にそれとなく確認したところ、アンブルスはルジアーロの王墓に埋葬されているらしいわ。遺体を引き取る者がいなかったのか、初代王の計らいかは分からないけれど、王墓に眠っていた以上スレイツィアに盗まれた可能性はあるわね。


 実際五十年ほど前に、王墓に何者かが侵入したことがあったみたい。宝物が無事だったからそこまで問題視されなかったようね。

 魔女スレイツィアに死者の細胞片を採取され、人造生命の研究に使われたなんて思いも寄らないでしょう。


「未だに人造生命というものがよく分からないんだが……アンバートとアンブルスは同一人物なのか?」


 ヴィルが首を傾げ、私を心配そうに見つめた。

 オリビア様と別れ、森の館に戻る途中、私とヴィルは人気のない木陰で認識のすり合わせをすることにした。万が一にもロゼとティガに聞かれないように。 


「同一人物というわけではないわ。肉体は全く同じものだけど、人格や記憶なんかは別ものだから」


 うーん、“でぃーえぬえー”を知らない人間に説明するのは難しいわね。私も詳しいわけではないけれど、とりあえずアンバートとアンブルスは同じ遺伝情報を持っているだけで、本人同士に精神的な繋がりはない。そのことだけを理解してもらった。


「大丈夫か? その……」


 アンバートの話をするとき、いつもヴィルの顔色が少し曇る。随分心配させているみたいね。

 思い切り抱きついて弱音の一つでも吐けば、私もヴィルもすっきりできるのでしょうけど、今はそんな場合じゃない。

 少しおかしかった。いつだったかは、私がヴィルの弱音を受け止めていたのにね。


「いきなりのことで驚いたけれど、大丈夫よ。お父様のルーツが分かったというだけだもの」


 九百年前に活躍した偉人の遺伝情報を受け継いでいるというのは光栄だけど、それだけよ。私自身のことはこの際どうでもいいわ。心の整理はつけたつもり。

 きっぱり告げると、ヴィルが心なしかしゅんとした。私のことを慰めたかったみたいね。やや広げた両腕がそれを物語っている。


「それよりも、ヴィル。私はあなたのことが気になるわ」


「俺の父親……クロスのことか」


 アンバートがアンブルスならば、クロスも同じくルジアーロの王墓に眠るような人間のクローンである可能性がある。もちろん別のお墓から盗まれた細胞が基になっているかもしれないけど……。


「どうする? もしかしたらヴィルはルジアーロ王家の血を引いているかもしれないわよ」


「どうすると言われてもな。もし万が一そうだったとしても、何もない。絶対にバレないようにすべきだと思うが」


 あっさりしたヴィルの反応に私は苦笑して頷く。

 たとえ王家の血を引いていたとしても、王族として育ったわけじゃない。王の隠し子とかならともかく、実際は盗んだ細胞で造ったクローンの子どもだしね。これで王族を名乗るなんて馬鹿過ぎる。というか、もし露見したらとてつもなくややこしいことになるわ。


「私たちのルーツは絶対に内緒。……気をつけなくちゃね。『天使の座する庭』の扉を、ヴィルが開けるなんてことにならないように」


 クロスがルジアーロの王族のクローンなら、ヴィルは「初代王の血を色濃く受け継ぎ、比類なき魔力を宿す者」という条件を満たしている。うっかり扉を開けてしまったら、ヴィルの素性を怪しまれちゃうわ。

 ……それに、ヴィルがロゼの代わりにされる可能性もある。すなわち、ルジアーロ王国の危機に甘き血を捧げる羽目になるかもしれない。

 ヴィルもそれを察して、何とも言えない表情をした。


「俺は犠牲になるつもりはない。ただ……ロゼリント姫が命を落とすのも回避したい。子どもが死ぬのはやるせない。どんな生まれであっても、どう生きるかは自由だろう」


 私もロゼのことはなんとかしたいと思うわ。

 でも、どうにもできないかもしれない。


 アンブルスの絵画を目にしたとき、私は二つの懸念を抱いた。

 一つはヴィルがルジアーロ王家の血を引いているかもしれないのこと。


「さすがにヴィルも気づいているのね?」


「さすがにとはなんだ。疑うなという方が無理だろう」


 もう一つはロゼの存在意味。

 だって、彼女もまたかつての英雄と同じ顔をしているのだもの。

 もしもロゼが私たちと同類……いえ、アンバートやクロス、あるいはエメルダ嬢と同じ存在だったら。 

 救国の魔女プラナティのクローンだったとしたら。


「ロゼリント姫が生まれたのは約十二年前。スレイツィアもジェベラも死んでいる。だとしたら、アンバートか?」


「どうかしら。お父様の遺した本にはそんなこと書かれていなかったわ」


 エメルダ嬢と同じく、アンバートがロゼを造った。

 その可能性はゼロじゃないけど、もしそうだったら自分が死ぬ前に始末しているはずでしょう。魔女を人一倍憎んでいたからこそ、魔女にまつわる禍根を世界に遺すような人じゃない。まぁ、セレスタを殺し損ねているくらいだから断言できないけど、考えてみればロゼを生み出す動機がないわ。


「アンバートでないのなら、誰が」


「スレイツィアの弟子に生き残りでもいたんじゃない? もしくはスレイツィアと同じく、人工生命の創造に成功した魔女がいたとか。どちらにせよ容疑者は限られる。それに、協力者がいることは確実だわ」


 ユレーア様の美しい顔立ちが脳裏をかすめる。

 第三王妃の彼女は王国に徹底的に身元を調べられているだろうから、プラナティのクローンである可能性は低い。でもロゼの出生の秘密を知らないということはあり得ない。


「第三王妃を問い詰めるのか?」


「いざとなったら、ね。とてもデリケートな問題だし、確証がないうちに騒ぎ立てることはできないわ」


 ヴィルは沈んだ表情で頷いた。

 

 私も胸の奥がもやもやして落ち着かなかった。

 ユレーア様がなんのためにプラナティのクローンを娘として育てているのか、考えると暗鬱とした気分になるわね。

 数日前に見た、ロゼとユレーア様の仲睦ましい様子。あれが嘘だなんて思いたくないわ。あのとき寂しいと思ってしまった私が馬鹿みたいじゃない。


 まだ何一つ確信はない。

 ここまでの推論の全てが、私とヴィルの妄想だったのならいいのだけど……。






 館に戻ると、たたたた、と軽い足音が響き、コハクが熱烈に出迎えてくれた。私とヴィルの足元を忙しなく行き来し、尻尾をパタパタと振って、足に頭をこすりつけてくる。


「にゃーん! にゃんにゃー!」


「ふふ、ただいま。どうしたのかしら? こんなに興奮して」


「寂しかったんじゃないか?」


「お留守番ばかりだものね。今度コハクも入れてお茶会をしましょう」


 やっぱり猫は良いわね。見ているだけで荒んだ心が癒やされる。私とヴィルがコハクを撫でてほっこりしていると、ティガが面倒くさそうな表情でやってきた。


「そいつ、ずっとそわそわしていてウザかった」


「にゃ!?」


 コハクが珍しく「しゃー!」とティガを威嚇した。どうしたのかしらね。宥めるのをヴィルに任せ、私はため息を吐く。


「手が空いているなら遊んであげてほしいわ」


「は、ヤダよ。面倒くせぇ」


「ところで、ロゼは?」


 ロゼなら頼まなくてもコハクを構い倒してくれるのに。

 ティガは苛立った様子で頭を乱暴に掻いた。


「あんたらが出かけてから、ずっと部屋に引きこもってるんだよ。一人にして、とか言って」


「……そう。ちょっと様子を見に行きましょうか」


 私が部屋を尋ねると、ロゼは素直に顔を出した。


「ただいま戻ったわ、ロゼ。留守中変わりはなかった?」


「おかえりなさい……いえ、特には……」


「本当? 顔色が悪いようだけど?」


「何でもないの。少し、読書をしていて疲れてしまっただけ」


 それからロゼは慌てたように「何でもない」「全然大丈夫」と繰り返した。私たちがオリビア様のお茶会に行ったことを、気にしているようでもない。


 無理に問い質しても良くないだろうと、少し時間を置くことにした。もしも本当に困っていたら自然に話してくれると、無意識にロゼのことを信じていたみたい。だって彼女、ものすごく良い子だから。

 ……それが間違っていたのかもしれないわ。


 数日後、ロゼとティガが館から姿を消した。

 私たちにも館を警備する術士たちにも気づかれず、忽然といなくなってしまった。


 ロゼの部屋に残されていたのは、「役目を果たします」と記された置手紙と、見たことのない白い箱。

 気づけば、ロゼの誕生式典が十日後に迫っていた。



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