書籍2巻発売記念SS ククルージュの悪戯っ子
続編の流れをぶった切って申し訳ありませんが、書籍2巻発売記念のSSです。
堕ちる前のヴィル視点です。
最近、見習い魔女たちが火属性の魔術を覚えてしまった。これは由々しき事態だ。なにせあいつらは悪戯が大好きだからな。
幼い頃に親元から離れ、魔力制御を覚えるまで樹海から出ることを禁じられている彼女たちにとって、魔術の練習を装った悪戯は息抜きのようなものだ。厳しくしつけすぎると里を出奔して外の人間に迷惑をかけるかもしれない。だからこそ、師匠たちは多少のやんちゃには目を瞑り、やりすぎたときにだけ徹底的に叱るという方針を取っている。
……というか、男たちが餌食になる分には一緒に笑っているので、あの師匠にしてこの弟子ありという有様である。ソニアを含め、やはり魔女はどこか性格に難があるような気がする。
まぁ、ソニアにからかわれる分には別にいい。最近はむしろもっと構ってほしいと思わないでも……。
それはともかく、さすがに火を使った悪戯は看過できない。
落とし穴や水鉄砲の標的になるくらいならまだしも、火遊びは危険すぎる。いつ標的にされるかと俺やファントム、テオなどは毎日ドキドキしている。
早めに注意したいところだが、俺たちが嫌がれば嫌がるほどあいつらは実行しそうなので、迂闊に口を出せないのが現状だ。子どもの魔術相手に魔女殺しを抜きたくないしな。
「ソニア、頼む」
「そうねぇ。コーラルやフレーナが怖がるでしょうし、樹海を火の海にするわけにはいかないし、なんとかしましょうか」
放任主義のソニアも危なっかしい火花が飛び交うのを見て、腰を上げた。しかし彼女の瞳にはどこか愉しげな光が宿っている気がした。
その日からソニアは見習いたちを集め、熱心に魔術を教えるようになった。火の魔術の使用を禁じるのではなく、いっそ完璧に使いこなせるようにして事故を減らそうという目論みらしい。
ソニアは火属性の魔術が群を抜いて得意らしく、他の魔女たちも賛成した。
……そういえば、出会ってすぐにソニアに髪紐を燃やされたことがあったな。今となっては気にしていないが、当時は結構傷ついた。
「とっても危険な魔術だけど、あなたたちなら大丈夫だと思うから特別に教えるのよ。軽い気持ちで使わないでね?」
「はーい!」
「良い子。じゃあとっておきの火の魔術を教えてあげましょう」
最近忙しくてソニアに遊んでもらえなかったせいか、見習いたちは嬉しそうに樹海の奥の岩場の方角についていった。
従順だな。子どもながらに彼女を敵に回してはいけないことを理解しているのだろう。
ソニアから魔術を教わって帰って来た見習いたちは、みんな瞳をキラキラと輝かせていた。
「おい、どんな魔術を教わったんだ?」
「ヴィルお兄ちゃんには内緒ー」
「絶対見に来ないでね!」
おやつを急いで食べ、見習いたちは軽い足取りで再び樹海へ戻っていった。
訝しく思いながらソニアに目を向ける。
「ふふ、秘密」
気になるが、見習いたちの脅威が去ったのなら良しとしよう。
一週間後の夜。
ソニアの号令でククルージュの住人たちが広場に集まった。
「見習いたちの修業の成果を見てほしいの。きっと楽しめると思うわ」
男性陣は首を傾げ、魔女たちはにやにやと笑みを零す。
「いっきまーす!」
小高い丘にスタンバイした見習いたちが夜空に向かって炎を放った。それは小気味よい爆発音を響かせて弾け、色とりどりの光の花を咲かせる。
赤、青、黄、緑、白。形も綺麗な円であったり、楕円や星形など個性的なものもある。花火を上げるタイミングや配置を相当練習したのだろう。見事だった。みんなを驚かせるため、今日まで秘密の特訓をしていたようだ。
「綺麗でしょう?」
「……ああ」
俺とソニアは並んで花火を見上げた。
王都でも式典の際に花火が打ち上がることはあったが、ここまで派手で色鮮やかなものは初めて見る。思わず見入ってしまった。
いつの間にか大人たちは酒やつまみを持ち寄り、宴を始める始末。
「まだまだ術式の構成が甘いねぇ」「あたしの子どもの頃よりずっと上手だよ!」とはやし立てられ、見習いたちは喜んで花火を打ち上げ続けた。
どこか興奮している見習いたちを見て、俺は我に返った。
「すごいとは思うが……あれを人に向けられたら」
「大丈夫よ。みんなで一生懸命練習した特別な魔術を、陳腐な悪戯に使ったりはしないわ。みんなを笑顔にする魔術だって教えたし」
楽しげな様子の見習いたちを見て、ソニアは目を細めている。
これで火の悪戯の心配はしなくて良くなる。計画通りと言ったところか。
それしてはどこかソニアの様子がおかしいような。
……まさかとは思うが、羨ましがっているのだろうか?
「…………」
ソニアの壮絶な過去を思う。今はコーラルやユーディアなどの友人がいるが、昔はそれどころではなかったはずだ。きっと一人で淡々と魔術の修業をしてきたのだろう。レイン王子と出会うまで孤独だった俺にはその寂しさがよく分かる。
「ふふ、みんなを笑顔に、なんて私らしくなかったかしら?」
ソニアがくすりと笑い、俺は気まずさを紛らわそうと咳ばらいをした。
「……別にいいんじゃないか?」
誰も傷つかないのなら、それに越したことはない。
それに俺はもう理解している。悪ぶってみたり、冷酷な判断をしたり、毒のある言葉を吐いたりするものの、ソニアは基本的に優しい。
何より強いのだ。どんな逆境でも彼女は微笑むことができる。
「そう? 良かった。ヴィルにも楽しんでもらえたみたいだし、サプライズは成功ね。あの子たちを誉めてあげなくちゃ」
ソニアに俺は必要ないのではないかと思う。しかし本人は俺がそばに在ることを望む。
俺も、いつの間にかソニアから目が離せなくなっている。理解したいと思うようになっている。
小さく息を吐き、俺は意識して花火に視線を移す。
鮮烈で儚い光と胸を衝いた痛みをしばらく忘れられそうになかった。
書籍「らすぼす魔女は堅物従者と戯れる2」は7/12発売です。
よろしくお願いします!